第45話 白髪の少女

 貴族令嬢と接近遭遇した翌々日、僕たちはサルラントの街に到着した。またあの一団と会ったら嫌だなと思っていたが会うことはなく、道中で魔物や盗賊に襲われることもなく、平穏無事に辿り着いた。


 うん。平和が一番だよね。


 サルラントもゲタリデスと同様イスラム様式に似た建物が目立つ。結構好きな街並だ。それを横目に見ながら、僕たちはまず冒険者ギルドに向かった。ダークレオのネコを従魔登録するためである。


「ネコ、君が従ってるのはひなちゃんだって分かってるんだけど、便宜上僕の従魔ってことで登録していいかな?」

「…………ぐるるぅ」

「お父さん、ネコちゃんがいいって言ってるよ!」

「そうか、ありがとうね」


 ネコは相当賢いらしく、僕たちの言葉をほとんど正確に理解している。知性が高いということは、自分が従っている相手について拘りがあるかも知れないと思い、念の為許可を取った。かなり嫌そうな顔をされたがOKしてもらえた。日向がまだ年齢的に冒険者に登録できないから仕方ないのだ。従魔が起こした問題はその主人が責任を負わなければならないから、僕以外の選択肢がなかったのである。


 ネコの承諾も得られたので、冒険者ギルドの前に馬車を停めて全員でギルドの建物に入った。アドレイシアは姿を消しているがしっかり付いて来ている。ひなちゃんは僕と手を繋いだ状態だ。


「おい、見ねぇ顔――何でもないです!」


 木の扉を押し開けると直ぐ近くにいた若い冒険者に絡まれそうになったが、ネコと目が合った彼は驚きの速さでどこかへ行った。何かのスキルだろうか。


 まぁ気持ちは分かる。ネコの体高は僕の胸くらいあって、艶やかな黒い毛に覆われた全身から強者のオーラが滲み出ている。威嚇する必要もないのだ。僕もあやかりたい。

 馬車の荷台ではひなちゃんと一緒にクッションの山に埋もれてゴロゴロしているから、Aランク魔獣だってことを忘れがちだよね。


 昼前のこの時間、受付カウンターは空いていた。


「ようこそ、冒険者ギルド・サルラント支部へ! こちらの支部は初めてですか?」


 アドちゃんみたいな明るい緑色の髪をした若い女性が笑顔で対応してくれた。


「ええ、初めてです。今日は従魔登録と、いくつか素材の買い取りをお願いしたいのですが」

「従魔……え、まさかその子、ダークレオじゃないですよね……?」


 女性職員の目はネコに釘付けである。当のネコは小首を傾げて女性を見つめ返していた。


「ダークレオです」

「す、凄い! 私、初めて見ました! もしかして有名なテイマーさんですか?」

「いえいえ、成り行きで彼の傷を治療したら懐かれまして」

「へぇー! そんなこともあるんですね!」


 冒険者カードを提示しながら適当に答える。特に突っ込んで聞かれることもなく無事に従魔として登録できた。


「それで、買い取りっていうのは――」

「開星さん、これ」

「ん?」


 由依ちゃんが掲示板から一枚の依頼書を持って来ていた。それには「タリアチュア5体討伐」と書かれている。推奨冒険者ランクはAだ。


「あー、討伐依頼って自分の一つ上のランクまでしか受けられないんでしたっけ?」

「一応そうですけど、何かの拍子で倒してしまった場合、ちゃんと討伐報酬が受け取れますよ?」

「そうなんですね」


 依頼として受ける場合は一つ上のランクまでしか討伐依頼を受けられない。僕たちの場合、パーティの平均ランクがEなのでDランクまでしか受けられないのだ。ただし、討伐依頼は依頼達成報酬と討伐報酬の二段構えになっており、依頼を受けていなくても討伐報酬の方は受け取れるらしい。依頼が出ていると知らずに倒した場合や、ランク外でも倒せた場合の救済措置のようだ。


「このタリアチュアを倒したんです」

「ほんとですか!? 5体も?」

「いや、10体」

「ええ!?」


 女性職員――ソフィーさんと自己紹介してくれた――に案内され、ギルド横の解体場に移動してタリアチュアの死骸を出した。収納しているのが嫌だったからスッキリだ。


「……この真っ二つになってる奴は一体どうやって……」


 解体場のおっちゃんがなにやらボソボソ呟いていたが聞こえないフリをする。冒険者に手の内を根掘り葉掘り聞くのはご法度らしいから無視して問題ない。


 ギルドに戻ってソフィーさんから10体分の討伐報酬、金貨1枚を受け取った。恐ろしかったり気持ち悪かったりして得た報酬が、貴族令嬢に一回お風呂を貸したのと同じだと思うと何だか切なくなる。まぁ令嬢の方がおかしいんだけれど。


 素材の買い取り代金は明日になると言われたので、僕たちはギルドから出て宿を探すことにした。ヴェリダス共和国の国境は馬車で半日くらいの距離らしいので、二晩この街に泊まって明後日の早朝に出発するつもりだ。


