第41話 不穏な気配(SIDE:???&佑)
キャルケイス王国と、その東に位置するヴェリダス共和国。その国境に一番近いキャルケイス王国側の街、サルラント。喜志開星たちが現在目指している街である。
如月勇太、小鳥遊由依、九条佑、喜志日向が召喚される丁度1年前のこと。
サルラントの南東、およそ10キロの場所にはダンジョンがある。
ダンジョンとは魔物や魔獣が多く巣食う場所で、尚且つ貴重な薬草や鉱石、果てはお宝なども見つかる不思議空間だ。多くの冒険者が一攫千金を夢見てダンジョンに潜る。そこで一握りの者が巨万の富を得たり、多くの者が命を散らしたりするのだ。
そのダンジョン、最奥の100階層。未だ誰も到達していない領域で、何かが目覚めた。
「ふぅー、やっと封印が解けたわい。全く難儀なことじゃった」
青く光る壁から這い出てきたのは、雪のように白い髪を腰まで伸ばした少女。年の頃は日向と同じ7~8歳、袖のないワンピースのような白い服を纏い、足元は裸足であった。
恐ろしく整った顔立ちは、幼さの割に大人っぽく見える。眉や睫毛も真っ白で、特徴的なのはその瞳。金に青や緑の光を散らしたような、幻想的な瞳をしていた。
「ここは……ダンジョンか。しかもご丁寧に最下層じゃな。はぁ、外に出るまで一体どれくらい掛かるやら……」
独り言には大き過ぎる声でそう漏らし、少女は歩き出した。不満そうな言葉とは裏腹に、状況を楽しむような笑顔を浮かべている。
少女の眼前には、ダンジョンボスである巨大な蛇、イービルサーペントがとぐろを巻いていた。2つある頭部だけで下位貴族の屋敷ほどあり、全体ではどれくらいの大きさなのか想像できない。口の先からチロチロと舌先を覗かせながら、紫色をした縦長の光彩が少女を見つめている。そして次の瞬間、巨大な咢が少女に襲い掛かった。
「
少女が呟くと、青白い巨大な壁がイービルサーペントの頭部を切断した。地響きを立てて2つの頭部が落ちる。体の方はしばらくのたうっていたが、やがて動かなくなった。
「蛇って……食えたかの?」
そう言いながら、少女は巨大な胴体の切断面に近付いて、掌から出した炎でそれを炙った。
「う~ん……せめて塩が欲しい」
手掴みで大きな肉塊にかぶりつき、文句を言いながら嚥下する少女。
ダンジョンで魔物や魔獣を倒すと、約1日程度で死骸がダンジョンに吸収される。その間は地上で倒したのと変わらないので食用にも出来た。また吸収されて更に1日程度経つとリポップする。イービルサーペントも2日後にはまたダンジョンボスとしてここに鎮座するだろう。
「さて、先は長い。行くとするか」
腹を満たした少女は、また歩き出したのだった。
*****
「タスク…………お前は魔法を極めた方が良いな」
「分かってますよ!」
「ん。人には得手不得手がある」
「知ってますってば!」
キャルケイス王国の北西に到達した佑、ネフィル、ボーメウス、リーラ。陽が昇ったばかりのこの時刻、街道から離れた草原で、佑はボーメウスから剣の手解きを受けていた……が、早々に匙を投げられた。
理由は単純にして明快。佑の運動神経が息をしていないからである。
(元々運動は苦手なんだよ! だから魔法使いに憧れてたんじゃないか!)
オタク気質の佑は日本でも全く運動をしていなかった。異世界に来て、ネフィルを背負って歩いたりと多少は体力がついているが、それと運動が出来ることとは別である。
魔法主体で戦う魔術師であっても近接戦闘が出来るに越したことはない。詠唱している間に剣や槍の間合いにまで近付かれることは十分有り得る。ネフィルでさえ、懐に入り込まれても対処出来るように杖術をそこそこ体得しているのだ。
だからボーメウスも最低限の剣術を佑に指南しようとした。木剣を持たせ、基本中の基本である上段からの振り下ろし。自分が手本を見せ、やってみるように告げた。その結果は……悲惨であった。
まず腕の力だけで振るものだから体がブレまくる。木剣の重さでヨロヨロと前に出てしまう。そのことを指摘して改善を促すが、佑は「体の重心」という概念が理解できないため、何度やっても同じであった。
それでも根性はあるので意地になって何十回と素振りを繰り返す。そのうち疲れでさらにヨレヨレになり、注意していないと周りに被害が出かねないレベルで剣の軌道が覚束なくなる。
才能がない者の典型。出来ないことを無理にやろうとするより、出来ることを伸ばした方が良い。そう判断したボーメウスは冒頭の言葉を告げた次第であった。
無口なリーラはやる気満々で槍を手にしていたが、佑の様子を見て寂しそうに槍をしまった。
「大丈夫。タスクはこの師匠が守ってあげる」
佑の背中をバシバシ叩き、ロリハーフエルフが無い胸を張って宣言した。見た目は全く頼りないが、実力だけは折り紙つきの魔術師である。
「…………お願いします、師匠」
