第36話 砕く者

 移動式の風呂とトイレを発注した翌日である昨日も、訓練がてら依頼を受けて魔物の討伐をしてみた。そして今日、引き取りに行く夕方まで時間がある為、みんなで買い物に来た次第だ。明日の朝にはこのゲタリデスを出発する予定なので、旅に必要と思われるものを買っておきたいのである。


 現在の目的地は東の隣国ヴェリダス共和国。パルが何度か行ったことがあるらしいので非常に心強い。馬車なら10日程で国境に到達できるそうで、普通は途中で3つの街を経由するとのこと。しかし、僕たちは国境に一番近い街以外は素通りするつもりだ。アベリガード皇国から追っ手が放たれている可能性が高いから、なるべく痕跡を残したくないことが理由である。


 ただ、佑のことも考えなければならない。彼が追いやすくするには多少の痕跡を残す必要があるが、そうすると追っ手にも手掛かりを与えることになってしまう。だが、この問題は昨夜由依ちゃんが発した言葉で簡単に解決した。


『日本語で手紙を残せばいいんじゃないでしょうか』


 僕と勇太は『それだ!』と叫んだよね。ひなちゃんとパルはポカンとしてたけど。


 ということで、昨夜のうちに行き先を示す手紙を2通作成した。冒険者ギルドと商人ギルドに依頼料を払って手紙を預け、「タスク・クジョウ」或いは「K3Y」を名乗る者が現れたら渡してもらえるよう計らった。


 この用事を済ませて市場に買い物にやって来た。8~9晩は野営になるので、それに必要な物を揃えなければならない。これについては、またしてもパルにお任せである。


「野営装備なら冒険者向けのお店が良いのです!」


 食材と馬の世話に必要な飼い葉、水を入れておく樽などを大量購入した後、僕たちは冒険者ギルドに近い通りに戻った。ここに冒険者向けの店が集まっているらしい。


「ここは道具屋なのです。冒険者に必要なものは何でも揃うのです」


 なんと、この道具屋の店員にはパルと同じケモ耳を持つ者が何人かいた! 全員男性だったのが原因か分からないが、勇太のテンションがガタ落ちである。勇太くん、そういう態度、良くないと思うぞ?


 獣人族が働く店だからパルも顔見知りらしい。親し気に話している。


「色んな物がありますね!」

「ねぇお父さん、これなぁに?」

「開星さん、これっ! 魔物除けのお香じゃないっすか!」


 魔物除けのお香は他の冒険者が教えてくれたアレだ。他にも一見して何に使うのか分からないような道具が所狭しと並んでいる。3人は目をキラキラさせながら顔を近付けて道具を見ているが、僕も同じようなものだ。


 キャンプを始めた頃は色んな道具が欲しくて、よく専門店に行ったなぁ。ネットで見るより実物を見たくて、ひなちゃんを連れて冷やかしに行ったものだった。お金に余裕があるわけじゃないからあんまり買えなかったんだけどね。


 でも今なら買える。お金なら、ある!!


「カイセーさん、そんなの要らないです」


 僕が何気なく手に取った品を見てパルが言い放つ。筒と袋が一体になったもので、使い道は全く分からない。


「それは樹液を集める道具です。そういう依頼を受けない限り要らないのです!」

「ソウデスヨネ」


 何だよ樹液を集める依頼って! カブトムシかよ!


「ユータ、それは必要なのです。100個くらい買うです」

「そんなに要る!?」

「足りないよりいいのです」


 勇太が見ていたのは魔物除けのお香と、それを入れて焚く壺のような陶器。いいなー必要だって言われて。僕なんか要らない子扱いだもの。でも壺100個はやめてね? 良かった、壺は6個だけにしてくれたよ。お香は勇太が一生懸命100個数えて籠に入れている。


 由依ちゃんとひなちゃんは何やらキラキラと光るガラス球のようなものを見てキャッキャしていた。


「それは昆虫系の魔物を集める道具なのです」


 パルの言葉を聞いた二人は笑顔を引き攣らせて別の棚に移動した。


 その後はパルがテキパキと必要な物を見繕い、獣人の店員に渡していた。店員さんがホクホク顔だ。僕たちはパルの邪魔をしないよう、隅っこでその様子を見ていた。


 野営用の天幕、その中で使うハンモック状の寝床など大物も買ったが、お会計は大銀貨2枚と銀貨4枚(約24万円)と覚悟していたよりは安かった。全てをマジックバッグを装ったアイテムボックスに収納して道具屋を出る。


「みなさん、武器や防具は大丈夫なのです?」


 パルに言われて僕たちはお互いの顔を見合わせた。するとパルが大きな溜め息をつく。


「命を預ける武器と防具を蔑ろにするです!?」


 怒られた。僕たちはシュンとする。ひなちゃんも一緒になってシュンとなる。娘よ、君までしょんぼりする必要はないぞ。


「すまない、パル。僕たちはそういうのと縁のない世界から来たんだ……。命のやり取りなんて、殆どの人が一生意識する必要のない世界。だから、僕たちは考えが甘いと思う。そう思ったらどんどん指摘してくれ」


 言い訳したってみんなを守れるわけじゃない。考え方や価値観をこの世界仕様に変えなければならないのだ。その為にも、パルには僕らの悪い所を教えて欲しかった。


「……私も言い過ぎたです。分かってくれれば良いのです」


 気を取り直して、道具屋の隣にあった武具屋を見ることにした。今まで防具なんて考えてなかったし、アイテムボックスに入っている予備の剣類も心許なくなっている。

 まずは由依ちゃんとパルが使う矢を補充。金属製の鏃が有るタイプと無いタイプがあり、有るタイプは1本銅貨8枚(800円)。次いつ補充出来るか分からないので、これを500本購入した。店員さんが「戦争でもするんですか!?」って驚いていたのが少し面白かった。


