第三章
第25話 ウサギって飛べるんですね
「開星さん、一匹そっち行ったっす!」
「開星さん、後ろから来てます!」
……どうしてこうなった。
僕たちは今、フライング・ホーンラビットという魔物の群れに囲まれている。ウサギの癖にムササビのような飛膜を持ち、額に鋭い角があるというよく分からない生き物だ。強靭な脚力で木の上に登り、そこから滑空して襲い掛かってくる。それだけでなく、地面からのジャンプ攻撃も織り交ぜてきやがる。
「どっせい!」
「っりゃあ!」
四方八方から来るウサギを斬り、殴り、蹴り、叩き落とす。救いなのは攻撃が直線的で単調なこと。奴らの武器は角しかない。つまり突き刺す動きしかしないのだ。それが分かれば対処は可能なのだが――。
「多いな、ちくしょう!」
「マジ、キリないっす!!」
離れた場所から由依ちゃんが弓で援護してくれているが、動く敵に当てるのはかなり難しそう。勇太は長剣で一匹……ウサギだから一羽か? もうどっちでもいいや、とにかく一匹ずつ確実に倒している。
で、僕は短剣だから手数で勝負だ。たかがウサギ(魔物)だが一撃では倒せないのだ。二、三回切ったり刺したりしないとならない。
「こうなりゃヤケだ!」
僕はアイテムボックスからもう一本短剣を出した。いわゆる双剣使いだ。これで単純に攻撃回数が二倍に……?
『【スキル:双剣術】を獲得しました』
『【スキル:俊足】を発動しました』
おお!? 体の動きが滑らかかつ素早くなったぞ。しかも一撃の威力が上がった気がする。魔物ウサギを倒すごとに動きが良くなり、速さも上がっている……気がする。
「開星さん、スゲェ!」
「勇太、もう少しだ!」
「はいっ!」
その時、離れた場所から3匹同時に滑空、さらに地面から2匹ジャンプして僕と勇太に襲い掛かってきた。
「飛んでる奴は任せて! 三連矢!」
由依ちゃんが弓に3本の矢を番えて同時に放った。それがまるで吸い込まれるように、滑空する3匹に直撃する。
「おおっ!?」
「由依、スゲェ!」
勇太、さっきから「スゲェ」しか言ってないぞ? ジャンプしてきた二匹を勇太と同時に斬り落とし、地面を素早く走ってきた奴には突きをお見舞いした。
「勇太、危険察知!」
「はい! ……もう大丈夫です!」
念の為、周囲を注意深く観察するが、ようやく群れを殲滅したようだ。
「ふぅ~、疲れた!」
「ですね!」
僕と勇太は背中合わせで地面に尻餅をついた。
『【スキル:俊足】が【スキル:瞬速】に進化しました』
しゅんそくがしゅんそくに……ややこしいわ!
「お父さん!」
――チリリン!
由依ちゃんが背中に庇ってくれていた娘が駆け寄ってくる。その横を精霊のアドレイシアが飛んでいる。ひなちゃんは僕にボフッと飛び付き、アドちゃんも僕の顔にベチャッと飛び付いた。
「ひなちゃん、怪我してない?」
「大丈夫。お父さんは?」
「大丈夫、ちょっと疲れただけだよ」
ひなちゃんが僕の胸にグリグリと頭を擦り付けてきた。ちょっとアドちゃん、退いてくれる? 僕の天使が見えないから。
「開星さん、凄かったです!」
「由依ちゃん。ひなちゃんを守ってくれてありがとね。さっきの弓矢、3本一緒に射ってなかった?」
「はい、なんかスキルが生えたんで使ってみました!」
「生えた」
「はい!」
新しいスキルを獲得したことを勇太が「スキルが生えた」と言い出して、それが由依ちゃんにも定着したらしい。
「開星さん、このウサギ売れるんすかね?」
「どうだろう? 一応持って帰ろうか」
「ですね」
ミンダレスの街を発って三日後、僕たちは国境近くの小さな町「パンデオン」に着いた。途中で二つの集落に寄って乗客が入れ替わりながらの旅である。
護衛の冒険者はこのパンデオンまでで、ここから新しい護衛を雇うらしい。次は国境を越えた先、キャルケイス王国のゲタリデスという街までの護衛を新たに雇うそうだ。護衛が見付かるまではパンデオンに留まるため、僕たちは試しに冒険者としてのクエストを受けたのだった。
クエスト内容は薬草採取である。パンデオンの防壁から歩いて一時間ほどの場所で指定された薬草を採取するという、登録したばかりのFランク冒険者が避けては通れない依頼なのだそうだ(勇太談)。
それなら危険もないだろうと思い、半ばピクニック気分で出掛けた。もちろん僕、日向、由依ちゃん、勇太、アドレイシアの全員で。
そうそう、ミンダレスの街で由依ちゃん用の弓と矢を100本買ったのだ。由依ちゃんが部活で使っていた和弓のような、弓幹の長い弓は残念ながら売っていなかった。オーダーメイドなら作れると言われたが、出発前だったので諦めたのだった。
購入したのは長さ120センチくらい、M字に緩く屈曲した短弓である。由依ちゃんによれば速射性に優れているそうだ。
