第33話 風呂だけは譲れない!
パルが仲間になった翌日。僕たちはゲタリデスにある神殿に赴いた。デイゼンさんを弔う為だ。
神殿、という言葉から想像していたよりはだいぶ小さな建物。街並はイスラム様式なのに、神殿だけは古代ギリシャの建築様式の一つ、イオニア式である。直線的で重厚な雰囲気と、たくさん並んだ柱で屋根を支えるのが特徴的な建造物と言えば分かるだろうか。
厳密に言うとイオニア地方は今のトルコ南西部なので、時代は違えどイスラム様式と通じるものが……ないな。やっぱり街の建物とは随分雰囲気が違う。
並んだ柱の隙間を通り、神殿の入口を潜ると中は蝋燭のような灯りのみで仄暗い。
「あの灯りも魔道具なのです」
「そうなんだ」
パルメラが教えてくれた。昨日散々泣いて幾分すっきりしたのか、明るい顔に感じる。普段の彼女を知らないから普段通りなのかは分からないのだけれど。
パルメラが神官と少し話をして、指定された場所にデイゼンさんのご遺体を安置した。何もない空間からご遺体を出すのはどうかと思ったのだが、神官もマジックバッグには慣れているらしい。実際にはアイテムボックスだが。
それから直ぐに「聖化」という儀式が行われた。現世から神の御許へ魂を送る儀式だそうだ。厳かな雰囲気の中、神官の手から青白い光が放たれてご遺体を包む。
「これをやらないとアンデッドになるです」
「マジか……いるんだね、アンデッド」
単なる儀式ではなかった。むしろアンデッド化を防ぐという現実的で切実な意味があったよ。それからご遺体を棺に納め、墓地へ移動する。なんと、神官が持つマジックバッグに棺を納めていた。みんなで担いで運ぶとかじゃないんだね……。なんかドライだな。
墓地は神殿から歩いて15分くらいの所にあった。パル、由依ちゃん、勇太、ひなちゃんを抱っこした僕、という順で付いて行く。墓地にはたくさんの人がいた。昨日のうちにパルがお世話になった人たちに声を掛けていたからだ。神殿の手配も済ませていたらしい。あんなに意気消沈していたのに、しっかりした子だ。
既に土が掘り返されており、神官がマジックバッグから棺を出すと、待機していた神官が何かの魔法を使い、穴の中にゆっくりと下ろされていく。恐らく風魔法だろう。
「別れの挨拶を」
最初の神官が集まった人々に向かって声を掛けた。最初にパルが歩み出て、穴の底に下ろされた棺にひと掬いの土を掛ける。
「マスター……今までお世話になったのです。心から感謝しているのです……私のことは心配しなくていいのです。と、とても良い人たちと、巡り……合えたの、です」
パルは静かに涙を流していた。6年間、父親のように慕っていた人だ。別れが辛くないわけがない。
それから集まった人々も次々に土を掛け、別れの言葉を口にする。由依ちゃん、勇太、ひなちゃんも土を掛けて、最後に僕の番になった。
「生きている貴方にお会いしたかった……パルは僕が守りますから、安心して眠ってください」
葬儀の後、僕は勇太と一緒に冒険者ギルドに向かった。盗賊討伐の懸賞金を受け取る為だ。貰えるもんは貰っとかなきゃ。死にそうな目に遭ったわけだし。
――チリン。
何故かアドレイシアも付いて来た。ひなちゃんと一緒にいなくて良いのか聞いたら、僕たちの方が心配なんだそうだ(ひなちゃん訳)。どうも、僕が死にかけたのがショックだったらしい。アドちゃん、何かごめん。
冒険者ギルドの建物はイスラム様式だった。上部が半円状になった入口の木製扉を開け中に入る。午後のこの時間、ギルドに冒険者は一人もおらず閑散としていた。一番人の良さそうな(勘)受付嬢に声を掛ける。
「すみません」
「冒険者ギルド・ゲタリデスにようこそ! ご用件を伺います」
「あの、ここに討伐証明を提出すれば懸賞金を受け取れると聞いたのですが」
自分の冒険者カードと、門兵さんから貰った盗賊の討伐証明書をカウンターに置く。
「はい、お預かりします」
そう言って受付嬢はカウンターの奥にある部屋へと引っ込んだ。今冒険者カードを見て思い出したけど、そう言えば僕たちって最低から2番目のEランクになったんだよね……。そんなことを考えていると、奥から先程の女性と中年の男性が現れた。デジャブかな?
