第四章

第38話 結界が凶悪だった件

 勇太の提案で、僕たちは訓練の一環で模擬戦を行うことにした。それ用に練習用の木剣も買った。


 ゲタリデスの街を出発して2日目の朝、予定通り模擬戦をやってみる。話し合いの結果、訓練は早朝から1時間と決まった。


「ユータ、そこなのです!」

「開星さん、今!」


 外野が煩い。こっちはそれどころじゃないんだ!


 勇太は「斬撃(弱)」「長剣術」「瞬歩」のスキルを駆使して僕を翻弄する。特に「瞬歩」がヤバい。有効距離は5メートルなのだが、それだけ離れていれば到底剣は届かない。そこから瞬きする間にすぐ目の前に迫っているのだ。


 僕が辛うじて勇太の攻撃を受け止められるのは、彼が「瞬歩」発動前に剣を構えているからである。つまりどこを狙っているか分かるから対応出来ているだけ。それでもギリギリなのだ。


「くそっ、当たらねぇ!」

「ほらほら、脇ががら空きだぞ?」

「ぐぇ!?」


 はー。何とか年上の面目を保てた。脇腹に2連撃を食らった勇太は蹲り、由依ちゃんがヒールを掛けてくれている。


「勇太、大丈夫かい?」

「は、はい。由依、サンキューな」

「いいよ、これくらい」


 勇太の顔色が戻ったので改善点を伝えよう。これはあくまでも訓練。お互いが今より強くなることが目的だ。決して僕が勇太に勝ち続けることが目的ではない。勇太が強くなれば僕も強くなれるかも知れないのだ。


「勇太、ちょっといい?」

「はい」

「構えてから『瞬歩』使うんじゃなくて、スキルを使ってからか、使ってる最中に剣を構えたり出来そう?」

「……もしかして、どこを狙ってるかバレてたっすか?」

「う、うん」


 素直なのは勇太の美点なので、それが良くないことのように伝えたくはない。


「だから攻撃が当たらなかったんすね!」

「そ、そうだね。それでもギリギリだったけどね」

「俺、ちょっと一人で練習してみます!」


 勇太は少し離れた場所で自主トレを始めた。僕は気になっていた結界の検証をしてみよう。


「結界」


 自分を中心にすると、平面の盾状やラウンドシールド状はもちろん、全体を覆うドーム状にも結界を張ることが出来た。意識するとそれぞれの大きさも調節出来る。ただ大きくすれば力が抜けていく感覚が強くなる。たぶん魔力を沢山消費するのだろう。


 次に、離れた所にも結界を張れるか検証。


「お、出来た」


 10メートル離れた低木を結界で覆うよう意識すると、すんなり出来た。これなら僕が入っていない時でも移動式風呂に結界を張れるぞ! みんなが安心して風呂に入れるね!


「開星さん、何やってるんですか?」

「え? 結界の検証だけど……もしかして、結界見えない?」

「はい、何も見えません」


 僕の目には、ライトブルーに光る結界が見えているんだけど、他の人には見えないのか?


「う~ん……見えない方がいいのか、見えた方がいいのか」


 戦闘中に自分に結界を張る場合、相手がそれを認識出来なければ、攻撃が弾かれた時に隙が生まれるだろう。あの盗賊の頭がそうだったように。


 味方を結界で覆う場合、見えないと不都合が多い。守られているという実感が湧かないし、結界の中でじっとして欲しいのが伝わらない。


 ということで、由依ちゃんに手伝ってもらいながら結界に色を付けられるか検証。自分じゃ分からないからね。


「結界」


 自分の前に、縦1メートル、横50センチの平面結界を張る。


「見えない……あ、ここに何かありますね」


 由依ちゃんが僕の方に手を伸ばし、途中で遮られる。結界を維持したまま、僕が見えている色を強くイメージする。


「あっ! 青く光ってます! こうなってたんですね」


 そのまま検証を続けると、どうやら結界を張る時に色をイメージするとそれが反映されるようだ。色のイメージなしだと他の人には見えないらしい。


「カイセーさん、フロートフロッグがいるです!」


 その時突然パルの声がした。フロッグ? カエルかな? 周りをキョロキョロ見回すが、それらしきものは見当たらない。


「上なのです!」


 空を見上げた。


「げっ!?」


 上を見ると、何かの大軍がこちらに向かって落ちてくるところだった。僕は咄嗟に大きな屋根をイメージして結界を張る。僕たち全員が屋根の下にいるイメージだ。


――ザンッ

――ビタッ、ボタッ、ピチャッ、ボトッ、ボトボトボトボト…………


「「「「ひぇ」」」」


 結界の屋根が落ちてきたカエルで覆い尽くされ、陽の光が遮られる。結界の外にも無数のカエルが落ちている。


「パル、これどうしたら?」

「しばらく待てばまた浮き上がって行くです」

「へ?」

「攻撃力はないのです。ただただ気持ち悪いのです」

「そ、そうなんだ」


 アマガエルのようなキュートさは微塵もない、泥のような色をした20センチ大のカエルたち。結界の上の奴も、地面に落ちた奴も、その場で動かないから死んだのかと思った。パルの言葉を信じて少し待っていると、そいつらの体がぷくっと膨らみ、徐々に浮き上がっていった。


「何なの、これ」

「謎なのです」

「謎かー」


 5分もすると全てのカエルが空に浮き上がった。どんどん高空へ飛んで行き、風に流されてどこかへ消えていった。


 ……はた迷惑な奴だな!


