第47話 スタンピード

 あまり時間はないが、一度宿に戻ってみんなに報告する。


「南にあるダンジョンでスタンピードが発生したらしい。冒険者はCランク以上が強制で招集されている」


 そう言うと、パルがゴクリと唾を飲み込み、覚悟を決めたような顔になった。


「パルだけに行かせるわけにはいかないから僕も行く」


 僕の言葉にパルがパッと明るい顔になった。


「俺も行きますよ?」

「もちろん私も行きます!」


 勇太と由依ちゃんが手を挙げる。う~ん、それは心強いんだけど……。


『カイセー、ヒナとマールプンテ様はあたしとネコで守るわ!』

「アドちゃん、ありがとう」


 僕はひなちゃんの前で膝を突き目線を合わせた。少し目がうるうるしている。


「ひなちゃん、お父さんはちょっとみんなのお手伝いをしてくるから、お留守番しててくれるかな?」

「お父さん……危なくない?」


 こっちの世界に来てから散々心配掛けているから信用がないのが辛い。


「うん。強そうな冒険者さんがたくさんいるし、騎士団もいる。お父さんはみんなの邪魔にならない所で大人しくしているよ」

「ほんと? ちゃんと帰って来る?」

「約束する。ちゃんと帰って来る」


 ひなちゃんは僕の首に抱き着いた。僕も優しく抱き返す。耳元で「早く帰って来てね」と言われた。うん、お父さんマッハで帰って来ます!


「儂も待っておるぞ。神力を失っているとは言え、ヒナ一人くらい守るのはどうということはないのじゃ」

「マール……ありがとう」

「うむ」


 そしてネコにも改めてお願いする。


「ネコ、頼んだぞ」

「ぐるるぅ」


 ネコは「任せろ!」と言うように姿勢を正して胸を張った。堂々としたその姿は、まだ子供だけどAランク魔獣の貫禄が垣間見える。


「よし、じゃあ行ってくる!」

「「「行ってきます!」」です!」


 僕、勇太、由依ちゃん、パルの4人で南門へ向かった。門の前は広場になっており、右側に兵士と騎士、左側に冒険者が集まっていた。


「サルラント領騎士団、ガールド・サルラント団長のお言葉である! 傾聴せよ!」


 一段高い所に金髪を短く整えた偉丈夫が立った。20代後半くらいで筋骨隆々。滅茶苦茶強そうである。


「南のダンジョンから溢れた魔物がこの街へ向かっている! 我々の手でこの街を守るのだ! 一匹たりとも街に入れるな!!」

「「「「「おおー!!!」」」」」


 兵士や騎士の士気は高い。だが一方で冒険者たちは少し冷めた目で彼を見ているようだ。仲が悪いのかな?


 騎士の中に真っ赤な髪の女性を見付けた。伯爵令嬢の護衛騎士で、たしかクラウディアさん、だったかな? この前は夜だったからよく見てなかったけど、凛とした横顔がかっこいい女性だ。


「冒険者はこっちに集まってくれ」


 ギルドの前でもみんなに呼び掛けていた初老の男性が木箱に乗って話し始めた。


「知っている者も多いと思うが、ギルドマスターのベン・ライドだ。集まってくれた者に感謝する。こちらに向かっている魔物・魔獣はおよそ1000体。小規模なスタンピードだ」


 1000体で小規模なのか……。


「遠距離攻撃が出来る者は防壁の上に上がってくれ。回復魔法が使える者は壁の内側で支援して欲しい。それ以外の者は俺と一緒に壁の外だ。基本的には騎士と兵士が前に出る。その討ち漏らしを俺たちが叩く。何か質問があるか?」


 作戦らしい作戦ではないな。出たとこ勝負って感じだ。


「由依ちゃんは支援を――」

「私も戦いますっ!」

「えぇぇ……」


 いやまぁ、タリアチュアとの戦いを見たから由依ちゃんが強いのは分かっている。と言うか僕よりずっと強い。パルは壁の上から弓を使うから直接的な危険は少ないだろう。


「う~ん……基本的に、僕たちは3人でなるべく固まろう。疲れたり危なくなったりしたら直ぐに結界を張るから、僕の後ろに来ること。いい?」

「「はい!」」

「パルも無理しないように。可能なら上から見える戦況を教えてもらえたら助かる」

「はいなのです!」

「危なくなったら遠慮なく逃げること。これは全員。いいね?」


 3人がしっかりと頷いたのを確認し、パルは防壁の上へ、僕たちは壁の外に出る。かなり先まで見通しの良い草原が続いているようだ。あー、天気いいなぁ、などと思っていると、後ろで重々しい音を立てて門が閉まった。


 えーと、街に入れなきゃ良いんだから殲滅する必要はない。防壁は8メートルくらいあるから、飛ぶ奴さえいなければ、門を破られないようにすれば良いだろう。いざとなったら結界を張ろう、そうしよう。


 しかし……守るのはこの南門だけで良いのだろうか? 回り込んで別の門の方へ行く奴もいると思うのだが……。そっちはそっちで守っている人がいるのかな?