 早々に宿を決めて馬車と馬を預け、みんなで遅めの昼ご飯にするため店を探す。この際手軽な屋台でもいいな。


「あっちから美味しそうな匂いがするのです!」

「よし、パルに任せよう」


 パルが通りの向こうを指差してぴょんぴょん跳ねているので、余程良い匂いがするんだろう。


「勇太と由依ちゃんもそれで良い?」

「もちろんっす!」

「いいですよ!」


 駆け出しそうなパルを宥めつつ、彼女に付いて行く。ちなみにひなちゃんはネコの背中に乗って楽しそうにキャッキャしている。僕もダークレオに擬態しようかな……。


『カイセー、あの女の子を見て!』


 娘を微笑ましく眺めているところへ、突然アドちゃんが姿を現した。


「どの子?」

『あの子よ! あの白い髪の子!』


 アドちゃんの小さな指先が示す方を探す。路地から真っ白な髪の少女がフラフラと現れた所だった。


「あの子がどうかした?」

『何だか守らなきゃいけない気がする!』

「気がする……?」

『精霊の勘……いえ、本能よ!』


 本能なのか。じゃあ仕方ない。みんなに声を掛け、白髪の子の方へ行く。


 近付くにつれて、その子の様子が分かってきた。歳はひなちゃんと同じくらいに見える。白い髪と、同じく白のノースリーブワンピースはかなり汚れていた。裸足で靴も履いていない。一言で言えばホームレスの子供のようだ。


 だが顔は恐ろしく整っている。眉と睫毛も白く、瞳は金色。よく見ると青や緑が所々混じっている。髪や服がかなり汚れているのに、その存在感は圧倒的で寒気すら感じる。


 僕はこの子に似た雰囲気を持つに最近会ったことを思い出した。こちらの世界に渡る時に出会った神の遣い。たしか「ペディカイア」という名だった。あれは恐ろしさの中にも友好的な雰囲気があった。しかし目の前のそれは、近付いてはいけない気がする。


「アドちゃん、やっぱり――」


 アドレイシアに、やはり関わるのは止めようと言い掛け、それ以上言葉を続けることが出来なかった。白髪の子が真っ直ぐ僕を見ていたからだ。3メートルくらい手前で僕は硬直してしまった。


 全てを見透かすかのような視線。その瞳は――慈愛に満ちていた。


『ままままままままま』


 アドちゃんが僕の顔の横でプルプル振動している。白髪の少女はチラッとアドレイシアを見て微苦笑を浮かべた。僕はアドちゃんを落ち着かせようと、両手でガシッと彼女を捕まえる。


『マ、マールプンテ様!?』


 マールプンテ……? つい最近聞いたような……『1200年くらい前、この世界の上位神、マールプンテ様とデュルリテ様という二柱の神の間で争いが起きたの』……。


「アドちゃん、マールプンテ様って上位神のマールプンテ様?」

『そそそそうよ!』


 気が付けば、白髪の子――マールプンテ様は手が届くくらい近くにいた。


「久しいのう、アドレイシア。ちっこくなったかの?」

『マールプンテ様も、その、大変可愛らしいお姿になられて!』


 さっきから不思議なのだが、周囲の人々はまるでこちらに興味を示さない。ここに僕たちなどいないかのように通り過ぎていく。


「異世界から来た者よ」


 マールプンテ様が僕を真っ直ぐ見て呼び掛けた。


「は、はい」

「お主、この世界の通貨を持っておるか?」

「え? あ、はい。持ってますよ?」

「そうか……厚かましい頼みなのじゃが、儂に食事を恵んでくれんかの? ひもじくて仕方ないのじゃ」


 ……マールプンテ様、まさかの腹ペコだったらしい。神様でもお腹が空くのか。

 勇太、由依ちゃん、パルに目で尋ねると3人ともコクコクと頷いてくれる。ネコに乗っているひなちゃんはキラキラした瞳で僕とマールプンテ様を交互に見ていた。


「それなら、丁度今からみんなでご飯を食べようとしてたんです。ご一緒にいかがですか?」

「良いのか!?」

「もちろん」

「恩に着るぞ!」

「いや、ご飯奢るくらいで恩に着せようなんて思ってませんよ。じゃあ行きましょうか。あ、その前に。由依ちゃん、マールプンテ様に浄化を掛けてもらってもいい?」

「いいですよ。浄化!」


 由依ちゃんが浄化を掛けると、髪はしっとりした絹のような輝きを取り戻し、泥や砂、煤で汚れた顔も白磁のように滑らかになる。服は新品のようになり、全身の汚れが落ちた。


「おお。娘、助かった」

「いいですよ」

「先に靴を買いますか?」

「いや。儂、ちょびっと浮いとるから大丈夫じゃ」


 浮いてるのか。じゃあ良い……のか? まぁ靴は後でいい。今はマールプンテ様のお腹を満たしてあげないと。娘と同じくらいの歳の子がお腹を空かせてるなんて見てられない。実際には年齢は全く違うだろうけれど、これは僕の精神衛生上の問題だ。


「パル、案内頼める?」

「任せるのです!」


 僕たちはパルの嗅覚を頼りに再び歩き出した。

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