第30話 ゲタリデスの街

「スキル、擬態!」

「わぁ! おっきなわんちゃん!」


 愛しの天使、世界で一番可愛い我が娘、ひなちゃんがぼすっと抱き着いてくる。これぞ至福。


 今、僕と日向、由依ちゃんの3人はパルメラが操る馬車の荷台に乗っている。目的地はゲタリデスの街。ここに、パルメラと彼女の「マスター」が暮らしていた店舗兼住宅があるそうだ。


 マスターは盗賊に殺されてしまった。彼の葬儀を行い、きちんとお墓を作りたいと彼女は言った。僕たちはパルメラの馬車に乗せてもらっている形である。ちなみに勇太はパルメラと一緒に御者台に乗り、馬車の操り方を教わっている。


 さて、スキルの擬態だが、どうやら見ている相手には、見たまんまの質感になるらしい。つまり、今ならふわふわした長毛犬である。


 これまで小一時間ほど、犬、虎、狼、熊、ライオンに擬態してみた。犬以外は猛獣なのでひなちゃんの反応はイマイチ、と言うか由依ちゃんの背中に隠れてしまい、お父さんもう少しで泣くところでした。


 一番反応が良かった白くてふわふわしたわんちゃんに擬態したところ、娘の親愛を取り戻せた次第である。なお、由依ちゃんのジト目は気にしないようにしている。


 あの鬼強い盗賊の男と対峙した時、咄嗟に「木」に擬態したのだが、擬態って役に立つのか? と疑った。あの時の僕をぶん殴りたい。擬態、物凄く役に立つじゃないか。ひなちゃんがこんなに楽しそうなんだもの。擬態、最高。


 盗賊と言えば、倒した盗賊どもの死体は勇太のアイテムボックスに入っている。何故なら、パルメラが「死体を持っていけばお金が貰えるのです!」と主張したからだ。マジか、と言いながら、非常に嫌な顔で勇太が収納してくれたらしい。らしい、と言うのは、その時僕はまた気絶していたからだ。その現場は見ていない。


 一応、アイテムボックスの形状変化を使ってリストバンドからショルダーバッグに変更し、マジックバッグのフリをしたと言っていた。じゃあそのショルダーバッグはどこから出したんだ、と突っ込まれそうである。勇太、詰めが甘いぜ。


 盗賊に殺されてしまったお爺さん、パルメラのマスターのご遺体は僕のアイテムボックスに収納してある。もちろん事前にパルメラの許可を取った。荷台でご遺体と一緒に過ごすのが嫌だったからなのは言うまでもない。


 こんな風にひなちゃんと戯れているうちに馬車の速度が落ちてきた。


「開星さん、街の門が見えたっす! もうすぐ着きます!」


 御者台から振り返った勇太が教えてくれる。


「ひなちゃん、もうすぐ着くって。わんちゃんはまた今度ね?」

「えぇ……わんちゃん、またね」


 寂しそうな顔のひなちゃん……ごめんよ、お父さん、わんちゃんのまま街に入る心構えはまだ出来てないんだ……。


「門の手前で止まるのです。門兵に盗賊の死体を見せると良いのです!」

「分かったよ、パル」


 擬態を解いて答える。死体を見せるって、結構バイオレンス……。僕たちが何か罪に問われることなんてないよね? 大丈夫だよね、パルメラさん?


 やがて馬車が完全に停止したので荷台から降りる。ひなちゃんは抱き上げて地面に下ろした。ふと見上げると由依ちゃんも両手を広げて待ち構えている。え、抱き上げるの? いけるかな……。


「ふぬぬぬ」

「ごめんなさい、開星さん。自分で降ります」


 脇の下に手を入れて持ち上げようとしたが無理だった。さすがに大人の女性と変わらないからね。もっと鍛えるべきか。


 由依ちゃんが降りるのに手を貸して馬車の前に回る。門兵さんが馬車まで来てくれていて、勇太は自分の冒険者カードを、パルは商人ギルドのカードを見せていた。僕と由依ちゃんも提示して、日向は娘だと伝えた。


