第43話 アドレイシア

 僕たちはタリアチュアの死骸を嫌々アイテムボックスに収納し、再び馬車に乗った。死骸を収納したのは、放置していると他の魔物や魔獣が集まってきたり、稀だがアンデッド化したりするらしいからだ。もちろんパルが教えてくれた。


 冒険者ギルドに死骸を持って行けば素材として買い取って貰えるという話なので、本当に嫌だったが持って行くことになった。


「ねぇアドちゃん」

『何よ?』

「色々と聞きたいことがあるんだけど」

『だから何?』

「ひなちゃんがアドちゃんを回復してるの?」

『……少し長くなるけどいい?』

「うん」


 馬車の荷台にはクッションが一面に敷き詰められており、娘とダークレオのネコはそれに埋もれて仲良く眠っている。パルと勇太は御者台で、由依ちゃんは僕の隣に座っていた。アドレイシアがパタパタと飛んで、胡坐をかいた僕の膝に座って話し始めた。





 1200年くらい前、この世界の上位神、マールプンテ様とデュルリテ様という二柱の神の間で争いが起きたの。

 正確に言うと、デュルリテ様の眷属がマールプンテ様に喧嘩を売ったのよ。自分たちの主の邪魔をするな、と言ってね。あたしも詳しいことまでは知らないんだけど、あたしたち精霊はマールプンテ様側について眷属と戦ったわ。


 激しい戦いでお互い消耗して、結局マールプンテ様は封印されてしまった。精霊の多くはその時に力の大半を失ってしまったの。


 あたしも下位精霊くらいまで力を失って、あんたたちがやって来た森で力を蓄えていたのよ。この姿になるまで1000年くらいかかったわ。最初は小さな羽虫くらいだったから、これでも結構成長したのよ?


 ヒナを見たときは本当に驚いたわ。精霊の愛し子なんて見るの、2000年ぶりくらいじゃないかしら。精霊の愛し子は無条件で精霊から好かれるの。そのままにしてたら無数の精霊が集まって来て、ヒナが大変なことになると思った。だからあたしが庇護することにしたの。


 これでもあたし、森の大精霊なんだから。今はこんなだけどね。力は失ってるけど、大精霊としての権限は生きてる。だから普通の精霊たちはあたしの言うことを聞くのよ。


 それで、回復の話だったわね。


 私にも視えないスキルが2つ、ヒナにはあるのよ。

 今までスキルが視えないなんてことはなかったんだけど、何となく想像はつくわ。こういう場合はたぶん神様がわざと隠してるのよ。


 精霊の私を回復させるような何かを、ヒナが生み出してるんじゃないかと思うの。

 そしてそれは、ヒナが望むものを回復させる力があるんじゃないかしら。


 ヒナがこのスキルを手に入れたのは、きっとあんたを治したいって強く願ったのね。私が回復を実感したのは、あんたが最初に襲われた後だもの。あの狼の魔物、ブラックウルフに手を齧られた時の話よ?


 ヒナのスキルが何にせよ、それは悪い力じゃない。私の力が戻ってきたから、あんたにも加護を授けることが出来たわけだし。

 それに、そのうちヒナは自分でそれがどんなスキルか理解する筈よ。


 だから焦らずに待ってあげたら良いと思う。

 あたしの話はこんなところよ。





 一緒に話を聞いていた由依ちゃんもポカンとした顔になっている。さっき聞いたのだが、由依ちゃんには僕より先に加護を授けたらしい。ちなみに勇太とパルにはまだ授けていないそうだ。嫌いとかそういうわけじゃなく、加護を授けるには力が必要で、まだ全員に授けるほど力が戻っていないらしい。それは良いとして――。


「アドちゃん、大精霊だったの?」

「私も初めて知りました」

『そうよ! 森の大精霊アドレイシア様とはあたしのことよ!』


 ほーほっほっほ! とアドレイシアが顎に手の甲を添えて高笑いする。ごめん、森の大精霊って言葉も初めて聞いたよ。


「凄いね、アドちゃん!」

「凄い! さすがアドちゃん!」


 取り敢えず褒めておけば良いだろうと思い、由依ちゃんに目で合図をして一緒に褒めた。アドちゃんの高笑いが激しくなり、イナバウアーくらい体が反っている。チョロい。


「アドちゃん、これからもよろしくね?」

『当たり前よ、任せなさい!』


 よし。森の大精霊を味方につけたぜ。しかも話の流れでは2000年以上生きて(?)いるようだ。僕たちが知らないことを沢山知っているだろう。女性に年齢のことを尋ねるのはタブーなので、アドちゃんが何歳なのか聞かないことにした。そもそも精霊に年齢という概念があるのかも分からないしね。


「それでさ、ステータスのことなんだけど」

『ええ』

「称号やスキルは僕たちも見れるんだけど、『それだけじゃなくて全部見える』って言ってたよね?」

『ええ。それがどうかしたの?』

「あのさ、『全部』ってどういうこと?」


 僕がそう尋ねると、アドレイシアは怪訝そうな顔になった。


『全部は全部よ。HP、MP、STRとか、とにかく全部』

「え?」

『え?』


 そんなのステータスに表示されてないよね?


