第48話 ヒュドラ戦
勇太と由依ちゃんが次々とオークを屠る。僕も双剣を煌かせながら倒していく。体が軽い。思い通りに、いやそれ以上に体が動く。いつの間にか僕たちの周りにオークの死骸が積み上がっていた。
「「「ふぅ」」」
3人が同時に息をついて、思わず顔を見合わせて笑ってしまう。そこで、周りが妙に静かなことに気付いた。オークの群れは一掃され、冒険者や騎士が目を丸くして僕たちを見ていた。
「すげぇ……すげぇよ、あんたたち!」
さっき話した大剣の冒険者がキラキラした瞳で称賛してくれる。僕は急に恥ずかしくなって壁の方に歩いていく。勇太と由依ちゃんは冒険者に囲まれてドヤドヤしていた。
「カイセー殿」
「あ、クラウディアさん」
「やはり、あなたは底知れない人だったな」
「へ?」
「いや、こちらの話だ。ご協力感謝する」
「あ、はい」
赤髪の女性騎士、クラウディアさんはそれだけ言って離れて行った。何だったの?
「カイセーさん、まだなのです! とびきりヤバいのが来るのです!」
「ヤバいのって何!?」
「たぶんヒュドラなのです! 激ヤバなのですよ!!」
次の瞬間、バリスタが一斉掃射された。特大の矢を目で追うと、200メートルは離れた地点で何やら蠢いているのが見えた。矢は全弾着弾したがピンピンしている。
「勇太、ヒュドラって分かる?」
「え、あれヒュドラなんすか?」
「パルがそう言ってる」
「なるほど……簡単に言うと、頭がたくさんあるでかいヘビっすね」
「ふ~ん、ヘビかぁ」
「開星さん、物語では、毒を持ってたり頭が再生したりするんですよ?」
「毒に再生……え、ヤバいじゃん!?」
バリスタが再装填され、また矢が射出された。着弾するも、ヒュドラの歩み(?)を止めるに至らない。
「あんなのが街に入ったら……」
大勢の犠牲者が出るだろう。宿に残してきた日向の顔がちらつく。こちらに迫って来る巨大な怪物に、騎士や兵士、冒険者たちがざわついていた。
「あんなの、あの迷宮にいたか?」
「いや見たことねぇよ」
大剣の冒険者とその仲間がそんな話をしていた。
「あの、あれってどうすれば倒せるんですか?」
「え? ああ、再生する前に全部の首を落とせば倒せる筈だけど」
ここから見る限り、首は5本。僕の結界を使った切断スキル――「断絶」が上手く決まれば一度に全ての首を切り落とすことが出来るかも知れないが……僕より前に誰もいない状況を作らねば使えない。
「兵は2列横並び、騎士はその前に出よ!」
騎士団長の掛け声に、大半の兵士や騎士が顔を青くした。その中にはクラウディアさんも含まれている。前に出ようとするクラウディアさんを呼び止めた。
「クラウディアさん! ちょっといいですか?」
「カイセー殿、どうしたのだ?」
「物凄く失礼なことをお聞きしますが、騎士団と兵士のみなさんで、あれに勝てそうですか?」
「……いや、無理だろう」
まぁ顔色で分かってはいたけどね。
「それなら、少しだけ僕に任せてもらえませんか?」
「は? あれに一人で挑むと言うのか!?」
「あ、仲間にも手伝ってもらいます。スキルで攻撃するつもりなんですが、僕より前にいるものは敵味方関係なく傷付けてしまうんですよ」
傷付けるというか問答無用で切断してしまうんだよね……。もっとスキルの扱いが上達すれば調整出来るのかも知れないが、今のところ出来る気がしない。
「冒険者風情が挑むというなら勝手にやらせればいい!」
野太い声が割って入った。ガールド・サルラント騎士団長である。こっちに歩いて来ているのには気付いていた。
「団長……」
「もちろん死んだところで責任は取れんぞ? 足止めくらいには役に立て」
おぅ……。この人、冒険者を下に見ているんだな。広場で仲が悪そうに見えたのはこのせいか。団長は言いたいことだけ言って離れて行った。
「カイセー殿、済まない」
「頭を上げてください! クラウディアさんが悪いわけじゃないんだから。それに、大して気にしてませんし」
自分のことはいくら下に見られても気にならない。むしろ侮ってくれた方が楽だ。話をしている間にも、ヒュドラは50メートルの場所まで迫っていた。
「じゃあちょっと行ってきます。くれぐれも僕の前に出ないよう、みなさんにお伝えください」
僕がクラウディアさんと話している間に、勇太が冒険者たちに同じことを伝えてくれていた。
「さてと。僕一人で行くって言いたいところだけど、そうはいかないよね?」
「一緒に行くに決まってるっす!」
「当たり前です、私も行きます!」
「うん。じゃあサポート頼む。あと、スキル使う時は僕の後ろに来てね」
「「はい!」」
3人でヒュドラに迫る。勇太は瞬歩スキルを連続で使い、由依ちゃんは筋力10倍を活かしたスピードであっという間に先行した。2人とも速過ぎるよ、置いて行かないで……。
先に到達したのは由依ちゃんだった。ヒュドラはその巨体に似合わず素早い。太い胴体の動きはそうでもないが、5つに分かれた首の部分が速いのだ。
「ジュァアアア!」
向かって右側にある頭部の一つが由依ちゃんに襲い掛かるが、カウンター気味にウォーハンマーをぶち当てた。ガキィインと相手が生物とは思えない打撃音がする。
「かったぁーい!?」
ウォーハンマーが当たった部分は鱗が砕けたが、見る見るうちに再生した。左側に回り込んだ勇太が首の根元に剣を振るう。こちらも金属同士がぶつかったような音がする。
「かってぇ!?」
2人が同じことを言っている。「断絶」で切れるかな……? ようやく僕もヒュドラの前まで来た。奴の注意は勇太と由依ちゃんに向いている。チャンスだ。
「後ろに!」
声を掛けると、2人は一瞬で僕の背中側に来た。前方に誰もいないことを確認してスキルを使う。
「断絶」
5本の首を一度で切り落とせるよう、首の付け根付近、横15メートル、奥行6メートルに結界を張るようイメージした。
――パキィィイイイン!
