第27話 格上の敵

「あの! すみません、マスターを助けてくださいなのです!」

「マスター?」

「この先で盗賊に襲われたのです。マスターは私だけ逃がしたのですが、先回りしてた奴らがいたのです」


 う~ん……。頼みを聞いてあげたい気持ちはもちろんあるが、何度も言う通り、僕にとっては娘たちの安全が最優先なのだ。


「お、お金なら払うのです!」

「あ、そうじゃなくてね……」


 猫耳を持つパルメラは目をウルウルさせて胸の前で手を組んでいる。気付いたら、その横でひなちゃんも同じポーズをして僕を見上げていた。


「開星さん、助けましょう!」

「乗り掛かった舟っすよ!」

「はぁ……分かった、盗賊は何人くらい?」

「ありがとうなのです! たぶん8人くらいです」


 8人か……。奇襲で半分削れたらいけるか?


「私も手伝うのです! 弓が得意なのです!」

「いや、弓ないじゃん」

「……馬車まで行けばあるのです」


 援護が2人に増えれば何とかなるか。


「よし、じゃあ行ってみよう。ただし、危険と判断したら撤退する場合もある。パルメラさん、それで良いかな?」

「それでいいです。それと、私のことはパルと呼んでなのです」

「分かった。由依ちゃんは援護とひなちゃんのこと、くれぐれも頼む」

「はい」

「アドちゃん?」

――チリン?

「ひぇっ!? せ、精霊なのですにゃ!?」

「ああ、この子は大丈夫。僕たちに悪いことはしないから」


 今まで姿を消していたアドレイシアが突然現れて、パルメラが腰を抜かしそうになった。驚いたら語尾に「にゃ」が付くのか。


「アドちゃん、娘を頼むよ」

――チリリン!


 アドレイシアは薄い胸をドンと叩いた。任せなさいということだろう。


「勇太、ガスボンベ爆弾を使う。気を逸らしてる間に透明化で近付いて、なるべく沢山削ろう」

「了解っす!」


 実は、爆弾に加工すると元のガスボンベとは別物と認識されるようで、アイテムボックスにストックを作ってある。ただしガスボンベ爆弾自体は複製されない。ストックは現在10個。そのうち4個を取り出し、2個は自分で持ち、残り2個はライターと共に勇太に渡した。


 そこから200メートルほど東へ進むと停まっている馬車が見えた。複数の男たちが取り囲んでいるが、戦闘している雰囲気ではない。


「マスター……」


 一度草むらに身を潜める。


「由依ちゃんとパルはゆっくり近付いて。ひなちゃんは由依お姉ちゃんから離れないでね」

「「「はい」」です」

「勇太、行くぞ。『透明化』!」


 そこから馬車までの30メートルを一気に駆ける。頃合いを見て男たちの後方に点火した爆弾を投擲。いつも頼りにしてます、ガスボンベ先輩。


―パァアン! パン、パパーン!


 爆発音がして、男たちの目が後方に注がれた。


(『瞬速』!)


 スキルを使って男たちの背後に迫る。情けをかける余裕などない。首を狙って短剣で斬り、突き刺し、薙ぎ払う。イメージは男たちの間を吹き抜ける風。一瞬も足を止めることなく、1本の短剣を振るいながら5人の間をすり抜けた。


―ドサッ、ドサドサッ。


 勇太を確認すると、3人倒していた。少し顔色が悪い。


「勇太、怪我したのか!?」

「いえ、あの」


 勇太が指差す方に視線を向ける。馬車の御者台に老人が座っていた。胸に短槍が刺さり、大きな切り傷もある。彼は座ったままこと切れていた。


 この老人が、パルの言っていた「マスター」だろうか? 間に合わなかったか。


 盗賊は8人。全員倒したようだ。


「開星さん、後ろ!」


 背中がゾワッとして瞬速で2メートル前に飛んだ。


「これを避けるか。お前なかなかやるな。こいつらをやったのはお前たちか」


 振り返ると、身長2メートルを超える男が立っていた。長く伸ばした赤い髪を後ろで一つに結び、顔の左側に大きな古傷が走っている。筋骨隆々と言うより、限界まで引き絞った弓のような、強靭なバネを思わせる体つきをしていた。


おせぇから見に来たら全滅とはねぇ」


 ゆらりと男の姿が揺れ、次の瞬間には剣先が目の前に迫っていた。鋭い突きが飛んで来る。


「つっ!?」


―ギャリン!


