第46話 マールプンテ
「いや、美味じゃった!」
マールプンテ様はニコニコしてご満悦だ。
パルが探り当てた屋台は肉串の店だったが、これが大正解。甘辛いタレに漬け込み、焼く時にいくつかの香辛料をまぶし、外側はカリッと、中はピンク色の絶妙な焼き加減の肉串。最初は一人2本ずつ買ったのだが、あまりの美味しさに3本ずつ追加した。アイテムボックスに収納している野菜たっぷりのスープと焼き立てのパンを出し、みんなでベンチに座って夢中で食べた。
ネコには味が付いていない生肉と焼いた肉を屋台の主人に頼んだ。串に換算すると多分10本分くらいペロリと食べた。勇太はさらに肉串を2本追加していた。2人は育ち盛りだね。
お腹を満たしたら、由依ちゃんとパルが人数分の果実水を買って来てくれた。ネコにはアイテムボックスから紙皿を出してそこに果実水を入れる。大きな舌で器用に掬い取る様子を眺めていたら、ひなちゃんから話し掛けられた。
「お父さん、まーるぷんて様、どうするの?」
「う~ん、どうするって神様だからなぁ。何かお仕事があるんじゃないかな?」
「そっかー」
ひなちゃんは、見た目が同年齢のマールプンテ様とお友達になりたいようだ。この世界に来て同年代の子と遊ぶことがないから、一緒に遊びたいのだろう。
「さて、宿に戻ろうか。マールプンテ様はどうしますか?」
「…………儂の話を聞いてもらえるじゃろうか?」
「もちろん、聞くくらいは問題ありませんよ」
神様だというのにずっと下手だよね。全然偉そうじゃない。最初見たときは恐ろしさを感じたけれど、一緒に肉串を食べたらそんなものはなくなった。それより、どうしても娘と同い年の子に見えてしまうから、困っているなら力になってあげたいとさえ思う。神様の力になるなんて烏滸がましいかも知れないけれど。
宿に戻る道すがら、マールプンテ様はひなちゃんと手を繋いでいた。ますます神様には見えない。僕たちは2人の姿を微笑ましく思いながら宿に戻った。
従魔も泊まれるということで選んだ宿。僕の部屋で、ひなちゃんとネコと一緒に寝る予定だった。今その部屋に全員が集まっている。もうギュウギュウだ。一つしかない椅子にはマールプンテ様に座ってもらい、ほかのみんなは床やベッドに座ってもらっている。僕はベッドの上で胡坐をかき、膝の上にひなちゃんが座っている。
椅子に座って足をプラプラしているマールプンテ様の近くにはアドレイシアが浮いている。
「さて、どこから話そうかの……」
マールプンテ様はそう言って遠い目をした。
『マールプンテ様は封印されていたんですよね?』
アドレイシアが話のきっかけを作る。
「ああ、そうじゃの。……そうじゃ、結論から話そう。儂は長らくダンジョンの最奥に封印されておった。封印を解き、地上に上がるために
守護……?
「えーと、何から守るんでしょう?」
『そんなの決まってるじゃない! デュルリテ様の眷属よ!』
デュルリテ様っていうのはもう一柱の上位神だよね? その眷属からマールプンテ様を守る?
「いやいやいや、神の眷属から守るって僕たちには無理でしょ!」
異世界から来たばかりで、自分たちの安全もままならない状況。冒険者ランクはE。神の眷属どころか、強めの盗賊にだって負ける自信がある。
『カイセー! やる前から諦めるなんて、それでも男なの!?』
「えぇぇ……」
「アドレイシアよ、無理を言ってはいかん。お主も眷属の強さは承知しておろう?」
『そ、そうですけど……』
狭い部屋が沈鬱な空気で満ちる。
僕たちが物語の主人公のように強ければ……いや、それでも躊躇しただろう。僕は娘たちを守らなければならない。自分から危険なことに飛び込もうとは思わない。
「お父さん……まーるぷんて様を守ってあげて?」
ひなちゃんが僕を見上げながらそんなことを口にした。お父さんだって守りたいよ。守りたいけど、守りたいけど……。
勇太が口をギュッと結んでいる。由依ちゃんは何か言いたげに口を開いたり閉じたりしている。パルは僕とマールプンテ様をハラハラした目で交互に見ている。3人とも守ってあげたいと思っているのだろう。でも、どうするかの判断を僕に委ねている。僕の判断に従おうと口を出さずにいてくれるのだ。
マールプンテ様は椅子から飛び降り、寂しそうな笑顔を浮かべた。
「今のは忘れてくれ。食事、美味かったのじゃ。感謝する」
そう言って部屋から出て行こうとする。その背中はとても華奢で、この子を放っておくなんて出来なかった。
「待ってください、マールプンテ様!」
彼女はドアノブに手を掛けたまま立ち止まった。
「僕たちは弱い。あなたを絶対に守るとは言えません。それでも、一緒にいることくらいは出来ます。それでは駄目でしょうか……?」
マールプンテ様がゆっくりと振り返り笑顔を見せる。その顔は泣き笑いのようだった。
