第37話 閑話:喜志開星
「ん…………?」
目が覚めると知らない天井だった。あ、これ、シチュエーション的にも元ネタ通りだわ。そう、ここは病院である。左腕には点滴に繋がったチューブが刺さり、目に入らない所で何かのモニター音がする。
病院なのは分かったが、どうして病院にいるんだ……七色に輝く光の柱があって、その中にピンク色のお守りが落ちているのを見付けて。それから光の中に飛び込んで――。
「日向っ!?」
そうだ、僕はひなちゃんを探してたんだ。こんな所で暢気に寝てる場合じゃない!
「喜志さん、お目覚めですね?」
ナース服姿の女性と、チャコールグレーのスーツを着た男性が部屋に入って来た。この暑いのにスーツ?
「娘さんは隣の病室にいます」
「っ!? 無事なんですか!?」
「大丈夫、眠っているだけですよ。じきに起きるでしょう」
「そ、そうですか……」
教えてくれたのは看護師さんで、スーツの男性は僕を観察するような目を向けている。
「あの、どちら様ですか?」
自分に話し掛けられたのが意外だとでも言うように、男性はパチパチと瞬きした。僕より上、40歳前後だろう。ちょっと疲れているように見える。
「ああ、すみません。申し遅れました、私は三上と言います」
三上と名乗った男性は、そう言って懐から出した名刺を手渡してくれた。
「防衛省……? 現象調査局?」
「あまりお気になさらず。喜志さんにお話を伺いたいんですよ」
「それは構いませんが……先に娘と会わせてもらえませんか?」
三上さんは「いいですよ」と軽く返事して、看護師さんに目配せした。点滴のチューブや何か電極のようなものを外してもらい、彼女の手を借りてベッドを降りると軽く眩暈がする。
「……あの、僕はどれくらい寝てたんです?」
「昨日の昼過ぎにここに運ばれてからずっとですよ」
咄嗟に腕時計を見る。デジタル表示は13:16。丸一日ほど寝てたのか。
看護師さんが付き添ってくれて、隣の病室に入った。そこには世界で一番大切な娘、日向が眠っていた。顔色は良いし、胸も上下している。点滴チューブが痛々しいが、命に別状はなさそうだ。僕は安堵のあまりその場にへたり込みそうになった。
「喜志さん!?」
「すみません、娘の顔を見たら力が抜けちゃって」
「娘さんは私たちがちゃんと見てますから。病室に戻りましょう」
「はい」
元の病室に戻ると、三上さんが椅子に座ってお茶を飲んでいた。マイペースな人なのかも知れない。
「すみません、お待たせして」
「いえいえ。ではいくつかご質問しますね。如月勇太、九条佑、小鳥遊由依。この中で知っている名前はありますか?」
「いいえ。……誰なんです?」
「娘さんと一緒に病院に運ばれた高校生です」
「高校生……」
「知らないならそれで問題ありません。では、あの光の中に入って何かを見ましたか?」
お守りを見付けて、周りの人たちが制止するのも聞かず、光の中に足を踏み入れたのは憶えている。だけど――。
「すみません。光に入ったのは憶えてるんですが、その後のことは何も……気付いたらここに居たって感じです」
「そうですか……」
三上さんの声に残念そうな響きを感じた。
「そう言えば、あの光の柱は何なんですか?」
「我々もそれを調べてるんですよ」
「なるほど。お役に立てず申し訳ありません」
「いえいえ、お気になさらず。時間が経ったらまた思い出すことがあるかも知れません。その場合は名刺の連絡先にお願いします」
「分かりました」
三上さんは軽く一礼して病室から出て行った。手元には彼の名刺。それにしても防衛省の人なんて初めて会ったな。
「喜志さん、何か食べられそうですか?」
「そう言えば、お腹ペコペコです」
「では食事を持ってきますね」
看護師さんがそう言って出て行く。ひなちゃんが起きたら、きっとお腹を空かせているだろう。ああ、バックパックに入れておいたお肉や野菜はもうダメだろうなぁ。キャンプも、せっかく予約してたのになぁ。
看護師さんが持って来てくれた味気ない食事を食べ終わった頃、娘の目が覚めたと知らせてくれた。僕は隣の病室に駆け込む。