「お前たちがダスター・ウォーガルを倒したのか?」
ダスター・ウォーガルとは元傭兵であの鬼強かった盗賊の頭だ。
「はい、そうです」
「……そんな腕利きには見えないが。ランクもEだし」
「ええ、運が良かったんですよ」
「……別の誰かが相討ちになって、その功績を搔っ攫ったとかじゃないな?」
「一応、倒した所を見てた人もいますが。呼んできます?」
「いや、そこまで言うなら信じよう。俺はここのギルマスでベーランだ」
「カイセイです」
渋い中年男性は僕より10コくらい上だろうか。眉間に深い皺が刻まれた精悍な顔つきだ。もっと端的に言えば迫力があって怖い。視線で魔物を殺せそう。
「しばらく街に留まるのか?」
「いえ、数日したら出発するつもりです」
「そうか……前途有望な冒険者には街に留まって欲しいが、仕方ないな」
ギルドマスターが受付嬢に合図し、革袋を手渡された。結構ずっしりだ。
「ダスター・ウォーガルの懸賞金、キャルケイス金貨30枚。その他盗賊の討伐報酬、大銀貨5枚、銀貨5枚です。お確かめください」
この国の貨幣価値をまだちゃんと把握していないが、仮にアベリガード皇国と同じくらいなら、日本円にして3055万円だ。命懸けの対価としてはどうなんだろう? 死んでしまっては元も子もないからな。
この報酬額から推測すると、この世界は強い者ほどお金を稼ぐのが楽になりそうだ。あの鬼強盗賊を容易く倒すような実力があれば、あいつを一人討伐するだけで3000万円である。まぁこんな懸賞金が懸けられるようなことはそう頻繁ではないとは思うけれど。
僕たちはギルマスと受付嬢に礼を言ってギルドを後にした。
「なぁ勇太」
「なんすか?」
「風呂って……買えるのかな?」
「風呂だけじゃなくて家ごと買えるんじゃないっすか?」
「……!? 勇太、天才かよ!」
思わぬ臨時収入を得てその使い道について考えた時、真っ先に思い付いたのが「風呂」。だってこれからもひなちゃんと一緒に入りたいんだもん。
そこへ来て、勇太の「家買えるんじゃ?」発言だ。この世界の家の相場が分からないが、商人ギルドの口座には結構なお金がある。僕たちはこれから安住の地を探して旅をする予定だから、僕がイメージしたのは「持ち運び出来る家」だった。
僕が日本でしていた仕事は、小規模なハウスメーカーの営業である。小規模ながら、顧客の要望を出来る限り叶えて、満足度の高い戸建住宅を提供するのが売りの会社だった。
設計や施工を僕が直接手掛けたことはないが、ある程度のことは分かる。家を建てるには基礎が必要だが、基礎が無くてもキャンピングカーやトレーラーハウスのように住まいとして機能するものはある。
「え、開星さん……本気っすか?」
「え? ああ、もちろんみんなの意見を聞いてからだけど。快適な旅のためには、快適に休める場所が必要だろ?それに、僕たちは容量無制限のアイテムボックスを持ってる。家だって持ち運べるんじゃないかな?」
「なるほど、確かに」
そうと決まればみんなで相談しよう。早速パルの家に戻る。
「持ち運び可能な家ですか?」
「うん。最悪風呂だけでも」
「ん~、確かにテント泊が続くときついですよね……」
「でしょ!? お風呂とキッチン、リビングダイニング、寝室。えーと、佑まで入れて6人として……10坪くらいのコンパクトな家。あっても良いよね!?」
由依ちゃんは賛成してくれそうだ。
「タスクって誰です?」
「ああ、僕たちの仲間で今は別行動してるんだ。勇太と同じ年の男の子だよ」
「なるほどです」
「ねぇパル、持ち運び出来る家って作れそうかな?」
「職人に頼めば難しくないです。ただ……」
「ただ?」
「安全面はどうするです? 魔物や魔獣、盗賊とかです」
パルの言う通り、安全面について不安はある。魔物や魔獣の攻撃ではびくともしない堅牢な家に出来れば良いが、どこまで強度を高めれば良いのか分からない。盗賊については家の中に侵入されないようにしなければならないのだ。
「あと、マジックバッグ持ちに盗まれないか、という心配もあるです」
おお。家ごと盗むとかダイナミック過ぎて考えてなかったよ。
「そうか、そうだよね。越えなければならないハードルがいくつもあるってことだな」
「もう作る前提なのです?」
「そりゃそうだ! 家が無理だとしても風呂だけは譲れない!」
ひなちゃんと一緒に入るんだい!
「お風呂だけなら簡単なのです。浴槽とお湯が出る魔道具さえあればどこでも入れるのです」
「なるほど!」
「開星さん、外から見えないようにして欲しいです……」
「そりゃそうだ!」
持ち運び出来る家についてはもう少し慎重に考えることにした。セキュリティ面でクリアしなければならないことが多い。風呂については反対意見がなかったので、まずは風呂の持ち運びを真剣に検討することになった。
風呂があるならばトイレ事情もなんとかするべきではないだろうか。いや、なんとか出来ればの話なんだけど……。
「ねぇパル。トイレの排水ってどうなってんの?」
「排水です? う~ん、考えたことないのです」
うん。僕も日本では汚水の処理まで考えたことない。普通はそうだろう。これはトイレを作っている業者さんとかに聞いた方が良さそうだね。
ということで、明日は風呂とトイレの業者さんを巡ることにした。
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