「パルメラ、それじゃデイゼン爺さんは……」

「はい。盗賊に殺されてしまったのです」


 パルと門兵さんは顔見知りのようだ。お爺さんが殺されたと言うパルは、耳がへにょりと前に折れ、尻尾が力なく垂れ下がった。


「そいつは……残念だ」

「でも、この方たちがマスターの仇を取ってくれたのです」

「仇? 盗賊を倒したのか、この人たちが?」

「はいなのです。ユータさん、死体を出すのです」

「うん。ここに出していいっすか?」


 勇太は門兵さんに確認を取った後、マジックバッグを装ったアイテムボックスから盗賊どもの死体を出した。最初にパルを襲った奴らを含め、全部で12人。


「こ、こいつは!?」


 門兵さんは三枚におろされた鬼強盗賊を見て驚きの声を上げた。


「間違いない、ダスター・ウォーガルだ。あんたたち、お手柄だな!」


 ダスター・ウォーガルは元傭兵で、依頼主の貴族を殺して手配されていた。これまで何組かの冒険者パーティが討伐に赴いたのだが、いずれも返り討ちに遭ったらしい。最近盗賊団を組み、この近辺を荒らし回っていたようだ。


 殺された貴族の当主と、このゲタリデスの街を治める領主が共同で懸賞金を出し、強い冒険者に依頼を出していたという話だった。


 うん、確かに強かったです。死にかけたもの。て言うか由依ちゃんがいなかったら間違いなく死んでいた。ひなちゃんを孤児にしてしまうところだった。


「え、開星さん。どうしました?」

「いや、改めて感謝の意を表したくなりまして」


 門兵さんの説明を聞きながら、僕は由依ちゃんに向かって腰を90度折って頭を下げていた。


「や、やめてください! 助けていただいたのは私の方ですから!」

「それでも、ありがとう」

「ゆいお姉ちゃん、ありがと!」

「わ、分かりましたから頭を上げてください!」


 ひなちゃんが僕と一緒に頭を下げてお礼を言う。由依ちゃんがワタワタして僕の肩を押すので頭を上げる。僕、ひなちゃん、由依ちゃんがお互いの顔を見て照れ笑いだ。


「コホン! 話を続けても?」

「「スミマセン」」

「ここで討伐証明書を出すから、それを持って冒険者ギルドに行ってくれ。そこで懸賞金を受け取れるから」

「分かりました」


 門兵さんが詰所に戻り、直ぐに書類を持って戻ってきた。


「改めて礼を言う。こいつらを討伐してくれてありがとう。それとパルメラ……デイゼン爺さんは本当に残念だ。困ったことがあれば言ってくれ」

「はい、ありがとうなのです」


 盗賊の遺体は処分してくれるそうなのでお任せした。門兵さんに礼を言って再び馬車の荷台に乗る。ひなちゃんが笑顔で手を振ると、門兵さんもニッコリ笑って振り返してくれる。


 馬車はゆっくりとゲタリデスの街中を進んだ。途中何度か停まり、パルと街の人が話をしていた。パルのマスターであるデイゼンという人物は、随分と慕われていたようだ。そしてそういった人たちはパルのことをとても心配していた。パルも沢山の人から好かれているらしい。


 門を潜って30分程経った頃、馬車が停まった。一階が商店、二階と三階が住居になった建物。裏に馬小屋と馬車置き場もある。僕たちはパルを手伝って、無事だった荷物を一階に運び込み、馬の飲み水や飼い葉を用意した。


「パル、ここまで乗せてくれてありがとう。僕たちは宿を探すよ」

「そんな水臭いこと言わず、ここに泊まって欲しいのです」

「そ、そう? いいの?」

「もちろんなのです」


 デイゼンお爺さんとパルがどんな関係だったのか、詳しいことは聞いていない。だけど、パルが彼をとても慕っていたのは想像が付いた。そんな彼が亡くなったのだ。パルがどんな気持ちなのか、少しくらいは分かる。僕だって3年前に大切な妻を亡くしたのだから。


 胸にぽっかりと穴が開いたような、取り返しのつかない絶望感。寂しさという言葉では言い尽くせない、体の芯が凍えるような感覚。この先どうしたら良いのか、真っ暗闇に放り出されたような心細さ。


 あの時の僕には日向がいた。娘がいたから何とか立ち直ることが出来た。


 だから今、パルを一人にするべきではないと分かった。彼女自身、一人になりたくないのだろう。出会ったばかりの僕たちに一緒に居て欲しいと思うくらいには、彼女は悲しく、寂しく、心細いのだ。


「みんな、パルの家でお世話になっても構わないかな?」

「「はい!」」

「ぱるお姉ちゃんのおうちに泊まるの? やったぁ!」


 ひなちゃんが早速パルと手を繋いでいる。そう、今パルに必要なのは人の温もりだ。一人じゃないって分からせることだ。


 そうすれば、彼女はきっとまた歩き出せる。僕がそうであったように。

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