「お父さん……?」
「ひなちゃん! 目が覚めたかい?」
「うん。……ここどこ?」
「病院だよ」
ひなちゃんは病院と聞いてキョトンとした顔をしている。キョトン顔の天使、最高。
別の看護師さんが点滴や電極っぽいものを外してくれたので、僕は娘を優しく抱きしめた。
「お父さん、遅くなってごめんなさい」
「いいんだよ。遅くないよ」
ひなちゃんも、短い腕を精一杯伸ばして僕に抱き着いてくれた。娘の体温と匂いを感じて心の底から安心できた。そうしていると「くぅ~」と可愛い腹の虫が鳴る。
「お腹すいた」
「そうだね、何か持って来てもらおっか」
看護師さんがすぐに食事を持って来てくれた。
「あんまりおいしくない」
「フフフ。晩御飯はオムライス作ろうか」
「オムライス! うん!」
食事が終わった頃、三上さんとは別のスーツの男性がやって来て、僕と同じことを娘に尋ねる。しかし、ひなちゃんも特に知っていることはなかった。
「ね、お父さん。ひなが転んだとき、お姉さんが助けてくれたの」
ひなちゃんはそう言って自分の膝小僧を指差す。そこには、デフォルメされたクマの絆創膏が貼られていた。
「そっかぁ。そのお姉さんに会えたらお礼言わないとね」
「うん」
その後、特に体調が悪いということもないので退院の許可が下りた。僕たちは会計で清算を済ませ、手を繋いで病院を出た。
*****
『そうか、手掛かりは無しか』
「はい」
『彼らから何か分かれば良いのだが』
「そうですね。私は彼らの所へ移動します」
『うむ、頼んだ』
報告を済ませた三上は、スマートフォンを懐にしまって迎えの車に乗り込んだ。
「三上陸尉、例の施設でよろしいですか?」
「うん、頼むよ」
運転手の2等陸曹に返事をした三上は沈思黙考する。
自衛隊に残る記録では、あの光の柱はこの42年間で5度出現が確認されている。今回の出現では、分隊が近くにいたことが幸いして、
これまでの事象通り、彼らは約10分後に意識を失った状態で柱の外に
ボディカメラによる映像は既に解析されたが、何も映っていなかった。文字通り一切の映像が残っていなかったのである。彼らの証言に期待するしかない。
しかし……あれは一体何なのだろう? どこかの国の光学兵器なのか? それとも自然現象の類なのだろうか。
推測や考察は自分の仕事ではない。三上は次の面談に向けて気持ちを切り替えるのだった。
*****
陸上自衛隊の3名は、開星が「召喚宮」を出た30分後、同じ場所に立っていた。89式5.56mm小銃を構え、油断なく周囲に目を配る。背嚢には予備の30発入り弾倉が5個。光の柱への突入は威力偵察任務のため、殺傷力のある装備は少ない。
暗がりに目が慣れた頃、陸士長がハンドサインで指示を与える。陸士の1人が扉を慎重に開けて外を窺った。
「ん~、君たちはちょっとダメかも」
突然声がした方に、3人はさっと振り向いて小銃を構えた。一瞬前まで、確実に3人しかいなかった筈だ。それなのに、この狭い空間の真ん中に人が立っていた。真っ白なローブを纏った、年の頃12~13歳の少女。可愛らしい顔立ちだが、あまりに整い過ぎて逆に不自然だ。
「ボクはペディカイア。君たちが持ってるソレはこの世界に相応しくない」
3人の隊員はセーフティを解除していつでも発砲出来るようにした。
「ソレはこの世界に必要ないから排除する。ごめんね」
少女が右手を挙げた時、3人が一斉にフルオートで発砲した。弾倉は3秒かからずに空になる。
全弾命中した筈だが、少女は先程と変わらない姿で立っていた。そして挙げた右手を振り下ろす。刹那、召喚宮の内部に目を開けられない程眩い光が満ちた。10秒程で光が消えると、3名の隊員の姿は跡形もなく消失していた。もちろん、彼らの装備と共に。
ペディカイアと名乗った少女は、僅かに眉を顰めた後、その場から消えた。
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