第42話 手掛かり発見(SIDE:佑)

 佑は空が白んできた頃に目が覚めた。ネフィルが抱き着いていたせいで身動ぎ出来ず、体中が凝り固まった気がする。師匠を起こさないようそっと腕を抜いて部屋を出た。宿の裏手にある井戸で顔を洗うと、肩や首を回して屈伸する。


「おはよう、タスク」

「……」

「おはようございます、ボーメウスさん、リーラさん」


 魔人族の2人から、いや厳密に言うと1人だが、挨拶されたので返す。リーラは佑より10センチくらい背が高く、俯き加減で頭を下げてくれた。

 もう1週間近く旅を共にしているが、リーラの声は2~3度しか聞いていない。それも「はい」「いいえ」くらいだ。初めは嫌われているのかと思った佑だが、今はそういう人だと分かっているし、表情で何を考えているのかも少し分かるようになってきた。


「ネフィル殿は……まだだな」

「ですね。スヤスヤ寝てました」


 言ってからハッとする。こんなことを言えば、一緒に寝ていたと明かしているようなものでは!?


「いつものことか」

「そうですね」


 ふぅ、スルーしてもらえた。そんな風に佑が謎の安堵感に包まれていると、ドタドタと階段を下りる音がして、裏口の扉がバンと開かれる。


「タスク、どうして起こさない?」

「へ?」

「一緒に寝てたのに、いなくなったらびっくりする」


 ……何故全部バラす!? ボーメウスとリーラがじっとりとした視線を佑に向ける。


「ち、違うんです、師匠がどうしても一緒の部屋で寝るって聞かなくて」

「ん、弟子が師匠と寝るのは当たり前」


 いや、当たり前じゃないと思う。だが、ネフィルがこんな調子なのでボーメウスたちも表情を和らげた。


 佑はネフィルのために井戸から水を汲み、顔を洗わせる。もし妹がいたらこんな感じだろうか。実年齢は未だに謎なのだが、見た目年齢だけなら完全に妹だ。よし、これから妹だと考えれば色々乗り越えられる気がする。


 まだかなり早い時間なので、朝食まで時間がある。佑たちは街の外に出て魔法の訓練をすることにした。


「タスク、魔力を集めるのは歩きながらでも出来る」

「やってみます」


 ネフィルが師匠っぽいことを告げる。魔法のことだけは全面的に信頼している佑であった。あくまでも魔法のことだけである。


 佑は歩きながら、体を巡る魔力を意識した。これは数日前に出来るようになっていたので、今度はそれを手の平に集めてみる。右の手の平が何だか熱くなってきた。


「師匠、手が熱く感じます」

「ん。それでいい」


 なるほど、これが魔力を一か所に集める感覚なのか。これまでも魔法は使ってきたが全て我流だ。この世界の魔法について知識を得た今はどれくらい違うのだろう? 佑は楽しみでワクワクしてきた。


 やがて人気のない草原の中に人の背丈くらいある大きな岩を見付けた。お誂え向きの的だ。ボーメウスとリーラが周囲を警戒してくれて、佑はネフィル監修のもと早速魔法を撃ってみることにした。


「集めた魔力を全部魔法に変換する。これを意識して」

「はい! フレイムアロー!」


――ズゴォン!


 佑が放ったフレイムアローは、アローと呼ぶのに違和感があるくらい大きくて高威力だった。魔法が直撃した岩は、その部分が大きく抉れて黒焦げになっている。


「ん……今の、アローじゃなくてランス」

「アローが強力になったらランスでいいんですか?」

「詠唱が違う。でもタスクはスキルで撃ってるから、今のはランスでいい」


 ほぅ。異世界に降り立って約2週間、俺は遂にフレイムランスを会得した!


「タスク、フレイムランス何発くらい撃てそう?」

「う~ん、どうでしょう……2~30発くらい?」

「取り敢えず10発撃ってみて」

「はい!」


 ネフィルの指示通り、佑は10発のフレイムランスを放った。岩は跡形もなくなり、真っ黒に焦げた地面が残った。


「魔力の残りはどう?」

「多分、まだ8割くらい残ってると思います」

「……じゃあ、残りの魔力を全部込めて、空に向かって撃ってみて」

「え?」

「いいから早く」


 魔力を全部込める? そんなこと出来るのか? そもそもそんなことして大丈夫?