言いたいことは山ほどある佑だが、全て飲み込んでネフィルに頭を下げた。近接が苦手なのは自分が一番分かっている。そしてこの先も克服できそうにないことも。ネフィルに守ってもらうというより、近接でも使える魔法を教えて欲しい、そんな思いで頭を下げたのだった。
かくして、鍛錬というより佑が一人で精神的ダメージを受けた時間を終え、軽く朝食を済ませた一行は南へ向けて出発した。
キャルケイス王国では魔人族が敵対視されていない。もちろん個人的な好き嫌いはあるだろうが、国を挙げて敵視するようなことはない。と言うより、魔人族を敵対視しているのはアベリガード皇国くらいのものである。
魔人族領で産出される「アガルダム」はミスリルに次いで魔力の伝導効率に優れた金属で、魔人族はこれを各国に輸出している。そのため、皇国を除いた周辺国には魔人族の商人が出入りするし、定住して商売を営む者もいる。
アベリガード皇国はこのアダルガム鉱山を我が物にせんと、数十年前魔人族に戦争を仕掛けた。その時から、魔人族による皇国へのアダルガム供給はストップした。
皇国は膠着状態を打破するため、10年前に召喚した賢人を戦地に送り込んだが、この賢人は行方をくらませた。そして今回、国民の不満を逸らすため、懲りずに佑たちを召喚して戦地に送り込んだのだった。
魔人族側にとっては、アベリガード皇国は取るに足らない相手であった。本気になればいつでも滅ぼせる。魔人族の戦闘力は人族より遥かに高い。だから現在に至るまで主力は戦線に出ていない。主力が出てしまえば、皇国に多大な犠牲が出るからだ。
魔人族の王、シェブランド・ビードリヒテンは無益な殺生を好まない。今は皇国が諦めるのを静かに待っている状況である。ただし、状況が変われば主力を投入して皇国を滅ぼす覚悟は決めていた。
閑話休題。
魔人族が敵視されていないから、佑たちは普通に街に入り、宿に泊まることが出来た。
「タスクの仲間たちが皇国から最短でキャルケイスに入ったとしたら……恐らくこの『ゲタリデス』の街は通っただろう」
宿の一室で、ボーメウスが地図を広げて指差す。地図はビードリヒテン王が持たせてくれたらしい。
「じゃあ俺たちは、その『ゲタリデス』を目指すってことでいいんですかね?」
「ああ。次の行き先に関することを仲間が残してるかも知れないんだろう?」
「はい、開星さんならきっと」
佑の返事にボーメウスが頷く。勇太だけなら心配だが、あの開星さんがいれば何か手掛かりを残してくれているに違いない。共に居た時間は短かったが、そう思えるくらいに佑は開星を信頼していた。
ボーメウスとリーラがそれぞれの部屋に戻った後、佑はネフィルから魔力変換の講義を受ける。魔法の出力を上げるため、連夜受けている講義である。
「魔力の流れと魔力を集めること。ここまでOK?」
「はい」
魔法に関してはファンタジー作品で得た知識しかない佑は、この講義を興味深く聞いていた。
この世界の人間は、多かれ少なかれ体内に「魔力」を持っている。空気中の「魔素」を体内に取り込み、それが魔力に変化して血液に溶け込んで体中を巡っている。
この魔力は任意の場所に集めることが出来た。多くは手の平である。一か所に集めた魔力をもとに、スキルや詠唱によって魔法を発現させる過程が「魔力変換」だ。
「詠唱したら誰が唱えても同じ魔法になるけど、威力は人によって変わる」
「それはその人の魔力量によるんですか?」
「それももちろんある。けど魔力変換にもよる」
「なるほど」
魔力変換は「水栓」のようなもの。いくら水量(魔力)が多くても、蛇口が小さく、またバルブの開け方が少なければ水はチョロチョロとしか出ない。ではバルブを全開にすれば良いかと言えばそうでもない。水(魔力)があっという間に枯渇してしまうからだ。
必要な威力を見極め、最適な出力の魔法を放つ。それが魔力変換だと言う。ただ、まずは自分の最大出力が出せるように訓練するのが良いらしい。出力を弱めるのは比較的簡単だが、出力を高めるのは非常に難しいのだ。
「まず魔力を手の平に集める訓練、次に最大出力を試す」
「分かりました!」
「明日やろう」
「はい!」
スキルで放つ魔法は詠唱とは少し違うが、いずれにせよ魔力変換を意識するのが肝心のようだ。明日が楽しみで口の端が上がる佑である。
「師匠、ありがとうございました。じゃあおやすみなさい」
「ん? 部屋いっしょ」
機嫌よく部屋を出て行こうとした佑の背中に、ネフィルが不穏な言葉を掛けた。
「は?」
「師匠と弟子は同じ部屋で寝る。これ常識」
「いやそんな常識ないと思いますよ!?」
「弟子は師匠の言うことを聞くべき」
「…………はぁ。今日だけですよ?」
何故ネフィルにこれほど気に入られているのか、佑には分からない。見た目の関係で一緒に寝ても変な気持ちになることはないのだが、やはり女の子(?)と一緒に寝るのは問題ではないか。
そんな佑の心配をよそに、ネフィルは佑の腕に抱き着いてスヤスヤと眠るのだった。
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