薬草採取は順調そのものだった。何せアドレイシアが薬草の生えている場所を教えてくれるんだもの。あっという間に終わったので、少し早かったがお昼にしようと木陰で休んでいた。町で買ったサンドイッチや肉串を食べていたところ、いつの間にかウサギの群れに囲まれていたというわけだ。
ギルドで注意喚起はされていた。薬草の群生地に「フライング・ホーンラビット」が出現する恐れあり、と。その時は、ウサギが飛ぶのかー、ちょっと見てみたいかも、なんて思っていた。
その結果がこれである。
「開星さん、全部で54匹いました!」
「マジか、結構いたね。勇太、由依ちゃん、ありがとう」
若い二人が倒したウサギを全部アイテムボックスに収納してくれていた。また魔物が来たらかなわないので、僕たちは町に戻ることにした。
「そう言えば、スキルが進化したよ。俊足が瞬速に……って音は一緒か。瞬きの速さって書いて瞬速。あと双剣術ってのが生えた」
僕も「生えた」って言ってみました。
・スキル:瞬速……半径15メートルの範囲で通常より3倍速く動ける。
・スキル:双剣術……同時に2本の剣を持つと攻撃力が4倍になる。
「おおぅ!? なんかスキルの説明が具体的だ」
僕は瞬速と双剣術についてみんなに伝えた。誰が何を出来るのかは出来るだけ共有しておいた方が良い。
「瞬速、いいなぁ」
「な? 俺も欲しい」
「速く動けるけど滅茶苦茶疲れるんだよ?」
「「えぇ……」」
二人が微妙な顔をする。
「お父さん、びゅんって動いてかっこよかった!」
――チリチリチリン!
「アドちゃんもかっこよかったって!」
「ほんと? 二人に褒められたら疲れも吹き飛ぶなぁ」
そんな話をしているとあっという間にパンデオンの町に到着。今日の宿は既に取ってあるので、そのまま冒険者ギルドに行く。
「依頼達成の報告です」
「あ、カイセーさん、お帰りなさい!」
一度しか顔を合わせてないのに名前を憶えてるなんて凄いなぁ。僕が採取した薬草をカウンターに置くと、女性職員はそれを持ってカウンターの奥へ。すぐに戻ってきて報酬を渡される。
「初依頼達成おめでとうございます」
木皿の乗せられているのは銀貨一枚。初心者向けのクエストなんてこんなものだろう。
「あ、そうだ。フライング・ホーンラビットの群れがいました」
「ええ!? お怪我は……大丈夫そうですね。遠目に見たとか?」
「いえ、倒しましたけど」
「は?」
「あ……倒しちゃダメでしたか?」
「あ、いえ、そんなことはないです」
「フライング・ホーンラビットも売れるんですかね?」
「もちろん買い取り出来ますよ! 何匹ですか?」
「匹」でいいのか。魔物だからか。
「54匹です」
「は?」
「54匹です」
女性職員はガバッと立ち上がりカウンターに身を乗り出した。顔が近いです。
「54匹!?」
「あ、はい。全部倒すの疲れました」
「ちょちょちょ、ちょっと待っててください!」
女性はまたカウンターの奥へ。落ち着きのない人なのかな?
「あー、フライング・ホーンラビットを54匹倒したって?」
「あ、はい」
見事な禿頭のおっさんが出て来た。誰?
「こっちに来てくれるか?」
「ええ」
僕たちは全員でおっさんの後を付いて行く。ギルドの横にある倉庫のような建物だ。
「ここに全部出してもらえるか?」
「分かりました。勇太、由依ちゃん」
「「はい」」
「おお、マジックバッグ持ってんのか」
僕たちが持ってるのはアイテムボックスだが、マジックバッグというものもあるようだ。指定された大きな木の台に仕留めたフライング・ホーンラビットを全て出す。
「……ほんとだな」
え、疑ってたの? 嘘つく理由がないんですけど。
「すまんな、普通のウサギをフライング・ホーンラビットと偽って買い取りに持ってくるバカがいるんだよ」
「へ、へぇ」
「名乗るのが遅れたが、ギルマスのダスターだ」
またギルマスか!? ギルマスってそんなポンポン会えるもんなの? 僕たちはそれぞれ名乗って挨拶した。ひなちゃんもちゃんとお名前を言えて偉いぞ。ちなみにアドレイシアは現在姿を消している。
「フライング・ホーンラビットの群れはCランク推奨なんだよ。お前らほんとにFランクか?」
「と言われましても。ついこの前冒険者登録したばかりで」
「……ま、取り敢えずEに上げとくわ」
ん? 今何と?
かる~い感じでギルマスからそう言われた。飛ぶウサギをたくさん狩ったらEランク冒険者になってました。フライング・ホーンラビット54匹、買い取りは金貨1枚、銀貨6枚、大銅貨2枚になりました。角は薬に、毛皮は服の素材になるらしい。お肉も美味しいので肉屋に卸せるそうだ。
そして翌日。護衛の冒険者が見付かって出発するのだが、その後僕たちはこれまでで最も格上の敵と遭遇することになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます