第24話 皇国の思惑(SIDE:佑)

 時は少し遡る。冒険者ギルド裏の訓練場で魔法の講習を受けていた佑だが、突然現れた皇宮の兵士によって、講師のネフィルと共に皇宮に連れて行かれた。


 佑はプルシア・クルーデン・アベリガルド第三皇女の待つ離宮へ。ネフィルはヘクトール・バスタン・アベリガルド皇帝の待つ皇宮の執務室へ、それぞれ数名の兵士に伴われて向かうことになった。





「賢人様、ご無事で何よりです」


 美しく長い銀髪を高い所で結んだプルシア皇女が、慈愛に満ちた笑顔を浮かべてそう告げた。


 この皇女は、自分たちが召喚した佑たちの名前すら把握していない。佑も聞かれていないから名乗っていないのだ。名を聞かない、つまり興味がないのだろう。自分たちと異世界から来た「賢人」を区別している。皇女にとって佑たちを「賢人」と認識していれば十分なのだ。そこに、個人として尊重しようという意思は窺えなかった。


「あとのお二人はどこにいらっしゃるのかしら?」

「……俺には分かりません。俺達を攫った奴に聞いた方がいいんじゃないですか」


 まただ。またと言った。ひなちゃんは最初から居なかったことにしたいらしい。それに腹が立った佑は、皇女の言葉に冷たく言い返す。彼女の笑顔が凍り付いたように見えた。


「攫った……あなた方はこの離宮から攫われたのですか?」

「そうなりますね」

「そうですか……まあ良いでしょう。今は貴方がお戻りになったことを喜びましょう」


 その顔は少しも嬉しそうではない。


「貴方には、明日から使命を果たしていただきます」

「使命?」

「魔人族から我々をお救いいただくという使命です」


 この前は「手助けをしていただけないでしょうか」と佑たちに縋るような言い方をしたのに、もう体裁を繕う気もないということだろう。勝手に召喚しておいて何様のつもりだ。沸々と怒りがこみ上げるが、佑は懸命に堪えた。


 称号とスキルを「鑑定」すると言っていたし、多少の訓練が必要とも言っていた。その訓練を明日からやるということだろうか?


「明日、北のベイディン領へ向けて発ってください」

「ベイディン領?」

「魔人族と戦っている最前線があります」


 この女は何を言っているんだ? 何の訓練もしないまま戦地に赴けと、そう言ったのか?


「フフフ。そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ? 『極氷のマキシマ・フリーガスネフィル』様が同行してくれますから。彼女さえ居れば戦況は引っ繰り返ります」

「……それなら俺が行く必要はないんじゃないですかね?」

「あらまぁ! 私たちが召喚した賢人様が、私たちのために戦うのは当然のことではありませんこと?」


 ……駄目だ、こいつの言ってることが全く理解出来ない。


『賢人の召喚は大義名分』


 開星の言葉が頭を過った。戦争が長く続いていることで国民の不満が高まっている。皇国は賢人を召喚し、その不満を逸らそうとしているのではないか。


 プルシア皇女にとっては、賢人が戦地で死んでくれた方が寧ろ都合が良いのだ。賢人様は国民のために戦って死んだ、だから不満を口にするくらいなら力を合わせて賢人様の仇を取ろうじゃないか。そんな風に国民の意識を誘導出来るから。


 皇女の思惑が全て分かったような気がした。それが皇国の意思なのか、皇帝自らがそれを容認しているのか、そこまでは分からない。だが皇女一人で描ける絵図ではないだろう。少なくとも皇帝は黙認しているのだ。


「……分かりました。明日からベイディン領に向かいます」

「ご理解感謝しますわ」


 皇女は満足そうに部屋を出て行った。部屋には佑と、恐らく監視のためだろう、三人の兵士が残された。


 ここで反抗しても、殺されて戦地に死体を運ばれるだけだろう。そう思ったから、佑は従うフリをしたのだった。ソファに腰掛けた佑の脳内では、どうやって逃げ出すかのシミュレーションが始まっていた。





「其方には、明日からベイディン領に向かって欲しい」

「……」


 皇宮の四階部分、奥まった場所にある皇帝の執務室。豪奢な椅子に座った尊大な態度の男が、エメラルドグリーンの髪をした少女に告げていた。


「皇帝である余自身が頼んでいるのだ。行ってくれるな?」


 人に物を頼む態度には全く見えないが、皇帝ヘクトールにとっては「頼んで」いるらしい。


「もちろん十分な報酬を約束する。前金で3億ベント、最前線の敵軍を退ければ成功報酬で5億ベント支払おう」


 前金だけで大金貨30枚。一介の冒険者に支払う報酬としては望外の金額である。だが、皇帝にとってこのネフィルという人物はそれだけの金を支払う価値があった。


 『極氷のマキシマ・フリーガスネフィル』。ソロ冒険者でAランク。しかし魔法の腕だけならSSランクと言われている。極級氷魔法まで使える数少ない魔術師。彼女がその気になれば、この皇宮の敷地全体を氷漬けに出来るのだ。


 それだけの実力がありながら何故Aランクなのか……偏に、極度の面倒臭がりのため依頼をあまり受けないからである。つまり実績が不足しているのだった。


「ん、分かった。じゃあ前金、今払って」

「貴様、陛下に向かってその口の利き方――」

「黙れ、メネシス。良い、許す。報酬を持ってこい」


 執務室には、皇帝の他に宰相と近衛騎士が同席していた。メネシスとはこの同席している近衛騎士の筆頭である。皇帝ヘクトールは宰相に向かって金を持ってくるよう指示した。宰相はすぐに隣室へ行き、銀のトレイに乗った30枚の大金貨を持って戻ってきた。


