第31話 想いを新たに

 その日の夜はパルが料理を振る舞ってくれると言うので、僕と勇太は食材の買い出しに出掛けた。娘は由依ちゃんとパルが見てくれている。冒険者ギルドに懸賞金を受け取りに行くのは後日でも良いだろう。


「パル、やっぱショックなんでしょうね」

「デイゼンさんとの関係によるけど、彼女の様子を見たら相当仲が良かったんだと思う。今は一人にしない方が良いだろうね」

「そうっすよね……俺、こんな時どうしたら良いか分からないんすよ」

「勇太は……いつも通りで良いんじゃない?」

「今ちょっと間があったっすよね!?」


 勇太は真っ直ぐな奴だ。不器用で、少し臆病で、でも明るくて素直で。


「こういう時、変に気を遣われると余計鬱になるんだ。普段通りが一番いい」

「そんなもんすかね」


 ただ寄り添うだけ、というのは結構難しいものだ。相手が落ち込んでいると、どうしても気を遣ってしまう。でも、そんな風に気を「遣わせている」というのが本人の負担になる。負のループに陥るのだ。だから難しくても普段通りにするべきだと僕は思う。


「後は、本人が話したくなったら耳を傾けることかな」

「なるほど。無理に聞いちゃ駄目ってことっすね」

「そうだね」


 そんな話をしているうちに、僕たちはパルに教えてもらった市場に着いた。


 アベリガード皇国との国境に一番近い街、ゲタリデスはなかなかに大きな街だ。僕らがやって来た市場も大変賑わっている。

 今まで街について観察する余裕があまりなかったのだが、皇国を脱したことで気持ちにゆとりが生まれたのかも知れない。市場周辺の建物は中東で見られるイスラム様式に似ている。そう言えば、ここに来るまでの街並みもどこか中東を思わせる雰囲気だった。この街だけがそうなのか、このキャルケイス王国全体がそうなのかは分からない。


 基本的に建物の外壁は白だが、青や黄色、ターコイズブルーのタイルで飾られた壁もぽつぽつと目につく。窓は上部が半円状になっていて、建築物としては凝った造りだ。


「開星さん、こっちっす!」


 僕が建物に目を奪われていると勇太が注意を促してくれた。いかんいかん、大人の僕がしっかりせねば。


 道の両側にずらりと露店が並んでいる。この辺りは食料品を扱っているようだ。肉、野菜、果物、パン、香辛料、調味料などそれぞれ種類が豊富だ。魚介は干し魚、干し貝くらいしかない。海が遠いのか輸送の問題か、その両方だろう。川魚も見当たらない。


 取り敢えず見た目で何か分かる野菜と果物を多めに購入する。肉は店主に何の肉か聞いて、パルから頼まれていたブルボアの肩肉をブロックで買った。ブルボアとは牛と猪の特徴を兼ね備えた動物で、一般的によく食べられているそうだ。美味しかったら街を離れる前にまとめ買いしよう。


 買った物は物陰でアイテムボックスに収納し、パルの家に戻る。建物の裏側から階段を上って二階の住居部分へ。


「「ただいま」」

「「「おかえりなさい」」なのです」


 すると、由依ちゃんが目をキラキラさせながら近づいてきた。


「開星さん! パルの家、お風呂があるんです!」

「……風呂……だと……?」

「はい! パルが、使ってもいいって!」

「パルメラさん!」


 僕はパルメラの方をガバッと振り向きながらその名を呼んだ。


「は、はいですにゃ!?」


 突然呼んだのでびっくりしたらしい。語尾に「にゃ」が付いた。


「風呂を、使っても……いいんですか?」

「も、もちろんなのです。お世話になったので、ぜひ使って欲しいのです」

「ありがたき幸せ!!」

「あの、普通に話して欲しいのです」

「ごめん、久しぶりの風呂で興奮しちゃって」


 こっちの世界に来てそれほど時間が経ったわけではない。えーと、10日くらいかな? 由依ちゃんが「クリーン」を習得してからは魔法で清潔さを保っていたとは言え、風呂はまた別である。風呂は全くの別物なのである。大切なので2回言った。


 ひなちゃんにシャツの裾をクイクイと引っ張られる。


「お父さん。お風呂、ひなと一緒に入ろ?」


 …………お父さん、絶句。


「「開星さん!?」」

「カイセーさん、どうして泣いてるのです!?」


 小学校に上がってから、ひなちゃんは一人でお風呂に入るようになった。「もうお姉さんだから一人で入れるの!」と宣い、僕と一緒に入るのを拒絶したのだ。その時の喪失感……今思い出しても胸が締め付けられる。


 それが。ひなちゃんの方から。一緒にお風呂に入ろうって。


「僕は今、猛烈に感動している!!!」

「「「そんなに?」」なのです?」


 自然と涙が零れるほど感無量。


 僕はパルメラに風呂の場所を聞き、いそいそと湯を張る準備をする。この家にある風呂は、猫足の浴槽と洗い場で2畳くらいの広さだった。そして何と、お湯は「魔道具」という不思議アイテムで出せるらしい。