「みんな大丈夫だった?」


 ちょっと驚いたが、誰も怪我してないし良かった。


「開星さん、あれ……」

「ん?」


 勇太が指差す方に視線を向けると、離れた場所にある大木が真っ二つに折れ……いや、切れていた。


「え、あのカエル、あんな攻撃を持ってたの!?」

「……違うと思います。あれ、開星さんの結界で切れたように見えたっす」

「へ?」


 結界で……切れた?


「いやいやいや、結界って防御だよね? あんな風に切れるのって結構凶悪だよ?」


 直径1.5メートルはある木だ。それを何の抵抗もなくスパッと切るなんて、考えただけで怖いんですけど。


 いやしかし、結界を運用する上で危険があるならちゃんと検証しなければならない。万が一誰かに怪我でもさせたら大変だ。


 パルは怪訝そうな目で、由依ちゃんは不安そうな目で、勇太とひなちゃんは何故かキラキラした目で僕を見ている。


「ちょ、ちょっと検証してくる」


 僕はみんなから100メートル以上離れ、林が始まる場所まで来た。お誂え向きに大きな岩もある。これで試してみよう。


 水平に真っ直ぐの板状。この岩を切るなら、幅5メートル、奥行き10メートルくらいか。さっきの屋根よりはだいぶ小さい。


「結界」


 岩を横切るように結界を張った。確かに、結界が岩を通っているように見える。でもこれで切れてるのか? そんな風には見えないけど。結界を解除して近付いてみた。


――ズズッ


「うわっ!?」


 岩の上半分がズレてこっちに向かってきた! 僕は瞬速を使って大きく飛び退く。ズン、と腹に響くような音がして岩が地面に落ちる。回り込んで切断面を見ると、石を切るダイヤモンドカッターで切断したようだった。


 わぁ、綺麗。


 ……じゃないわっ! 切れてるじゃん! これ、めちゃくちゃ危ないじゃん!


 それから何度も検証した。結界を張る際、途中に障害物があると結界の面に沿って切れてしまうようだ。そして理由は分からないが、土の地面には影響がない。試しにさっき切断した岩の上にドーム状の結界を張ってみたところ、岩は円形に切断されたが地面には溝すらついていなかった。


 これ、結界の境界面をどこに設定するかしっかりイメージしないと相当危険だ。


 だけど、とっくに気付いていたが、これは強力な武器にもなる。どれくらい固い相手まで通用するか分からないが、少なくとも岩くらいの硬度の相手なら問答無用で切断できるということだ。


 ……人間相手には出来れば使いたくない。だって確実に殺してしまうもの。


 結界を安全かつ自在に操れるように訓練が必須だな。ひなちゃんとみんなを守るために頑張らなければ。そう固く決意してみんなの所に戻った。





 結界が思った以上に凶悪だった件についてはみんなにきちんと報告し、相談した。その結果、早朝の勇太との訓練は30分、結界の訓練を30分、毎日行うことにした。そもそも、スキルを多用した模擬戦なんて10分も続ければヘトヘトになるのだ。30分というのは振り返りと回復の時間も込みである。


 もっと訓練に時間を費やすべきなのは分かっている。だが、追っ手がいるかも知れない状況では仕方がない。もっと皇国から離れたら、或いは安全だと確信できたら、本腰を入れて訓練したい。


 今日は次の街の手前まで移動する予定なので、話し合いが終わったら早速出発した。と言っても街に寄るつもりはない。あくまで移動の目安である。


 パルの馬車は荷馬車であり、荷台に座席などは付いていない。だけど、ミンダレスの街で買ったクッションに加え、ゲタリデスでも山のようにクッションを買った。荷台にそれを敷き詰めると、キッズコーナーのようにファンシーな空間が出来上がった。座って良し、寝転がっても良しの快適空間の一丁上がりである。


 御者は基本的にパルが務めてくれているが、僕と勇太も少しずつパルに操車を習っている。パルの負担を減らすためだ。ひなちゃんと由依ちゃんは、基本荷台でゴロゴロしている。


 今はパルと勇太が御者台に座り、勇太が手綱を握っているようだ。僕はひなちゃんと一緒にクッションの山に埋まって和んでいた。


「カイセーさん、警戒してなのです!」


 振り返って叫ぶパルの声に、僕は苦労してクッションの山から脱出した。ひなちゃんはまだ埋もれていたので救助した。


「マズいのです、タリアチュアの群れなのです!」


 タリアチュア、何それ? その疑問はすぐに解決した。御者台越しに、軽トラくらいある真っ黒な蜘蛛が群れを成して向かってくるのが見えた。

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