 体を反らし短剣で何とか受け流すが、頬を掠めた。焼けた鉄棒を押し付けられたように熱い。


 男の死角から勇太が斬り掛かる。とった、と思った。


あめぇ」


 男は軽々と勇太の斬り下ろしを弾き、返す刀で袈裟懸けに剣を振り抜く。その瞬間に僕は一歩踏み込んだ。男の脇腹に真っ直ぐ突きを放つが、半身になって避けられる。一瞬勇太に目を遣ると、左腕から血を流していた。


「勇太、下がれ!」

「余裕だな、おい!」


 男が僕に向けて剣を振り下ろす。瞬速で後ろへ飛んだ。


「なにっ」


 男は剣を振り下ろしながら追い掛けて――いや違う。男の剣が。僕は短剣を斜めに立ててギリギリで横に流す。


「ほう、初見でこれを避けるか。いい腕だ、俺の部下になれよ」


 ちゃんと避けたとは言えない。左腕に剣が掠り、またそこが熱くなる。くそ、今のは何だ? スキルか?


 身体能力、剣技、いずれも格上。その上よく分からないスキルまで使ってくる。


「ボーっとしてていいのか?」


 また男が一瞬で目の前に迫った。何とか致命傷は避けたが傷が増えていく。いや、もしかしたらこの男、遊んでるのか?


 一瞬でいい。一瞬でも男の視線が切れれば透明化を使うのに。さっき勇太が攻撃した時が最大のチャンスだったのに。


 判断が遅い。経験が不足している。こんな事で、みんなを守れるのか?


「おらおらぁ!」


 男が笑いながら剣を振る。僕はそれを受けるので精一杯。気を抜いたら死ぬ。その時だった。


「むっ?」


 馬車の方から2本の矢が飛来し、男がそれを叩き落とした。


(『透明化』、『瞬速』、『擬態』!)


 男の視線が切れた瞬間に透明化を掛け、瞬速で男の左後方に回り込み、その辺にある立木に擬態。擬態ってこんな使い方で合ってる? これじゃ学芸会で「木」の役してる人みたいじゃない? 


「どこ行きやがった!?」


 合ってた! 上手く誤魔化せたみたいだ。その間にも矢が次々と飛んで来る。しかし、ここからどうやって攻撃しよう? 男が矢に対処している間に短剣をもう1本取り出す。双剣術は攻撃力が4倍。当たれば倒せる筈!


「ちぃ、ちょこまかとウゼェな!」


 まずい、男が馬車の傍で矢を放っている由依ちゃんたちに向かった! 男は左右にステップを踏んで矢を躱している。擬態解除、瞬速で男の前に回り込んだ。


「おらぁ!」

「させるかよ!」


 由依ちゃんに向けて振り下ろされた剣を交差した短剣で受ける。だが男がニヤリと笑い、振り下ろしを途中で止めて剣を横薙ぎに払った。


「ぐっ!」

「開星さん!?」


 腹が熱い。しかし見る余裕なんてない。僕は腰を落とし、その場で回転して2本の短剣を連続で振った。


―ザシュ!


 1本が男の脇腹を掠める。しかし男は傷に構わず僕、じゃなく由依ちゃんと、その後ろにいる日向に向けて剣を振り下ろした。


 くそ、体に力が入らない。動け、動け僕の体!