「来たぞー!」


 考え事をしていると、防壁の上から声が降ってきて我に返る。遠くに土埃が舞っているのが見えて、それが徐々に近付いてきた。蜃気楼のようにぼやけていたものがだんだんはっきりしてくる。


「先頭集団はブラッドハウンド! その後ろからグレートディア!」


 まず見えてきたのは犬の魔物、その後ろに巨大な角を持つ鹿の魔物。当たり前だが、足の速い種類が先に到達するわけだ。あまり恐怖を感じないのは、前の方にたくさんの騎士や兵士がいて、周りに冒険者たちがいるからだろう。


 最初に防壁の上から矢が放たれた。100メートル近く離れた魔物の群れに矢の雨が降り注ぐ。


 だがその程度では致命傷にならないようで、むしろ魔物の怒りを買ったようだ。矢は間断なく発射されているが、魔物はどんどん近付いて来る。30メートル程の所まで来た時、炎や氷が降り注いだ。


 おお! これが魔法か!


 魔法の直撃を受けた魔物が次々と倒れるが、間隙を縫って数十の魔物が最前線と激突した。兵士は3~4人で1体、騎士は1人で1体を相手にしている。魔物の咆哮、唸り声、人の怒号が飛び交い、どちらのものか分からない血飛沫が舞う。生臭さと錆の臭いが漂い始める。


 騎士の何人かは圧巻の強さを誇っており、鎧袖一触で魔物を斬り捨てていた。最初の激突から数分で魔物は一掃され、冒険者の出番はなかった。


 もちろん僕や勇太、由依ちゃんの出番もない。2人とも前に出たくてうずうずしているようだ。落ち着け。


「次の集団! アグリーボア、ブラッドグリズリー、アースコング!」


 猪、熊、ゴリラ、かな? 先程と同じように遠距離から矢、そして魔法。今度はあまり削れなかったようだ。さっきの犬と鹿の時より兵士や騎士が少し手こずっている。その分後ろにいる冒険者たちの方にも魔物が流れてきた。

 だが冒険者は兵士たちより遥かに手慣れている。パーティ単位でまとまっているから連携が取れていて、着実に魔物を倒していた。


「来た来たー!」

「さあ、やるわよ!」


 勇太と由依ちゃんがやる気満々だ。勇太は熊を、由依ちゃんはゴリラを相手にする。僕の方にも猪が……猪? 凄いブサイクだな。瞬速、ダブルスラッシュで一閃。続けざまに近くにいた奴も数体倒した。勇太と由依ちゃんも危なげなく倒している。


「なぁ、あんたたちやるな!」

「いやいや、僕たちまだ駆け出しで」

「嘘だろ!?」


 すぐ傍で戦っていた男性冒険者から声を掛けられる。彼は大剣で豪快に魔物を倒していた。


「あんたたちの動きはB……いやAランクくらいに見える、ぜっ!」

「それが、E、なんです、よっ!」


 それぞれ熊とゴリラを倒しながら会話する。会話出来るくらいには余裕がある。戦闘は5分くらいで片付いた。第二陣も凌げたようだ。


「倒すのはいいけど、死骸が邪魔ですね」

「ほんとだね……あ、片付け専門の人がいるんだね」


 どこからか荷車を引く人たちが現れ、手際よく魔物の死骸を積み込んで運んで行く。


「開星さん、スタンピードってこんなもんっすかねぇ?」

「いや、初めてだから分からんよ……」

「たぶん、これから敵がどんどん強くなるんですよ」

「そういうこと言うのやめよう?」


 勇太はどこか物足りなさそうに、由依ちゃんは何故かワクワクしながらそんなことを言い始めた。2人とも、それフラグだからね?


「カイセーさん、おっきいのが来るのです!」


 上からパルの声が降ってくる。それと同時に防壁の上で動きがあり、何やらでかいボウガンのようなものが設置された。据え置き型の大型弩砲、いわゆるバリスタである。矢、と言って良いのか分からないが、とにかく矢が大人の腕くらいある。あれを使うような敵が来るのか……やっぱフラグじゃねぇか。


「オークの集団、その後ろから……え、ヒュ、……?」


 報告してくれる男性の声は、最後が小さくてよく聞こえなかった。


「開星さん、オークっすよ! ファンタジーの定番っす!」

「そうなの?」

「頭が豚で、体が人間っす!」


 勇太、なんでそんなに嬉しそうなのか、僕には理解出来ないよ。豚人間ってこと? 気持ち悪いよ。


 そんなオークは、想像よりかなり大きかった。3メートルはありそうだ。何と言うか、可愛らしいピンク色の豚ではなく、黒や焦げ茶色で少し毛足の長い、しかも怒り狂って目が血走っている豚だった。


 騎士や兵士が明らかに苦戦を強いられている。冒険者も前に出て戦い始めた。数人で1体を相手取っている。


「「開星さん」」

「うん。勇太、由依ちゃん。やっておしまいなさい!」

「「はい!」」


 この戦いを見ていて分かった。僕は2人を守るべき対象だとずっと考えてきた。だけど、今この場にいる者たちの中で、控え目に言ってもこの2人の方が強い。


 圧巻の強さを誇っているように見えた数人の騎士よりも。百戦錬磨の冒険者よりも。勇太と由依ちゃんはずっと頼りになる。この2人がいれば大丈夫、そんな気にさせてくれる。


 瞬歩を繰り返してオークを翻弄する勇太、舞うように動いてオークを粉砕する由依ちゃん。


 僕も負けてられないな。両手の短剣を握り直し、僕も地を蹴った。

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