第32話 パルメラという少女
開星さんとひなちゃんがお風呂に入っている間、私はパルと話をした。と言うか、私と勇太がパルの独白を聞くような感じだ。
「マスターには……私が10歳の時、愛玩奴隷として売られそうになった所を買い取っていただいたのです」
今16歳のパルは、女の私から見てもかなり可愛い。クリクリして大きな目は、明るい緑色の瞳に吸い込まれそう。ボブカットにしたオレンジ色の髪は陽気で快活な印象。そして何といっても三角の猫耳と細長い尻尾。髪と同じ色のそれらは、先端だけが白い。10歳の頃はさぞかし愛らしい少女だっただろう。
このキャルケイス王国には奴隷制度があり、一般奴隷と犯罪奴隷に分かれているそうだ。そしてパルは、ひなちゃんのように違法奴隷商人に攫われ、一部の好事家のための「愛玩奴隷」として売られる所だったと言う。区分としては一般奴隷だが、愛玩と言われるくらいだからその行く末は想像に難くない。
亡くなったデイゼンさんは62歳でずっと独り身だった。商売が上手くいってお金の余裕があったことからパルを買い上げたようだが、まるで自分の娘のように大切にしてくれたそうだ。
もちろん体を求めるようなことは一切なかった。それどころか、奴隷契約を解除して故郷に帰っても良いと言われていたらしい。そんなお人好しがこの世界にもいるのは少し意外だった。
「私は貴族か豪商に売られて酷い仕打ちに遭う筈だったのです。それをマスターが助けてくれた、だから私はマスターの役に立って恩を返したかったのです」
デイゼンさんは本当に優しい人だった。商品の仕入れや卸のため、あちこち移動するのにパルを一緒に連れて行き、色んな街や風景を見せてくれたそうだ。故郷に帰りたい気持ちもあるが、パルはデイゼンさんを本当の父親のように慕ったと言う。思い出を語るパルは、笑いながら泣いていた。思わず私も貰い泣きしてしまった。勇太も鼻を啜っている。
「マスターがいなくなって、どうしたら良いのか分からないのです……」
猫耳が前に折れてへにょんとなってしまう。パルはまるで迷子になった幼い子のようだった。大切な人を見失い途方に暮れている。悲しみで思考が塗り潰され、他のことを考える余裕がないのだ。
私はパルの背中に腕を回し、優しく抱きしめた。
「大丈夫。私たちが力になるよ」
「いい……のです?」
「うん。勇太も、開星さんも、ひなちゃんだって、パルが困ってたら放っておけない人たちだもん」
「ありがとう、なのです」
パルは私の胸に顔を埋めてさめざめと泣いた。小刻みに震える背中を撫で続ける。やがて落ち着いたようで、涙の跡が残る顔を上げてにっこりと微笑んでくれた。
「だいぶスッキリしたのです。ユイ、ありがとうなのです」
「ううん、これくらい全然いいよ。気にしないで」
ふと勇太を見ると、正座した上で声を殺しながら大泣きしていた。なぜっ!?
「うぅ……パル、俺だって力になるからなぁ……」
「フフフ。ユータもありがとなのです」
特別なことはしていないけれど、パルは心の整理が少しは出来たみたい。寂しかった場の空気が少し和んだ時、開星さんとひなちゃんがお風呂から戻ってきた。
「ふぃ~、いいお湯だったよ」
「いいお湯だった!」
頬を上気させ、髪が濡れたままの二人はホコホコして良い匂いがする。
「……あれ、何かあった?」
私たち3人……と言うより、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになった勇太を見て、開星さんが尋ねた。
「勇太、先にお風呂入っておいでよ」
「う……うん」
涙を拭った勇太は、背を丸くしてトボトボとお風呂場に向かう。なんか私とパルが勇太を苛めてたみたいじゃん。ほら、開星さんが心配そうな目で勇太の背中を見てる。
パルが開星さんとひなちゃんに冷たい飲み物を出し、彼らが座ったところでパルから聞いた話を手短に伝えた。男子を泣かせる女だと開星さんに思われたら堪らない。
「そっか。デイゼンさんはパルの親代わりだったんだね」
「そうなのです」
「とっても素敵な人だったんだね。デイゼンさんのこと、尊敬するよ」
「うぅ……うぐっ、ひぐっ、あ、ありがと、なのです……」
あー、開星さん優しいから……また泣かせちゃった。もう一度抱きしめようと立ち上がりかけたら、パルは開星さんに抱き着いて泣いていた。開星さんも目に涙を浮かべながら、パルの背中を優しくトントンと叩いている。
何だろう……凄くモヤッとする。開星さんはパルを慰めてるだけだし、パルにはそれが必要だと分かってるのに……。モヤモヤしていると、ひなちゃんに服の袖を引っ張られた。
「ゆいお姉ちゃん」
「うん?」
「ゆいお姉ちゃんも、お父さんにぎゅってしてもらったらいいよ?」
「え……え?」
「お父さんにぎゅってしてもらうと、ここがぽかぽかしてくるの」
そう言いながら、ひなちゃんはにっこりと笑顔を浮かべて自分の胸に手を当てた。
「そっか」
「がまんしなくていいって。お父さん言ってたよ?」
えーと、私が我慢せず開星さんに抱き着いたらただの痴女になるのでは?