「それで充分なのじゃ。あと、儂のことはマールと呼んで欲しい」
僕は激しく後悔した。特大の厄介事を抱え込んでしまった。ひなちゃん、勇太、由依ちゃん、パル、ネコに心の中で土下座する。
だけど、あのままマールプンテ様――マールを行かせたら、今以上に後悔したと思う。でもそんなことは単なる言い訳に過ぎない。僕はみんなを危険に晒すような真似をしてしまったのだ。
「開星さん、俺も手伝います。一緒に守りましょうよ!」
「開星さんならこうすると思ってました。だから大丈夫です!」
「カイセーさん、私も頑張るのです!」
3人の言葉に、後悔が少し軽くなる。
「お父さん、ありがと!」
「ぐるぅ!」
ひなちゃんが腰にギューッと抱き着き、ネコが太腿に顔を擦り付ける。また少し心が軽くなった。
『カイセー、あたし信じてたわよ!』
アドちゃんは小さな手で僕の背中をバシバシ叩く。地味に痛い。みんなが僕の選択を肯定してくれた。後悔はほんの小さなしこり程度になった。
「お主の選択は間違っていなかったと、いずれ分かる」
「マールプンテ様……」
「だからマールと呼ぶのじゃ!」
「マ、マール、様?」
「様もいらん! ただのマールじゃ。皆もそう呼ぶのじゃ!」
部屋の空気が緩んだ。まだ夏なのに、ふわっと春風が吹いた気がした。
「よし! じゃあ今夜はマールの歓迎会だな!」
「「「「「『おー!!』」」」」」
「ぐるぅ!」
「あ、ネコの歓迎会もしなきゃだね」
僕たちはウキウキと買い物の相談を始めた。もう少ししたらご馳走を買いに行って、僕は久しぶりにお酒も飲んじゃおうかな? 狭い部屋だけど、外で食事するより安全だろう。
みんなで食べたいものの話で盛り上がっていると、突然けたたましい鐘の音が響き始めた。
「パ、パル! これ何だ!?」
勇太が耳を塞ぎながら尋ねる。パルもネコ耳を上から押さえながら顔を顰めている。
「わ、分からないのです!」
パルも知らないのか。地球の常識で考えたら火事か風水害だと思うのだが。
「みんな、ここを動かないで! 冒険者ギルドに行ってみる!」
「開星さん、私も行きます!」
「分かった。勇太、パル、ここを頼む!」
「「はい!」なのです!」
「お父さん……」
「すぐ帰って来るから、少し待っててね? ネコ、アドちゃん、娘とマールを頼んだ」
『分かったわ!』
「ぐるっ」
僕は由依ちゃんと一緒に宿を飛び出した。
通りは騒然としており、人々が右往左往していた。街の兵士が住民に向かって叫んでいる。警鐘が鳴り続ける中、それに負けじと彼は声を張り上げていた。
「北側へ! 北側へ避難しろ!」
人々はその声に従い、少しずつ北の方へ移動しているようだ。反対に兵士の集団が南の方へ向かっている。
丁度目の前を兵士が通り過ぎようとしたので尋ねてみた。
「何があったんですか!?」
「南のダンジョンでスタンピードだ!」
兵士はそれだけ言って走って行った。
「由依ちゃん、スタンピードって何か知ってる?」
「私の知識では、魔物の大量発生、集団暴走のことだと思います」
「そりゃ大変だ」
僕たちは冒険者ギルドへ急いだ。たくさんの冒険者が建物の外に集まっている。軽く100人は超えているだろう。これだけの冒険者を一度に見るのは初めてで、僕は圧倒されそうになった。
「あっ! カイセーさん!」
明るい緑色の髪をしたギルドの受付嬢、ソフィーさんが手を振りながらこちらに走ってくる。
「ソフィーさん、先程はお世話になりました」
「いえいえ、とんでもない!」
ソフィーさんは顔の前で両手を振って、隣の由依ちゃんにも頭を下げた。
「ソフィーさん、スタンピードと聞いたんですが」
「はい。それでサルラントに滞在中の冒険者に緊急招集がかかりました。一応、Cランク以上は強制でそれ以下は任意参加ですが」
その後、台の上に乗った初老の男性から説明があった。この街を治める領主の騎士団と共に街の防衛を行う。参加する冒険者は基本的にパーティ単位で行動する。ギルドからの緊急依頼という形で、スタンピード収束後に報酬が支払われる。などなど。最後に、冒険者たちは南門へ集合して欲しいと言われた。
強制のCランクと言ったらパルが該当するのか。パルだけに参加させるわけにもいかないだろう。僕たちだけこの街から逃げるというのも無理がありそうだ。ヴェリダス共和国に向かうには東門を通過しなければならないが、いつそちらにもスタンピードが押し寄せるか分からないので危険だ。
だったら、彼らに協力してさっさとスタンピードを収束させるべきだろう。問題はひなちゃんを連れて行けないことと、僕たちが役に立てるのかだが……どうしよう?
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