第26話 盗賊と猫
翌朝、僕たちはパンデオンの町を出発した。新たな乗客は8人。そのうち2人がひなちゃんより少し大きな子供だ。護衛の冒険者は4人。何度もこの乗合馬車を護衛しているベテランらしい。
ここから先、国境を超えるまでは途中で寄る集落はないそうだ。国境まで一日、そこからキャルケイス王国側の国境に一番近い街、ゲタリデスまで一日。二度野営する予定になっている。
『【スキル:偽装】が【スキル:擬態】に進化しました』
『【スキル:擬態】に進化したので【スキル:認識阻害】が【スキル:透明化】に進化しました』
「あ」
馬車の中でアナウンス音声が聞こえた。
「どうしました、開星さん?」
「うん、後でね」
さすがに乗合馬車の中でスキルがどうのこうのという話は出来ない。由依ちゃんも察してくれたようだ。
・スキル:擬態……人間以外のものに擬態が可能。
・スキル:透明化……認識阻害の上位互換。ただし音・体温・魔力は消せない。
人間以外のものに擬態っていつ使うんだろう……? 偽装は今まで通り使えるようで安心した。スキルの中ではこの偽装を一番使ってるからなぁ。
あと透明化か。より強力に認識を阻害できるって思えば良いのかな。わざわざ但し書きがあるってことは、通用しない相手がいるってことか。
こんな一幕がありながら、今日の野営ポイントに到着した。野営に関しては、食事以外馬車側に全部お任せである。天幕の設営、火起こし、夜間の不寝番は乗客側はやらなくて良い。食事も自分の分を自分で用意するスタンスだ。
ここで地球製のキャンプ道具を出すわけにもいかないので、ミンダレスの街で買った鍋の出番である。焚き火でワイルドに料理するのだ。
僕たちがマジックバッグ持ち(本当はアイテムボックス)だと知った馬車の御者は、少し割引する代わりに水や食料の運び屋としてこちらを利用している。ただ荷物をアイテムボックスに入れるだけで乗車賃が銀貨一枚安くなったので、僕たちにも否やはなかった。
ちなみにマジックバッグとはちゃんと鞄の形状をしているらしいので、頼まれた荷物は僕のボディバック型アイテムボックスに全て収納した。
自由に形状変化出来るのに何でボディバッグのままかって? そりゃあ雰囲気だ。決して由依ちゃんや勇太のように、指輪やリストバンドにしなかったのが悔しくて意地を張っているわけではないよ? ボディバッグが好きだからだよ?
「開星さん、手伝います」
「ひなも! ひなもお手伝いする!」
御者や乗客、冒険者たちの食料や水を出した後、自分たち用の食材を取り出す。好奇心に負けてパンデオンの肉屋で購入したフライング・ホーンラビットのもも肉である。数種類の野菜、更にワインと一緒に煮込む。由依ちゃんとひなちゃんには野菜を切ってもらった。
同じくパンデオンで買っておいたパンを一緒に、フライング・ホーンラビットのワイン煮込みをいただく。
「美味しい!」
「うまいっすね!」
「お父さん、これおいしいよ!」
「うん。思ってたよりクセがないし筋張ってもいない。煮込んでも柔らかくて、噛めば肉汁が溢れて……この濃い目のソースと絡んで絶妙だね」
「「食レポか!」」
由依ちゃんと勇太から突っ込まれた。何故に? それから冒険者や御者、乗客から恨めしそうな目で見られた。彼らは固そうなパンと干し肉を齧っていた。そんな目で見られてもあげませんよ? 4人分しかないんだから。
食事をしながら新しいスキルについて伝えるのも忘れない。「擬態」の使い所や「透明化」がどれくらい有用か、また後日試そうという話で終わった。
食事の後は、冒険者たちが何やらお香のようなものを焚いていた。聞けば、魔物除けになるらしい。
「そんな便利なものがっ!?」
「冒険者ギルドで売ってるぜ? 街中でも道具屋とか」
そ、そうだったのか……。ただ、魔物除けも万能ではなく、強い魔物や魔獣には効かないし、そもそも盗賊などの人間には効かない。だから不寝番は必要なんだそうだ。
だとしても、皇都を出る前に入手出来ていれば、あそこまで睡眠不足にならずに済んだかも知れない……。まぁ、過ぎたことだ。今更悔やんでも仕方ない。
それから、馬車の乗客用に用意された天幕で雑魚寝。よく知らない人たちと一緒だから熟睡出来なかった。
翌日の昼前には国境に着いた。キャルケイス王国への入国は身分証を提示するだけで終わりだ。特にお金を取られることもなかったし、ひなちゃんは娘だと言えば何も疑われなかった。それでは子供を誘拐し放題じゃないかと思ったが、入国審査に携わる兵士は見ただけで本当の親子かどうか経験で分かるらしい。そんなものか、と思った。
