第34話 転移門、そして蟹(SIDE:佑)

「ヨヨヨ……もうお嫁にいけない」

「ちょちょちょちょっと!? 師匠、その言い方には語弊が!」


 佑とロリハーフエルフのネフィル、魔人族のボーメウスとリーラが集落を出発した最初の夜。野営とは名ばかりの単なる天然の洞窟。その入口付近で焚き火を囲んでいた四人だが、昨夜はゆっくり休めたか、というボーメウスの問いにネフィルが答えたところだ。泣き真似をしながら。


 ボーメウスとリーラが佑をじっとりした目で見る。


「ご、誤解ですよ!」

「裸、見られた」

「あんたが風呂に乱入してきたんでしょうが!?」

「ん。そうとも言う」


 ネフィルが佑を揶揄っていると分かって、魔人族の2人は首を振りながら苦笑いした。


 早朝に集落を出発し、途中何度か休憩を挟みながら、森を結構な距離進んだ。方角で言えば北に向かっている。開星たちを追うなら南東に向かう筈だが、魔人族の2人から「この方角で間違いない」と言われて従っている。


「明日の昼前には目的地に着く」

「目的地、ですか?」

「そうだ。そこに『転移門』がある」

「転移門!!」


 異世界のお約束。異世界と言ったら「転移」。それがあると知って、佑のテンションは急上昇した。


「転移門の存在は人族には知られていない。だからタスク――」

「分かってます。決して口外しません」

「そうしてくれると助かる」


 タスクはボーメウスに真剣な顔で誓った。女性の魔人族であるリーラは殆ど喋らない。最初は話せないのかと思ったほど無口だった。男性の魔人族であるボーメウスが、もっぱら色々と説明をしてくれる。ネフィルもあまり口数が多い方ではないので、佑はこの世界の女性はあまり喋らないのだろうかと考えている。それは大いに間違いで、たまたまこの2人が無口なだけであった。


「転移門から魔人族領の東へ飛ぶ。そこから南下する予定だ」

「分かりました」


 日中はずっと移動でゆっくり話す余裕もなかった。リーラが作ってくれたスープと集落から持って来たパンを食べながら、佑は疑問に思っていたことを尋ねてみた。


「ボーメウスさん。魔人族の方々は、どうしてここまで親切にしてくれるんですか?」

「1200年前に、魔人族は賢人様に救われたからだ」


 そう言えば、魔人族の王シェブランド・ビードリヒテンもそんなことを言っていたな、と佑は思う。ボーメウスはそれ以上語る気がないらしい。或いは詳しいことを知らないのか。沈黙が降りたので話題を変える。


「……この森、結構魔物や魔獣がいますよね?」

「そうだな」

「ここは安全なんでしょうか?」

「問題ない。俺とリーラが守る」

「……ありがとうございます」


 気にするなとでも言いたげに、ボーメウスは手を振った。日中の疲れで瞼が重くなり、佑は魔人族の2人に甘えて横になった。まるで闇に溶け込んでいくように、直ぐに眠りに落ちた。





 翌朝。陽が昇ったと同時に移動を再開した。昨日もそうだったが森は深い。しかし一応道らしきものがあるので佑にとっては幸いだった。そして昼前ごろにそれが見えてきた。


「あれが……」

「そうだ」


 巨大な木々に囲まれた中、唐突に現れた門は緑青が全面に浮かんだ青銅のような材質で出来ていた。高さ2.5メートル、横幅2メートル。左右に円柱があり、上部に角柱の梁がある。それが転移門だと、言われなければ絶対に気付けないだろう。


 近付いて良く見ると、表面にはびっしりと文字らしき物が刻まれている。


「これは……魔法陣か何かですか?」

「飾りだ」

「は?」

「飾りだ。賢人様の趣味だ」


 紛らわしい。ただの飾りか。て言うか賢人様? これを賢人が作ったのか?