『あんたまさか……いえそんな筈ないわよね……でも万が一ってことも……』


 アドちゃんは空中でホバリングしながら腕組みしてブツブツ言っている。


『ねぇカイセー。まさかとは思うけど、名前の横にある記号には気付いてるわよね?』

「記号? そんなのあったっけ?」


 はぁ~~~、とアドちゃんが海よりも深い溜息をついた。


『自分のステータスを見てみなさい』

「うん」


■喜志開星>

■称号:忍ぶ者・守る者

■スキル:認識阻害・透明化・偽装・擬態・看破・平常心・瞬速・短剣術・投擲・睡眠回復(中)・双剣術・結界・ダブルスラッシュ・断絶


 こうして見るとスキル増えたなぁ。ん? 断絶って何だ? ああ、結界で切断するヤツか。あれって断絶って言うんだ。


『名前の横に記号があるでしょ?』

「…………あるね」

『それに意識を向けてみなさい』

「うお!?」


■<喜志開星

34歳

人族・男性

HP:3680

MP:2140

STR:824

DEF:462

AGI:1126

DEX:744

INT:1872

LUC:510


■加護:森の大精霊


「なんか数字がいっぱい出て来た!?」


 アドちゃんがアホの子を見るような目で僕を見ている。あれ、由依ちゃんも呆れてるっぽいな……。


「もしかして、由依ちゃんは知ってた?」

「……はい。てっきり開星さんも知ってると思ってました」


 僕は頭を抱えて背中を丸めた。穴があったら入りたい。最初にスキルのこととか張り切って由依ちゃんたちに教えてたのに……。こんなの見落としてたなんて。


「で、でも、これを知ってるからって何かの役に立つわけじゃないですし!」


 いや、多分これは凄く役に立つと思うよ……。自分がどういう戦い方をするべきか、どんな武器が合うか、そういうのはこのステータス値から考えた方が合理的だよね……。


『まぁ今更だけど、あたしにはそれが見えるの。分かった?』

「はい、よく分かりました」


 各種ステータス値が見れるのは分かったけど、これがそのくらいの水準なのか分からない。この世界において、僕は強いのか弱いのか。


『あ、念の為言っておくけど、HPとMPとLUC以外は上限値だから。常にその数値が出せるわけじゃないからね』

「上限値を出すにはどうしたらいいの?」

『頑張るのよ! むふぅーって!』


 「むふぅー」の所で、アドちゃんは体を縮こまらせ、顔が真っ赤になるほど全身に力を込めていた。うむ、可愛い。僕と由依ちゃんは、そんなアドちゃんを見て和んだ。


「分かった。ありがとう、アドちゃん。また色々と教えてもらってもいいかな?」

『いいわよ! あたしに何でも聞きなさい!』


 大精霊にそう言ってもらえると非常に頼りになるなぁ。僕は由依ちゃんにノートとペンを借りて自分のステータス値をメモした。誰かと比較したり、ここから成長するのか確認したりするのに役立つだろう。





 今日の野営ポイントに到着し、天幕を男性用・女性用のふたつ張り終えてから、移動式のお風呂とトイレをアイテムボックスから出した。


 ゲタリデスの街で作ってもらったお風呂とトイレだが、これは本当に作って良かった。ちなみに街を出発してからお風呂は毎晩、トイレは休憩で馬車を停める度に使っている。快適な旅には必須だよね。


 パルと一緒にブルボアの肉と新鮮な野菜を使ってシチューを作り、焼き立てパンと一緒にみんなで頂いた。アイテムボックスのおかげで食材はいつでも新鮮・出来立てだ。余った料理も収納しておけば、翌日温かい食事を直ぐに食べられる。アイテムボックス様様である。


 片付けをしている間に、由依ちゃんとパルにお風呂に入ってもらう。お風呂の周りには僕が結界を張り、勇太が見張りもしている。次が僕とひなちゃん、最後に勇太。勇太の時は僕が見張り役を交代する。


 全員お風呂に入り終わり、焚き火を囲んでまったりしていた。パルに聞いたところ、この世界の季節も今は夏らしい。ただ、日本の夏のように湿気が高くないし、気温もそこまで上がらない。陽が落ちると夜風が気持ち良い。夜空には大きな半月と、それよりひと回り小さな半月が並んでいる。空気が澄んでいるからか、無数の星が煌めいていて美しい。


 僕の膝の上ではひなちゃんが舟を漕いでいて、足元にはネコが寝転んでいる。駄洒落ではない。そろそろひなちゃんを天幕で寝かせようかと立ち上がった時、ネコが起き上がって警戒の姿勢を見せた。全員がネコの見ている方向を注視する。しばらく待っていると、こちらに近付いて来る人影が見えた。全員が立ち上がって武器を構え、ネコはいつでも飛び掛かれるように姿勢を低くする。


「突然すまない、こちらに敵意はない。少しいいだろうか?」


 少し離れた所で立ち止まった人物が声を上げた。焚き火の灯りで辛うじて見えるその人物は、真っ赤な髪を高い場所で一つに結んだ女性だった。

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