「報酬を受け取るということは、依頼を受けるということだな?」

「ん」

「よし。ベイディン領には賢人が同行する。大した力も持っておらんだろうが、盾くらいにはなるであろうよ」

「ん」


 大金貨30枚をマジックバッグにしまったネフィルは、別の兵士に付き添われて執務室を後にした。そのまま皇宮の三階部分にある客室に通される。監視付きの佑とは異なり、部屋では自由に過ごせるようだ。さすがに扉の外には兵士が立っているが。


 一人になったネフィルは、マジックバッグから一枚の紙とペンを取り出した。書き物机に向かい、一心不乱に何かを書き付ける。背が低いので、椅子に座ると足がプランプランと宙に浮くのはご愛敬である。


 書き終えたネフィルは、その紙を丁寧に折りながら何事か呟き始めた。


「『精霊よ、我が魔力を糧に願いを聞き届けよ。蝶の姿を借りて我が言葉を真に必要とする者に伝えよ』」


 折り畳まれた紙片が紫色に光り、ひとりでに動いたかと思ったら、小さな蝶になった。客間の窓を開けると、蝶はヒラヒラと飛び立って行った。


「あとは…………寝よう」


 食事の準備が出来たら呼ばれるだろう。そう思って、ネフィルはフカフカのベッドに横になった。考えるのは後で良い。一分も経たないうちに、すぅすぅという寝息が聞こえてきたのだった。





 佑が軟禁された離宮には客間があったが、ずっと誰かに監視されていたため良く眠れなかった。眠い目を擦りながら身支度をし、簡素な朝食を食べ、また兵士に付き添われて外へ出る。


 門の方へ少し歩くと馬車が停まっていた。その周りには6頭の馬と金属鎧の兵士が6人。それとは別に御者が二人。兵士に促されて馬車に乗ると、エメラルドグリーンの髪をした少女が居眠りしていた。


「ネ、ネフィルさん」

「ん……ん?」

「あ、すみません、起こしてしまって」

「ん、寝てない」

「そうですか……」


 佑はネフィルの向かい側に腰を下ろした。他には誰も乗り込むことなく、直ぐに馬車は出発する。


「『精霊よ、我が魔力を糧に聞き届けよ。我が居る閉ざされた空間の音を遮断せよ』」


 次の瞬間、それまで聞こえていた馬の蹄の音、馬車の車輪が石畳を転がる音が消えた。


「今のは、防音ですか?」

「ん。防音結界」


 佑は「スキル:詠唱記憶」によって防音結界を憶えた。ただし、ネフィルが使っているのは「精霊魔法」のため、佑にも使えるかどうかは分からない。


「なぜ、防音を?」


 まさか、俺を殺すように依頼された? 佑がそんな風に警戒すると、ネフィルは自分の隣をポンポンと叩いた。


「座って」

「……はい」


 言われた通り、隣に座る。もちろん密着するのではなく、可能な限り離れてだ。


「今から大事な話、する」


 そう言っても佑が離れたままなので、仕方なくネフィルの方から佑に近付く。太腿が触れそうな距離だ。と言っても、見た目10歳のネフィルに変な感情が湧くことはない。


「あたしの本当の依頼者はシェブランド・ビードリヒテン。魔人族の王」

「……え?」

「皇国の動向を探る為に雇われた。皇国はあたしに魔人族の前線を押し上げろと依頼した。大金貨30枚の前金で。ギルドを通してないから、有難く頂いておく」

「は、はあ。えーと、つまりネフィルさんは……魔人族の為に動いてる?」

「ん」

「皇国を……皇帝を、騙した?」

「ん」


 ネフィルがドヤ顔している。いや、ドヤる所か、それ? 下手したら皇国から追われる身になるんじゃないの?


「俺はどうなるんですか?」

「ん?」

「それを俺に聞かせたってことは、俺を殺すんですか?」


 佑は覚悟を決めて問い質した。もちろん簡単に殺されるつもりはない。精一杯足掻いてやる。


 しかし、ネフィルはプルプルと首を振った。


「タスク、皇国、好き?」

「……いいえ、嫌いです」

「だと思った。皇国はタスクが死んでもいいって思ってる。あたしはタスクを気に入ったから、逃がす」

「へ?」


 いつ、どんな所を気に入られた?


「タスクはあたしを見た目で判断しなかった。あたし、ハーフエルフ。これでも22歳」

「ええ!?」

「それに、まだ魔法講習終わってない」

「……」

「途中で邪魔された」

「そう、ですね?」

「だから魔法も教える。タスクが望めば」

「望みます! 是非、お願いします!」

「ん。じゃあ現場に着いたらあたしの傍を離れないで」

「分かりました!」


 ネフィルは、皇帝が言った「賢人も盾くらいにはなる」という言葉に腹を立てていた。自分たちの都合で別の世界から召喚したくせに、消耗品として扱おうとしていることが許せなかった。そんな境遇の佑に同情し、仕事のついでに助けるのも悪くないと思ったのだ。


 佑にとっては僥倖だった。何せ魔法の実力だけならSSランクと言われる人物である。こうして、協力関係を結んだ佑とネフィルは、皇国北部のベイディン領に向かうのだった。

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