 次に防具を見る。パルの見立てでは、僕と勇太はスピードタイプだから軽い物が良いとのこと。それで一部金属で補強された魔物革製の胸当て、籠手、脛当てを買った。僕と勇太はお揃いである。


 由依ちゃんとパルは遠距離攻撃がメインだから革だけの軽鎧で良いそう。せっかくなのでパルの分も新調した。この2人がお揃いである。


 こうなると、取り残されたひなちゃんが可哀想だ。店員さんに「小さな子供用はありますか?」と尋ねてみたところ、なんとあるらしい。貴族の子息向けに用意しているそうだ。僕と勇太の防具と似たタイプがあったのでそれに決定。因みにこの子供用防具が一番高かったが後悔はない。


 剣のコーナーで、勇太は長剣を、僕は二振りの短剣を買うことにした。パルに見たもらったところ、今まで使っていたのは量産品で、使い捨て前提の安物だったのである。


「剣の値段はピンキリです。高くても使いこなせないと意味がないのです」

「俺にはどれがいいと思う?」

「これなんてどうです? 振ってみるといいです」


 勇太はパルに選んでもらった長剣を何本か持って、店に併設されている試し斬りコーナーへ行った。僕は店員さんの説明を聞き、軽めの短剣を2本選んだ。今までのより手に馴染む気がする。特別な金属ではないが、研ぎに出せば長く使えるそうなので、それにした。


 しばらくすると勇太も戻って来て、1本の長剣を手にしていた。どうやらそれが気に入ったらしい。


「じゃあお会計を――」


 と思ったら由依ちゃんの姿がない。


「ひなちゃん、由依お姉ちゃんがどこにいるか知ってる?」

「あっちにいるよ」


 ひなちゃんに連れられて行った先では、由依ちゃんが石像のように固まって一点を見つめていた。その視線の先にあったのは――。


「ん? ウォーハンマー?」


 僕の呟きに、由依ちゃんがハッとなってこちらを振り向いた。由依ちゃんがじっと見つめていたのはウォーハンマー、或いは戦鎚と呼ばれる武器。長い柄の先に、片側が金槌の頭、反対側がピッケルのように先端の尖った金属塊が付いた打撃武器だ。


 何だろう? 欲しいのかな?


「由依ちゃん、これ欲しいの?」


 僕がそう言うと、由依ちゃんの顔がボッと赤くなった。


「あ、気に障ったならごめん!?」

「ち、違うんです」

「そうだよね、由依ちゃんがウォーハンマー欲しいなんて――」

「ちが……いえ、欲しいんです!」

「え?」


 えーと、由依ちゃんの武器は弓だし、称号「癒す者」だし、どちらかと言えば「杖」の方が……。あ、もしかして杖と間違ってる?


「開星さん、すみません。実は私、称号がもう1個あるんです……」

「そうなんだ、凄いじゃない!」

「でも、恥ずかしくて言えなくって」


 そう言って由依ちゃんは俯いてしまった。話を聞いてみると、由依ちゃんのもう一つの称号は「砕く者」。その語感から、粗暴で荒っぽいイメージを持たれるのが嫌だったそうだ。確かに由依ちゃんのイメージにはそぐわない。


 ところが、僕がこの前死にかけたのを見て、前に出て戦えない自分が歯痒くて仕方なかったそうだ。自分にも力があれば、僕だけがこんなに傷付かなくて良いのに、と思ってくれたらしい。


 いや、本当に申し訳ないです。僕が弱いばっかりに、そんな風に気を遣わせてしまって。


「私、弓を使ってるけど、他に使える武器がないか見て回ってたんです。そしたらそれが目に入って、何故か強く惹かれて動けなくなっちゃったんです」

「動けなく……スキルの影響かな?」


 「砕く者」でウォーハンマーは安直過ぎる気がするけれど、そんなに気になるなら一度試してみれば、ということで併設の試し斬りコーナーへ。由依ちゃんの細腕ではとても振り回せないと思うのだが。全員でぞろぞろ移動すると、店主も面白がって付いて来た。暇なのかな?


 試しに持たせてもらったが、全長が1.8メートル、先端部分の重さが2キログラムくらいある。持った感じでは解体工事で使うでっかいハンマーのようだ。当たれば大ダメージ確実だろうけど、そもそもあれをぶん回すなんて男でもむずか――。


――ドゴォオオン!


「おお!? 嬢ちゃん、すげぇな! 大の男でもそんなに振り回せねぇぞ?」


 高さ2メートルくらいある岩の上半分くらいを砕いた由依ちゃんは、信じられないものを見たとばかりにキョトンとしている。いや、こっち見られても困ります。僕は小さくガッツポーズをして誤魔化した。すると由依ちゃんは一つ頷いて、またウォーハンマーを振りかぶった。


 まるで新体操のリボン競技を見ているようだ。由依ちゃんはウォーハンマーの重さを全く感じさせずにクルクルと舞い、何度も岩に叩きつけ、遂に岩は拳大の石の集合体に成り果てた。


「ゆ、由依ちゃん、重くないの?」

「それが……全然重く感じないんです。変ですよね?」


 変だね! きっとそれが称号の効果なのだろう。


 物凄く頼もしい戦闘力である。これでもし瞬速や瞬歩のようなスキルが生えたら無敵じゃなかろうか? 絶対に由依ちゃんは怒らせちゃいけない。僕、勇太、パルの3人はこっそりと頷き合い、そう誓うのだった。

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