 僕は覆い被さるように、由依ちゃんと日向を庇った。背中に走る、今までで一番の衝撃。


『【称号:守る者】を獲得しました』

『【スキル:結界】を獲得しました』


 男が、僕に止めを刺すために剣を振りかぶる気配がした。


(『結界』)


 ギィン、と金属同士がぶつかったような音がする。男の戸惑う気配が背後から伝わった。次の瞬間、僕は振り返りながら2本の剣で男を斬りつけた。


 一瞬、斜めに光が2本走ったように見えた。


『【スキル:ダブルスラッシュ】を獲得しました』


「は?」


 男の口から呆けたような声が漏れる。最初に男の左腕がボトリと落ち、肩口と左脇から体がずれ、べちゃりと湿った音を立てて崩れ落ちた。男の体は三つに分断されていた。


「ふぅ……」

「開星さん!?」

「お父さん!」


 あぁ、前もこんなことがあったなぁ。僕はその場に尻餅をつき、そのまま横になって意識を失った。





*****





「開星さん、駄目っ!」


 目の前で開星さんが倒れた。私はその頭を膝に乗せてヒールを唱える。


「ヒール! ヒール!」

「お父さん!」

「開星、さん……」


 左腕を押さえた勇太が開星さんの横に膝を突く。ひなちゃんが泣きながら開星さんに呼び掛けた。


「私がこんな事頼まなければ……」


 パルは呆然と立っている。馬車に辿り着いた時、彼女は御者台で息絶えたお爺さんを抱き締め、静かに涙を流していた。


 私は浮かんでくる涙を拭って集中する。大丈夫、前だって助かった。今回だって助かる筈。いえ、絶対に助ける!


 開星さんは私とひなちゃんを庇って大怪我を負ったの。だから私には彼を助ける義務がある。この命に代えても彼を助けなきゃいけないの!


『【スキル:治癒魔法(初級)】が【スキル:治癒魔法(中級)】に進化しました』


 スキルは使っているうちに進化する。でもそれだけじゃない、強い願いでも進化するのよ!


「ハイヒール! ハイヒール!」


 体から力がごっそり抜ける。たぶんこれが魔力なんだろう。眩暈がするけど、治療を止めるわけにはいかない。


 開星さんの傷が塞がっていく……あと少し、あと少しで助けられる。勇太、後回しにしてごめん。


「ハイヒール!」


 最後の力を振り絞って魔法を使った。開星さんの傷が全て塞がったのを見て、私も意識を手放した。





*****





 気が付いたら……これは本当に知らない天井、って言うか幌馬車の幌だな。乗合馬車じゃないみたいだ。座席がないし、荷物がたくさん載っている。


 右腕はひなちゃんにがっちりとホールドされていた。また心配掛けちゃったね。ごめんね、ひなちゃん。左手で娘の頭を撫でようとするが動かない。それで左下を見ると、いつかと同じように由依ちゃんにホールドされていた。


 由依ちゃんは僕の左腕を胸に抱いて眠っている。柔らかい感触が伝わって来るけれど、これはあれだ、父親に対する親愛の情的なやつだよね? だったらセーフだよね?


「開星さん、目が覚めました?」


 勇太に抑えた声で尋ねられた。彼によれば、怪我で意識を失った僕を、またまた由依ちゃんが魔力切れになるまで治療してくれたらしい。僕たちを勇太とパルで馬車の荷台に運び、今はパルの御者で東に向かっているそうだ。


「……あのお爺さんは?」

「駄目でした。あの人がパルの『マスター』らしいです。詳しい話はしてないっすけど」

「そうか、残念だった。勇太、怪我は大丈夫か?」

「俺のは掠り傷っすよ。パルが傷薬つけてくれました。それより開星さん、ほんとに大丈夫っすか?」


 僕の腹からは内臓がはみ出し、背中は骨まで傷が達していたらしい。よく見たら、勇太の目が赤く腫れていた。彼にも相当心配掛けたようだ。


「うん、生きてる」

「プッ! 開星さん……良かったっす。しばらく休んでてください」

「ありがとう」


 ゴトゴトと揺れる馬車に身を任せていると、いつの間にか眠りに落ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る