「あの、お父さんは嫌じゃないかな?」
「なんで? いやじゃないよ? お父さん、ゆいお姉ちゃんのこと好きだもん!」
「え…………ほんと?」
「うん! 顔見てたら分かる!」
「えっと、ひなちゃんは嫌じゃない?」
「え? いやじゃないよ。ひなもゆいお姉ちゃんのこと好きだもん!」
「……私もひなちゃんのこと、大好き!」
「「えへへ」」
最後は二人で照れ笑いだ。はぁ~、ひなちゃん可愛い。開星さんの気持ちが良く分かる。7歳児の「好き」は男女の好きじゃなくて家族のような好きだろうけど、それでも嬉しい。ひなちゃんと話していたら心のモヤモヤがすっきりしていた。気が付けばパルも泣き止んで、開星さんに笑顔を向けていた。
大切な人を亡くしたばかりのパルに嫉妬するなんて。……嫉妬?
そう、か……。私、開星さんのこと……。
「はー、久しぶりの風呂、最高だった!」
私の思考を遮るように勇太が大声で宣言した。すると、パルがこちらにやって来た。
「ユイ、一緒にお風呂入ろうなのです!」
「え……え!?」
「一緒に入った方が早いのです」
「そ、そりゃそうだけど」
「嫌なのです?」
「別に嫌じゃないよ?」
「じゃあ入るのです!」
パルに手を引っ張られてお風呂場に向かう。ちらっと見ると、開星さんは膝にひなちゃんを乗せて勇太と談笑していた。脱衣所に入って扉を閉めると、パルは一瞬のうちに服を脱いでいく。
わぁ……パル、おっきい。着やせするタイプか。
すらりと引き締まった体で私より少し身長が高い。猫耳の分も合わせると10センチは高いと思う。
私も胸は人並みにあると思ってたけど、パルは明らかに大きい。細身なのに。……正直羨ましい。
「何してるです?」
「あ、ごめんごめん」
私も手早く服を脱いでお風呂場に入る。二人で並んで髪を洗い、体も洗って浴槽に浸かる。そんなに大きい浴槽ではないので、自然と肩同士が触れる。
「「はぁぁあああ……」」
二人が全く同じタイミングで同じような声を出したので、お互い顔を見合わせて笑ってしまった。
「あそこで出会ったのがユイたちで本当に良かったです」
「こればかりは運命みたいなもんだね」
「運命……そうなのです! この出会いは運命なのです!」
あそこで私たちの乗る乗合馬車が通りかからなかったら。馬車が国境側へ逆戻りしなかったら。開星さんが私たちの安全を優先して助けに入らなかったら。
デイゼンさんだけでなく、パルも死んでしまっていたかも知れない。あの男たちの手に掛かって、死ぬより酷い目に遭ったかも知れない。でもそうはならなかった。デイゼンさんは死んでしまったけれど、パルは酷い目に遭うこともなくちゃんと生きている。
何か一つ違ったら、今こうしてパルと一緒にお風呂に入ることはなかった。ならば、やはりこれは運命と言って良いと思う。
お風呂から上がった後、パルと私、開星さんの三人で料理をした。開星さんは奥さんを亡くしてからひなちゃんに料理を作っていただけあり手際が良い。パルもこの家で料理していたので手慣れている。私だって高校から一人暮らしだから、多少は出来る。
勇太とひなちゃんは戦力外。二人で仲良く遊んでもらう。
ブルボアというお肉を1.5センチ厚にカットしてパルがステーキに。開星さんがそれにかけるソースを作っている。私はサラダとスープ。3人でやるとあっという間に完成した。
「「「「いただきます!」」」」
「イタダ……何なのです?」
「僕たちの国の食事前の挨拶さ。食材になった命や、それに携わった人々に感謝する感じかな」
「面白いです。イタダダキマス」
ダが多いけど初めて口にする言葉ならそうなっても仕方ないよね。
「「「「ごちそうさまでした!」」」」
「それも挨拶なのです?」
「そうだよ」
「ゴチソーサマデシタ」
夕食の後片付けを済ませてまったりしていると、パルが開星さんに尋ねた。
「カイセーさんたちはどこに向かってるです?」
「一応ヴェリダス共和国。そこに拘ってるわけじゃないんだけどね」
「……事情を伺っても?」
開星さんが私と勇太に目で尋ねる。私たちは頷いて返事した。
「パルは賢人って知ってる?」
「もちろん知ってるですけど……もしかして?」
開星さんが偽装を解いた。黒髪・黒目、本来の私たちの姿が露になる。パルは一瞬目を丸くした。
「僕たちを召喚した国が酷くてね……そこから逃げ出した。それで安心して暮らせる場所を探したいんだ」
「こ、ここでは駄目なのです?」
「ちょっと近過ぎるかな」
「なら、私も付いて行くです!」
パルが付いて来てくれたら楽しそう。それに、馬車も持ってるし、この世界のことを私たちより知ってるから心強い。
「パル。気持ちは嬉しいけど、僕たちのことは皇国が追ってると思う。だから危険もある。君はもう自由なんだ。好きな場所に行って好きなことが出来る。故郷に帰ったって良いんだよ」
「私は、カイセーさんたちに助けられたです! マスターの仇も取ってくれたです。そのご恩に報いたいのです!」
「……拠点を見付けたら、僕たちは元の世界に帰る方法を探すつもりだ。いずれこの世界からいなくなるかも知れない。もちろん元の世界に帰れない可能性もあるけど……それでも来るかい?」
開星さんは突き放すような言い方をしてるけれど、それはきっとパルのことを考えてのことだ。開星さんはパルを利用しようなんてこれっぽっちも考えてないんだ。自分の考えが浅はかで少し恥ずかしくなった。
「それでも私は付いて行きたいのです。きっと役に立てるのです」
「そっか……うん、それなら一緒に旅してくれるかい?」
「はいなのです!」
「辛かったり、嫌になったりしたらいつでも好きな所へ行って良いからね?」
「カイセーさん、しつこいのです!」
「え、そう?」
最後が締まらないのはいかにも開星さんって感じだ。私たちはみんなで一緒になって笑った。こうしてパルが私たちの仲間になった。
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