 佑の胸中にはいくつかの疑問が過ったが、師匠に急かされて取り敢えずやってみることにした。血液を全て右の手の平に集めるようイメージし、手が熱くなって我慢出来なくなったところで空に向ける。


「フレイムランス!!」


 それはとてもランスなどとは呼べない代物。樹齢千年はあろうかという大木くらいある巨大な円柱が出現し、空に向かって恐ろしい速さで飛び立った。上空に浮かんでいた雲を突き抜け、雲にはぽっかりと大きな穴が開く。


「あっ……」


 自らが放った魔法の行方を最後まで見届けることなく、佑の視界は暗転した。魔力枯渇で意識を喪失した体を、ネフィルが慌てながら支えてその場に横たえた。





「うぅ……頭いてぇ」


 次に気が付いた時、佑は馬車に乗っていた。隣にはネフィル、向かい側にはボーメウスとリーラが座っている。幌付きの乗合馬車で、他にも数人の乗客がいた。


 何で馬車に乗ってるんだろう……。残りの魔力を全部込めた魔法を撃って、空を見上げてたら急に目の前が暗くなって……。


「もしかして、俺意識失ってました?」

「ん。苦労して馬車に乗せた。ボーメウスが」


 その言葉を聞いて、佑は向かいのボーメウスに「面倒かけてすみません」と頭を下げた。


「あー、朝飯食い損ねた」

「ん」


 ネフィルが包みを差し出す。開いてみるとサンドイッチだった。


「タスクのために用意した、リーラが」


 佑はリーラにも頭を下げる。


「私は見守ってた」

「見守って」

「ん」


 ネフィルは佑にドヤ顔を向けた。


「えーと、見守っていただいてありがとうございます」

「ん!」


 嬉しそうな顔を見れば、どうやらお礼を言って正解だったらしい。


「タスクは魔力が枯渇した。一度経験しておくのは大事」

「そうなんですね」

「次から無茶しなくなる」


 無茶させたのはあんたでしょーが!? と突っ込みたくなるのをグッと堪える佑。その甲斐あって、機嫌が良くなったネフィルがいくつか教えてくれた。

 魔力量が多い人ほど枯渇しても回復が早いこと。それは魔素を体に取り込む能力が優れているからであること。枯渇寸前まで魔力を使うと魔力量が増えること、など。


「最後の魔法、とても良かった」

「ほんとですか!?」

「ん」


 師匠に褒められて嬉しくなる佑。彼も結構チョロい。こうして魔法の訓練と馬車による移動を繰り返して4日後、佑たちはゲタリデスの街に到着した。


「随分雰囲気が違う街ですね」


 アベリガード皇国は皇都以外碌に知らないが、皇都は古いヨーロッパ風の街並みだった。建築様式に詳しくない佑だが、どこか見覚えのある建物が多く、何だかエキゾチックだな、と思った。


 通りを歩く人々は、それほど皇国と変わらな……なにっ!?


「し、師匠! ケモ耳の人がいます!!」

「ん、獣人族」

「はわぁ……獣人族がいるんですね」


 佑は若い女性の獣人族を目で追った。柔らかそうな耳が前の方に垂れ、ふさふさの尻尾が揺れている……。こ、これぞファンタジーの極み! この世界に召喚されて良かったー!


「そんなに珍しい?」

「俺のいた世界には動物の耳や尻尾がついた人はいなかったんです! ついでに言えば、エルフや魔人族も!」

「……エルフより獣人族の方が好きなの?」

「そんなの決ま……コホン、そんなことないですよ、師匠。エルフ、最高です」


 ネフィルの目に殺意が浮かんでいる気がして、佑は慌てて取り繕った。しばらく疑いの目で見られていたが、それ以上突っ込まれなかった。


「ボーメウスさん、手掛かりを残すとしたらどこですかね?」

「冒険者ギルドか商人ギルドではないか?」

「なるほど」


 冒険者同士で連絡を取り合う場合、有料でギルドに手紙を預けることが出来るのだと言う。


 自分も冒険者に登録したが、開星さんたちもきっと登録しているだろう。冒険者カードは身分証になるし、キャルケイス王国に入国する際にその身分証が必要だからだ。


「冒険者ギルドに行ってみましょう」

「そうだな」


 ちなみに、ボーメウスとリーラも冒険者に登録しているらしい。冒険者ランクは2人とも「A」。ネフィルもAランクなので、駆け出しのFランクは佑だけである。良く考えてみればAランク冒険者に囲まれているのは凄いことである。


 4人でギルドに入りカウンターの女性に声を掛けた。冒険者カードも一緒に提示する。


「九条佑……いやタスク・クジョウです。俺宛てに手紙はありませんか?」

「少々お待ちください」


 女性職員はカウンターの奥にある小部屋に引っ込んだ。ジリジリとして待っていると、手に封筒を持っている。


「タスク・クジョウさん。カイセー・キシさんからお手紙を預かっています。こちらに受け取りのサインを」


 早く手紙を開封したくて、佑はサインを殴り書きした。職員から手紙を受け取り、隅の方へ移動して開封する。


『佑、元気かい?

僕、日向、勇太、由依ちゃんは全員無事だし元気だ。

猫人族のパルメラという女の子が僕たちの仲間に加わったよ。早く君に紹介したい。

僕たちはヴェリダス共和国へ向かうつもりだ。国境に近い街以外は素通りする予定。

早く合流できることを祈っている。

無理せず、くれぐれも体に気を付けてくれ。

それじゃ、近いうちに。

喜志開星』


 内容は簡潔だが、必要な情報はしっかりと記載されていた。久しぶりに見た日本語の懐かしさ、開星の気遣い、そしてひなちゃん、勇太、由依が無事なことが分かった安堵で、佑は静かに涙を流すのだった。

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