「魔族領は広大だし、森の移動は危険を伴う。これは10年くらい前に賢人様がお作りになったものだ」


 ボーメウスが補足説明してくれた。めちゃくちゃ古いものかと思ったらまだ10年しか経っていないらしい。これも賢人の趣味だろうか。そうだろう、恐らく。


「ここにこの魔石を嵌めて起動する」


 魔石……この世界に魔石もあるんだ。これまで触れたファンタジー作品の答え合わせをしているようで、佑は嬉しくなる。


 掌に乗るくらいの青い石を窪みに嵌めると、門全体が青白く光った。


「行くぞ」

「はい」


 石柱の間を通り抜けると、そこは変わらず森だった。佑には瞬時に移動したという実感が湧かない。違和感が一切なかった。


「今ので150キロメートル以上移動した」

「そうなんですか!?」


 ボーメウスとリーラはもちろん、ネフィルも当たり前の顔をしている。


「師匠は何度も転移門を使ってるんですか?」

「んーん、はじめて」

「初めてかよっ!?」


 初めてなら初めてっぽいリアクションが欲しかった。などと思っていると、ネフィルが何やら指差している。


「どうしました?」

「魔物。タスク、倒して」

「へ?」

「魔法。使ってみて」


 ネフィルの指差す方に目を向けると、大木が轟音を立てて折れた。その向こうに見えたのは、巨大な蟹。


「蟹?」

「グランドクラブ。甲羅が硬い」

「いやいやいや、あんなでかいの無理でしょ!」

「いけるいける。魔法撃ってみて」


 そんな話をしているうちに巨大な蟹がこちらに迫って来た。見上げるほどの大きさで、全体的に茶色っぽい。二本の鋏は人間の胴体くらい真っ二つにしそうだ。


「フ、フレイムアロー! フレイムアロー!」


 佑は炎の矢を連発する。的が大きいので全て直撃するが、蟹の勢いは止まらない。


「し、師匠!?」

「ん。『清冽なる氷よ、我が魔力を糧に敵を穿つ大槍となれ。アイシクルランス』」


 ネフィルの眼前に氷の槍が5本現れ、目で追えない速さで射出された。その全てがグランドクラブの甲羅を穿ち、絶命させる。


「やっぱりスゲェ……」

「リーラ、これ食べれる?」


 ネフィルが尋ねると、リーラがコクコクと頷いた。佑にドヤるのを忘れて食い気に走っている。


「クラブ系の魔物は結構美味しい。見付けたら積極的に狩るべき」

「そ、そうですか」

「ん。あと、タスクの魔法は出力が弱い」

「出力?」

「魔力が上手く使えてない。後で教える」

「お、お願いします!」


 ボーメウスとリーラがグランドクラブをてきぱき解体している。


「うーむ……口惜しいが殆ど捨てるしかないか」


 ボーメウスがぽつりと呟いた。


「あ、俺アイテムボックス持ってます」


 佑はまだ学生服(夏服)を着たままだ。こちらの世界に来た時に持っていたのは学生鞄だが、形状変化でベルトにしている。


「それは助かる……が、あまり人前でアイテムボックスのことは言わない方が良い」

「き、気を付けます」


 脚の細い部分は捨て、太い部分だけをアイテムボックスに収納する。体自体はあまり美味しくないらしいのだが、固い甲羅が売れると聞いたので一応収納した。


「もう少し進めば良い場所がある。そこで昼飯にしよう」


 彼の言う通り、30分も進むと開けた場所に出た。昼食は焼き蟹である。ホクホクとして甘い身はいくらでも食べられそうだった。4人で満腹になるまで食べたが脚1本も使っていない。しばらく蟹料理が続きそうだ。





 南へ進むに連れて鬱蒼としていた森がだんだん明るくなってきた。木々の背が低くなり、間隔も開いて陽の光が差し込むのだ。


「このまま南下すればキャルケイス王国という国に入る」

「キャルケイス王国……アベリガード皇国から出られるんですね!」

「そうだ」


 勇太や由依は無事だろうか。開星さんとひなちゃんは2人とうまくやっているだろうか。別れた友人たちを思い、自分が何故彼らと別れたのか思い出す。


「師匠。もっと魔法のこと知りたいです」

「ん。まずは魔力の使い方から」

「はい!」





*****





「それで、ネフィルシアと賢人の行方は掴めんのか?」

「は……遺憾ながら」

「他の賢人は?」

「そ、そちらもまだ掴めておりません」


 ヘクトール・バスタン・アベリガルドは手近にあった水晶の文鎮を壁に投げつけた。平民の4人家族が1年間遊んで暮らせるくらい、高価な文鎮である。


 皇宮の最奥、皇帝の執務室。今そこには5人の人物がいた。皇帝ヘクトール・バスタン・アベリガルド、第三皇女プルシア・クルーデン・アベリガルド、そして宰相、騎士団長、情報部部長である。皇帝に報告していたのは情報部部長で、割れた水晶が頬を掠め、薄っすらと血が滲んでいた。


「ネフィルシアとの賢人、そやつらの首を持ってこい。暗部を使え」

「はっ!」


 情報部の中で「暗部」と呼ばれる部署。諜報、暗殺など表に出せない仕事を引き受ける部署である。情報部部長でも、この暗部の詳細は知らない。皇帝直属の部署だからだ。


「騎士団長、国境を再度洗い直せ。国境に近い街もだ」

「はっ」


 プルシア皇女には、父が怒り狂っているのが分かった。表面的には冷静を装っているが、次に失敗したら誰かの首が飛ぶだろう。物理的に。


 そんな父に、幼子の賢人がもう一人いたなどと言う勇気は、プルシアには無かった。

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