「この赤い石に触れるです」

「こう?」

「はい。石にほんの少し魔力を流すのです」

「ま、魔力? 流す?」

「あれ? やったことないです?」

「うん……」


 パルメラが小首を傾げて僕を見る。


「手を貸してみるです」

「はい」


 言われた通り手を差し出すと、パルメラに握られた。少しひんやりした柔らかい手……そこから、何か温かいものが両手を通して僕の体に流れ込んでくる。それが胸の中心に集まり、そこから体中に分散していった。


「今のが魔力です。感じたですか?」

「うん。何かあったかいものが胸に集まって、そこから手足に流れて行った感じ」

「そうなのです! それを指先から石に流すです!」

「ほほう」


 流すです! って言われてもなぁ。何かが流れたのは感じたけど、それを自分の意思で動かすのはまた別……って、おい。指先から何か出て行った感覚がするよ。次の瞬間、浴槽の縁にあった蛇口からお湯がドバドバ出始めた。


「出来たのです!」

「出来たねぇ……パル、教えてくれてありがとう。助かったよ」

「こ、これくらい大したことないのです」


 礼を言うと、パルメラは焦ったように風呂場から出て行った。何歳か聞いてないけど、たぶん由依ちゃんと同じか少し年上だと思う。年頃の女の子とどう接したら良いのか、ここが日本ならGoo〇le先生に聞きたいところだ。大人になったら女子高生と話す機会なんて皆無なんだよ……。


 出て行ったと思ったパルメラだが、タオルを沢山持って戻ってきた。


「タオル、使ってくださいです」

「ありがとうね」


 パルメラの後ろからマイエンジェルが顔を出す。


「お父さん、お湯たまった?」

「もう少しかなぁ。体洗ってるうちに貯まりそう」


 魔道具のお湯、勢いが物凄い。数分で浴槽の半分くらい貯まっている。パルメラによれば、お湯は適当な所で自動的に止まるらしい。超優秀だな。


「じゃあ入ろ!」

「そうだね!」


 脱衣スペースでひなちゃんと一緒に服を脱ぎ、一緒に風呂場に入る。浴槽の湯に手を浸けると、何とも絶妙な湯加減だ。


「ひなちゃん、頭からお湯かけるよ」

「うん」


 木の椅子に座らせ、木桶で掬った湯をゆっくりと頭から掛ける。ぎゅっ、と目を閉じているひなちゃん、マジ可愛い。シャンプーを使い、爪を立てないよう頭を洗う。


 ああ、懐かしいなぁ。ちょっと前まで毎日こうやって洗っていたんだ。


 シャンプーを洗い流したら、タオルに石鹸を擦り付けて泡立てる。力をいれないよう、優しく背中を擦る。前の方は自分で洗ってもらう。その間に、僕は自分の頭をガシャガシャ洗い、ついでにタオルで体も洗う。ひなちゃんの全身についた石鹸を流し、僕は頭から湯をかぶってザッと流す。その頃には浴槽の湯が八分目まで貯まっていた。


「お湯に浸かろうか」

「うん!」


 浴槽の縁は高さがあるので、ひなちゃんの両脇に手を差し込んで持ち上げ、浴槽の中に入れてあげた。続いて僕も入る。


「「ふぃいいい~」」


 肩までお湯に浸かると、父娘で同じ声が出た。顔を見合わせて笑う。娘は僕の膝の上に乗って背中を預けてきた。


「ね、お父さん」

「うん?」

「ひなね、お父さんが来てくれて、ほんっとうにうれしかったの」


 アドレイシアたち精霊に助けられて森で待っている時。ひなちゃんは、違う世界に来てしまったと薄々気付いたらしい。だって精霊なんて初めて見たから。


 違う世界に来て、もう二度と僕と会えないかもと考えたら、不安で不安で仕方なかったと言う。それでも頑張って泣くのを我慢した。泣いたらお父さんと二度と会えないかも知れないと思ったそうだ。


「お父さんも、日向に会えてほんっとうに嬉しかったよ」

「ほんと?」

「本当の本当。ひなちゃんがどこに行っても、お父さんは絶対に探し出すよ」

「うん」

「だからね、泣きたい時は泣いていいんだよ?」

「うん」

「思い切り笑って、思い切り泣いて、ひなちゃんは我慢しなくていいんだ」

「うん」

「いつだってお父さんはひなちゃんのこと大好きだから」

「うん。ひなもお父さんのこと大好き!」


 娘が振り返ってぎゅっとしがみついてくる。日向がいつでも笑顔でいられるように、辛い思いをしなくていいように、僕が守る。そのために僕はこの世界に来たんだから。

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