第35話 お風呂とトイレ、大事

 朝からパルと一緒に職人が多く集まる区画を訪れた。風呂とトイレを作ってもらうためである。昨夜は遅くまで由依ちゃんや勇太と話し合いを重ね、由依ちゃんが元の世界から持って来ていたノートに図案を書きまくった。

 ひなちゃんは途中まで頑張って起きてたけど、気付いたら僕の膝で寝てた。マジで天使が寝てるかと思ったよ。


 色々と考えてはみたものの、パルも風呂やトイレの構造を詳しく知らなかったので、とにかくこちらの希望を職人に伝えて実現可能か聞いてみることになったのだ。


「「おはようございまーす」です!」


 一軒目は風呂作りの職人さん。いかにも工房という感じで、出来上がった浴槽、作りかけの浴槽があちこち置かれている。数人の職人さんが作業を行っていた。


「おう、パルメラじゃねーか! デイゼンさんは残念だったな。今日はどうした?」

「実はお風呂を作って欲しいのです」

「まぁ、うちは風呂作るのが仕事だが」


 正確には、この工房では浴槽とお湯張りの魔道具、排水の魔道具を扱っているらしい。お湯張りの魔道具はパルに教えてもらって使ったアレだ。


「すみません、排水の魔道具とは?」

「ん? 誰だ兄ちゃん」


 頑固そうなおっちゃんに睨まれた。


「申し遅れました、カイセイと言います」

「カイセイか、俺はクルデンだ。よろしくな!」


 ガッハッハ! と豪快に笑いながら握手してくれた。良い人そうだ。


「排水の魔道具ってのはな――」


 クルデンさんが教えてくれた。排水の魔道具とは「浄化石」と「気化石」を組み合わせたものらしい。汚水を浄化石が真水に浄化して、気化石が大気中に蒸発させるそうだ。


「つまり実際に浴槽から外に排水はしない?」

「おう、そうだぜ!」


 それは素晴らしい。排水を気にせずどこでも風呂に入れるということじゃないか!


 ん? それってトイレにも使われてる?


「もしかして、その排水の魔道具はトイレにも使われてるんですか?」

「そうだ。浄化石が風呂よりデカいけどな!」


 なんと、トイレ問題も同じだった! 一緒に流した紙などは一度燃やしてから浄化する仕組みになっているらしいけど。これって地球より進歩してるよね?


「浄化石はヴェリダス共和国がシェア9割を誇ってる。その中でもケルリア信教神殿で作る浄化石の評判が良くて、半分以上が神殿製だな」

「へぇ、そうなんですね」

「何でも、賢人の聖女様がお作りになってるそうだぜ? 本当かどうか知らんけどな!」


 クルデンさんがまたガッハッハ! と豪快に笑う。

 ほうほう、賢人の聖女様ねぇ……。頭に入れておこう。


「それでご相談なんですが。こんな風に作れますか?」


 みんなで考えた図案を、この世界で一般的な品質の良くない紙に書いたものを渡した。図案と言ってもたいしたものではない。浴槽は凝ったものでなく入れれば良い。洗い場部分はすのこを並べたような床、周囲を壁で囲み、片流れ屋根を取り付けた箱状の小さな建物だ。


 排水について悩んでいたのだが、魔道具の存在で一気に解決した。


「これは分かりやすいな。ふむ、この程度なら2日もあれば出来るぞ」

「おお!」


 思ったより随分と早い。2日くらいなら出来上がるまでこの街で待っていても良いな。それからパルと一緒に浴槽を選んだ。日本の浴槽の材質はFRPが主流だが、もちろんこの世界にFRPなんてない(たぶん)。この工房で完成品として並ぶ浴槽は陶器のような質感で見た目通りの重量があるが、アイテムボックスがあるのでいくら重くても問題ない。


 浴槽は完成品で、新たに作るのは壁、屋根、床。そして壁の一面には扉を付けてもらう。それら一式で大銀貨8枚、およそ80万円である。僕は即金で支払った。


「では明後日の夕方ごろ取りに来ます」

「おう、任せとけ!」


 クルデンさんに挨拶して次の場所へ。次はトイレだ。トイレを持ち運ぶようになるとは夢にも思っていなかった。それを言ったら風呂もそうか。


 トイレ工房の親方、リッテルさんもパルと知り合いで、こちらの要望を伝えて図案を見せると「面白い!」と目を輝かせてくれた。


「このアイディア、使わせてもらっても構わないか!?」


 貴族や稼いでいる冒険者に売れると思ったそうだ。パルの方を見ると腕組みをして難しい顔をしている。


「リッテルさん、アイディアを使わせる代わりにこの依頼を安くしてもらえたりするです?」

「ああ、もちろんだ! 安くしとくぜ!」


 この移動式トイレ、風呂を二回りほどコンパクトにしたものだ。床はすのこではなくちゃんとした板張りである。便器はまんま洋風。便座と蓋、別々で持ち上げられるタイプだ。残念だがお尻の洗浄機能などはない。使った後に流す水は魔道具が生み出し、汚水も魔道具が処理してくれる。


 ただし、風呂の場合もそうだが、魔道具に使われている魔石は定期的に交換が必要だ。浄化石も同様らしい。だいたい2年くらいで交換するのが一般的という話だ。


 パルの交渉の末、移動式トイレは大銀貨3枚でお願いできた。こちらも2日で出来ると言うので、2日後の夕方に取りに来ると伝えてパルの家に戻った。





 午後からは冒険者ギルドで依頼を受けてみることにした。もちろん全員で出掛ける。お金を稼ぐと言うより訓練が目的だ。


 実はパルも冒険者登録していて、ランクは僕たちより高い「D」だった。だからデイゼンさんと街の外に出掛ける時は、パルが護衛も兼ねていたようだ。今まではそれで問題なかったらしいので、この前の盗賊は余程たちが悪かったということだろう。