今夜野営をして、明日の夕方ごろにはゲタリデスの街に到着予定である。国境を越えてしばらく進んだ所でお昼の休憩だ。今回はたくさん作って全員に食事が行き渡るようにしてみた。えらく感謝された。特に4人の冒険者から。
食事を摂ったら再出発。あの調子だったら今夜も料理を振る舞わないとな、などと考えている時だった。
「いやー!」
「大人しくしろ!」
離れた所から若い女性の悲鳴と、男の怒鳴り声が聞こえた。その直後、馬車が急停車する。
「一度国境の方へ戻るぞ!」
護衛の冒険者のうち、一番年長者の男性が声を上げる。すると馬車がその場で転回し始めた。
幌馬車が馬首を国境側へ向けると、50メートルも離れていない場所で女性と3人の男が揉み合っているのが目に入る。
「お父さん……」
男たちは武器を持ち、こちらを睨み付けている。粗末な身なりだが革の鎧を身に着けており、恐らく盗賊と思われた。
護衛の判断は正しい。彼らの仕事はあくまで「護衛」。乗客の安全が最優先だ。盗賊討伐は仕事に含まれていない。下手に手を出して仲間を呼ばれ、乗客が脅かされれば本末転倒である。だから、兵士が大勢いる国境付近に引き返すのは正しい判断なのだ。
そう。正しい判断なのは分かっている。
「お父さん、助けてあげないの?」
見ず知らずの女性と日向、由依ちゃん、勇太の3人、どっちが大事かなんて考えるまでもない。
「「開星さん……」」
君たちもか! ……情けは人の為ならずって言うしな。しゃーない。
「勇太、行くぞ!」
「はい!」
「由依ちゃん、ひなちゃんと援護を頼む!」
「はい!」
僕たちは馬車の後部から飛び降りた。
「おい、あんたたち!?」
「気にせず行ってくれ!」
「はあ!? ちっ!」
冒険者の一人に声を掛けられたが、彼らも勝手なことをする乗客まで守る義務はない。馬車はスピードを上げて国境方面へ去って行く。僕と勇太は女性が襲われている所に走った。
馬車が逆方向へ向かったからか、3人の男たちの目線は切れている。
「勇太、透明化を使うぞ」
「はいっ」
ぶっつけ本番になってしまった。並走する勇太と自分に透明化を使う。すると、隣にいる勇太の気配が薄くなった。勇太も同じように感じたらしく少し驚いている。
「いや!」
「大人しくしねぇとぶっ殺すぞ!」
パン! と男が女性の頬を張る音が響いた。地面に押し倒して馬乗りになっている。残り2人の男たちは下卑た笑みを顔に貼りつけて女性を見下ろしていた。馬乗り男がズボンを下げようと懸命になっている。教育上大変よろしくない光景だ。僕と勇太は見学している男たちの後ろへ回り込んで斬りつけた。
「うがっ!」
「ぎゃっ!?」
僕はそのまま馬乗り男の頭を蹴り飛ばす。瞬速のスピードが乗って蹴りの威力も上がるようだ。足が超痛い。男は横ざまに吹っ飛んだ。
「ぐっ……何だ
瞬速で一歩。男の傍を通り過ぎながら首を刎ねた。男をわざわざ蹴り飛ばしたのは、倒れている女性に血を浴びせたくなかったからだ。
三人の盗賊(仮)を倒すのに10秒も掛からなかっただろう。勇太が人を斬り殺したのは初めての筈だが、大丈夫だろうか。
「勇太、平気か?」
「ハハハ……ちょっと手が震えてますけど、大丈夫っす」
「無理はするなよ」
そして倒れている女性に目を向ける。女性……女性で良いんだよな? 彼女の頭には猫のような耳が付いていて、ふさふさした尻尾もあるようだ。オレンジ色の短い髪、明るい緑色の瞳。僕に向けられたその瞳には怯えが見えた。思っていたより若い子だ。
「大丈夫かい? 君に危害を加えるつもりはない。僕はカイセイでこっちはユウタ。余計なお世話かも知れないけど、見過ごせなかったんだ」
年の頃16~17歳だろうか、彼女は僕と勇太を代わる代わる見て、おずおずと僕が差し出した手を掴んだ。おお、手は人間と一緒なんだな。優しく引っ張って助け起こす。
「助けてくださってありがとです。私はパルメラと言いますです」
「ケ、ケモ耳少女、キターーー!」
勇太が天に向かってガッツポーズしてる。突然叫ぶものだからパルメラさんがびっくりしてるよ。
「開星さん、勇太!」
「お父さん!」
そこへ由依ちゃんとひなちゃんが来て、パルメラがまたビクリと肩を震わせた。
「大丈夫、彼女はユイ、小っちゃい子は僕の娘でヒナタって言うんだ」
由依ちゃんが傍に寄り、パルメラにヒールを施す。大きな怪我は負っていないようで良かった。そんな中、パルメラが目に涙を浮かべながら僕に訴えた。
「あの! すみません、マスターを助けてくださいなのです!」
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