何かが割れるような甲高い音と共に、体が後ろへ吹っ飛ばされる。勇太と由依ちゃんが僕を受け止めてくれた。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、ごめん。硬すぎて切れなかったみたい」
「ええっ!?」
「断絶」で切断できる硬さには限度があり、それを超えた物にスキルを掛けると反動で後ろへ飛ばされるようだ。
でもこれは想定内。一度で全部切れたら良いなーと試しにやってみただけだ。次は、範囲を狭めて切れるか検証。
「危ない!?」
僕たちが3人固まっていたせいで、ヒュドラの頭が3つ襲い掛かってきた。咄嗟に結界で弾く。不可視の壁に激突した頭は痛みと混乱でふらついている。
「断絶!」
その隙に一番近くにあった頭にスキルを使った。首の付け根付近は直径2メートルほどなので、2.5×2.5メートルで展開してみる。すると先程とは違って首を切断することが出来、馬鹿でかい頭が落下してきた。それを由依ちゃんがウォーハンマーで吹き飛ばす。
「よし、1本ずつならいける。あとは再生する前に全部切れるかだ」
2人はこの言葉だけで何をするべきか理解してくれた。早速2本ずつ、首のターゲットを取ってくれる。切り落とした1本の切断面はボコボコと泡立つように蠢いており、あまり時間はなさそうだ。
「断絶! 断絶!」
由依ちゃんに気を取られている2本を連続で落とす。最初に落とした首の断面が盛り上がり始めた。由依ちゃんは左の勇太の方へ移動し、1本ずつタゲを取ってくれる。僕はなるべく視界に入らない位置を確保し、また連続で「断絶」を使った。何とか再生する前に全ての首を切り落とせた。頭を失ったヒュドラは力尽きて横倒しになる。
「2人とも、怪我は!?」
由依ちゃんが勇太の左腕にヒールを掛けていた。
「鱗がちょっと掠りました。ヤスリみたいでえげつないっすね」
「これくらなら……はい、治ったよ」
「お、サンキュー由依」
「由依ちゃんは? 怪我はない?」
「大丈夫です。開星さんは?」
「2人のおかげで全く問題ないよ。勇太、由依ちゃん、ありがとう」
「「いえいえ!」」
僕たちは一度ヒュドラを振り返った。切り落とした頭部がそこらに転がり、ガラス玉のような虚ろな目と半開きの口は間違いなく生命活動を停止している。胴体の方も動く気配はなく、濃い血の匂いが漂っていた。言い方はおかしいけれど、ちゃんと死んでいると確認できて安堵する。途端に疲労で体が鉛のように重くなった。
「はぁ。毒とか吐かれなくて良かった」
「フフフ。そうですね」
ウォーハンマーをアイテムボックスに収納した由依ちゃんが、そう言いながら腕を絡めてきた。左腕に柔らかい感触が……いかん。由依ちゃんも戦闘でアドレナリンが分泌されて一種の興奮状態なのかも知れない。そうでないと、こんなにグイグイ押し付けてくることなんてないだろう。僕は大人だから、こういう時だって冷静でいられる。
『【スキル:平常心】が発動しました』
……全然冷静じゃなかった。久しぶりに平常心先輩のお世話になったよ。
3人で防壁の近くまで戻る。そこにいた全員が勝鬨を上げていた。パルも防壁の上から降りてきていて、急に抱き着いてきた。
「カイセーさん、かっこよかったのです!」
「ぐぬぬぬ!」
抱き着いたパルを由依ちゃんが引き剥がそうと引っ張り、勇太は苦笑いしながら2人を見ている。いや、勇太も助けてよ。
ガールド・サルラント騎士団長は苦虫を嚙み潰したような顔で僕たちを睨んでいた。冒険者たちは口々にヒュドラを倒したことを湛えてくれ、肩や背中をバシバシ叩かれた。
「さ、宿に戻ろうか」
疲れたからひなちゃんに癒されたいよ。勇太、由依ちゃん、パルの3人と一緒に、お互いの無事とスタンピード収束を喜び合いながら、娘たちが待つ宿に戻るのだった。
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