「弓と短剣が得意なのです!」


 パルが耳をピコピコ動かし、尻尾をピンと立てながら宣言したので、パルの実力を見てみたかったのである。あとは僕の新しいスキル「結界」についてちゃんと検証したかった。


 ギルドでマッドディア5体の討伐依頼を受注した。推奨ランクはE。僕たちでも無理のない依頼の筈だ。マッドディアとは鹿型の魔物で、角・皮・肉が素材になるらしい。ゲタリデスの街の南門から1時間ほど歩いた林が出没ポイントである。

 現地に到着すると、僕は短剣、勇太は長剣、由依ちゃんとパルが弓と矢を準備する。ひなちゃんは癒しと応援担当。アドレイシアはひなちゃんの傍についてくれている。


 ということで、鹿狩りだ!


 猫人族であるパルは「狩る者」という称号を持っている。獲物の風下に回り、音もなく忍び寄る様は猫ではなくヒョウやピューマを思わせた。


 僕の称号、一応「忍ぶ者」なんですけど? 僕よりパルの方がよっぽど忍んでるんですけど?


 マッドディアまで15メートルの距離でパルが矢を射った。途端、マッドディアが狂ったように走り出す。


「そっち行ったです!」

「うぉおおお!? でけぇ!」


 マッドディアは勇太に真っ直ぐ突っ込んでいく。幾条にも分かれた立派な角は、薄っすらと発光しているように見える。想像していたのと違い、めちゃくちゃ毛が長い。ちゃんと見えてる? って思うほど、顔も毛むくじゃら。そして巨大だ。角を含まずに体高が2メートルはある。


 パルが射った矢は、お尻の辺りに深々と刺さっていた。そのせいか分からないが跳ねたり跳んだり出鱈目なステップを踏んでいる。勇太は最初こそその大きさに驚きの声を上げたが、今は静かに獲物を見据えていた。


――ザンッ


 勇太の姿が一瞬揺らめいたと思ったら、剣を横に振り抜いた姿勢でマッドディアの後方に移動していた。数秒ステップを踏んでいたマッドディアは動きが徐々に遅くなり、遂にその場で横倒しになった。


「おお! 勇太すごい!」

「やったのです!」

「勇太、やるじゃない!」

「ゆうたお兄ちゃん、かっこいい!」


 4人から口々に褒められた勇太は、見事なドヤ顔をキメた。


「勇太、今のはスキル?」

「そうっす! 『足捌き』が『瞬歩』に進化したんすよ!」

「おお、かっこいい!」


 勇太、僕の「瞬速」を羨ましがってたもんなぁ。「瞬歩」は足を止めた所から5メートルの距離を一瞬で移動できるスキルらしい。「瞬速」は15メートルと範囲は広いが通常の3倍速く動けるというスキルで、瞬間移動ってほど速くない。一瞬消えて見える「瞬歩」の方が断然かっこいい。


 勇太の話では、あの盗賊の頭、ダスター・ウォーガルの戦い方を見た後にスキルが進化していたらしい。スキルの進化条件にはまだまだ謎が多い。


「ってパル!?」

「え? 早く解体した方が良いと思ったのです」


 気付けばマッドディアは太い枝に吊り下げられ、血抜きと同時に皮を剝がれていた。返事をしながらもパルの手は止まらない。小振りのナイフを器用に扱い、皮が綺麗に剥がされていく。


「一人で吊り下げたの?」

「はい、慣れてるのです」


 「狩る者」だからか? 君はただの可愛いケモ耳娘じゃなく、ハンターだったのか!? どうでも良いことを考えているうちにパルが解体を終え、アイテムボックスに収納して移動を再開した。


 さっきと同じようにパルが獲物の風下から弓を射る。今度は2体だ。由依ちゃんも少し離れた場所からスキルで矢を三連射し、1体がそれで倒れた。残り1体が僕に迫ってくる。また狂ったように踊っていやがる……ハッ!? マッドディアのマッドってそういう意味?


「結界!」


 言葉にする必要はないのだけれど、一応みんなに分かるよう声を出した。不規則で予測が付かないステップを踏んでいたマッドディアは、最後に僕へ鋭い角を向けて突進してきた。


――ガキン!


 おそらく300kg近い体重の突進を、結界がしっかり受け止めた。奴は透明な壁にぶつかったように錯覚している筈だ。バランスを崩してたたらを踏んでいる。僕は「瞬速」と「ダブルスラッシュ」を使ってマッドディアの首を刎ねた。


「血抜きが楽になるです!」


 別にそんなつもりじゃないやい! くっ、やっぱり勇太の「瞬歩」の方がかっこいいのか!?


「お父さん、すごい! かっこいい!」

「開星さん、か、かっこよかったです」

「スキル使いこなしてるっすね!」


 良かった、褒められた……大人になると誰も褒めてくれないから。こうして褒められると凄く嬉しいんだよね。特にマイエンジェルからの誉め言葉は至福。


 パルに教えてもらいながら解体を手伝い、更に2体のマッドディアを仕留めるまで、それぞれのスキルを使って検証を行った。日が暮れる前に街へ戻り、ギルドで依頼達成の報告をして素材を買い取ってもらう。


 マッドディア5体の討伐報酬、大銀貨1枚。5体分の素材買い取りで同じく大銀貨1枚。日本円で約20万円の稼ぎになった。その夜はパルお勧めの店で贅沢に外食したのだった。

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