第23話 目的地(仮)決定
翌日、商人ギルドにピンク岩塩と粒胡椒を卸した際、口座を開設した。商人ギルドは国に縛られない組織であり、ある程度の規模がある街ならどこにでもあるそうだ。そして口座に預けたお金はどの街のギルドでも出金できると言う。
お金の出し入れには一回銅貨5枚(500円)の手数料がかかるけれど、その国の通貨で引き出せるそうなので利便性が非常に高いと判断した。
今日商人ギルドに買い取って貰ったピンク岩塩と粒胡椒は、それぞれ十袋ずつで合計金貨十三枚。金貨十枚で大金貨一枚である。日本円換算だと1,300万円だ。
僕のアイテムボックスにはアベリガード大金貨が15枚あって、これが大変使い勝手の悪い通貨だった。大金貨一枚は1,000万円相当の価値があり、当たり前だけど屋台や商店では使えない。大金貨はかなり大きな取引でしか使わないのである。
みんなと相談して大金貨15枚を口座に預けた。今日の取引分は金貨で受け取り、そのうちの一枚を商人ギルドで銀貨100枚に両替してもらった。この両替にも手数料で銅貨5枚を支払った。
昨日の分と合わせて、アイテムボックスに入っているお金は金貨14枚、大銀貨6枚、銀貨176枚、あとは大銅貨と銅貨が数枚ずつである。もちろんこれらのお金は僕個人のものではない。佑を含めた五人の共有財産だ。ギルドに預けたお金の大半は皇宮からパクッたものだから「財産」と言って良いかは疑問だけれど。
「キシ様、とても良い取引をさせていただきました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
マレオさんがわざわざ僕たちを見送りに来てくれた。ミンダレスの街に来たら、またぜひピンク岩塩を売ってくれと念押しされたよ。
「これからどちらに行かれるのですか?」
「まだはっきりとは決めてないんです。取り敢えず東に向かいますけど」
「そうですか……そう言えば、ヴェリダス共和国では今胡椒が不足していると耳にしましたよ?」
ヴェリダス共和国とはここから二つ東隣の国らしい。
「あの国は賢人様の聖女様がいらして、賢人様をとても大切にしているとも聞きますな」
マレオさんから唐突に「賢人」という言葉が出て、僕は思わず飛び上がりそうになった。
『【スキル:平常心】が発動しました』
……平常心先輩、いつもお世話になってます。
「そうなんですねぇ。胡椒が不足しているなら行ってみても良さそうですね」
「ええ。きっと高値で売れるでしょう」
ニコニコ笑顔のマレオさんと再びガッチリ握手して商人ギルドを出た。ギルドから十分離れた頃、由依ちゃんが尋ねてきた。
「マレオさん、私たちが賢人って気付いてますよね?」
「そうだね。それだけじゃなく、僕たちの境遇も察していたのかもね」
「え、そうなんすか!?」
「「…………」」
「え、分からなかったの俺だけ?」
「ひなも分かんない」
「だよなー! ひなちゃんも分かんないよなー!」
――チリン。
「……何か今、アドレイシアに物凄く馬鹿にされた気がするっす」
7歳児と同じレベルじゃアドちゃんも呆れちゃうぞ、勇太。
精霊のアドレイシアは姿を見せたり消したり自由に出来る。さっきまではずっと姿を消していたのだ。今は僕たちにだけ見えるようにしているらしい。
「あの人は根っからの商売人なんだろうなぁ。僕たちに恩を売っておけば、後々利益に繋がるかも知れないと考えたんだろう」
もちろん純粋な善意の可能性もあるが、そう考えた方がしっくり来た。
「でも、おかげで取り敢えずの目的地が決まりましたね!」
「そうだね!」
「お父さん、どこ行くの?」
服の裾を引っ張るひなちゃんを抱き上げて頬擦りする。あー癒される。
「ヴェリダス共和国ってとこだよ!」
「ゔ、ゔぇりだしゅ……きょーわきょく?」
「そうそう! きょーわきょくだ!」
それにはまず、この皇国を出なきゃね。
「おっさん。子連れで冒険者って、冒険者舐めてんのか?」
あれから僕たちは冒険者ギルドにやって来た。岩塩と胡椒を売る以外でお金を稼ぐ手段を考えた時、勇太が「やっぱ冒険者っしょ!」と言ったからだ。正直、僕も興味があった。果たしてこの世界には「冒険者」という職業があり、「冒険者ギルド」という組織もあった。ならば試しに登録してみようと思うのはいけないことだろうか?
「すみません、不慣れなもので」
「あ?
ひなちゃんと一緒に観たアニメでは、冒険者ギルドのカウンターにはだいたい美少女の受付がいたのだが、こっちの世界ではガラの悪いおっさん(同年代)が座っていた。冒険者から絡まれているのではない。受付のおっさんから絡まれているのだ。
「ちょっとギルドマスター! 何やってるんですか!?」
「何って、こいつが子連れで冒険者登録するって言うからよぅ」
「言うからよぅ、じゃありません! お子さんを登録するって言うならともかく、正当な理由もなく登録を拒否するのはギルド規定に違反しますよ!?」
青い髪をボブカットにした女性(美少女)がおっさんに食ってかかっている。て言うかギルドマスター? ってここで一番偉い人じゃないの?
「ギルマスはギルマスの仕事をしてくださいっ!」
「へいへい、分かったから怒鳴るんじゃねぇよ、んったく……」
ガラの悪いおっさん改めギルドマスターは、頭をポリポリ掻きながらカウンターの奥へと消えていった。なんだったの?
「……コホン。冒険者ギルド・ミンダレス支部へようこそ! 冒険者登録ですか?」
「えっと、今の
「はい!」
キラキラした笑顔で肯定された。まぁいいか。
冒険者登録は、一人大銅貨5枚(5,000円)と簡単な書類の記入で終わった。ここでも年齢制限でひなちゃんの登録は出来なかった。僕たちは銅色のカードを無事受け取り、そのままギルドを出た。
「テンプレ展開キター! って思ったっすよ!」
「勇太、何でそんなに嬉しそうなの?」
「強そうな冒険者に主人公が絡まれて、簡単にあしらって一目置かれるんすよ!」
「あれは強そうなじゃなくて本当に強い人だし、別に一目置かれたくない」
簡単にあしらわれるのはこっちだよ。
――チリリン、チリンチリリン。
「お父さんなら、あの人にも勝てるのにーってアドちゃんが言ってるよ!」
「うそん」
そんなわけあるか! 娘の前で無様を晒したくないわ! と言うより、大人だから簡単に喧嘩なんてしません。
「アドちゃん、買い被り過ぎ。僕は喧嘩弱い、って言うか喧嘩なんかしたことないからね?」
――チリ?
僕の目の前で、アドちゃんが腰を傾げている。首ではない、腰から斜めになっているのだ。体全体で疑問を呈している。
あー、まぁ、盗賊っぽい奴を殺したからねぇ……。アドちゃんは僕のことを喧嘩っ早い野蛮な男だと思っているのかも知れない。追々誤解を解かねば。
「開星さん、今日はこのままここに泊まります?」
「そうだね。ここから隣国行きの馬車とか出てないかなぁ」
長距離バス的なやつ。さすがに徒歩で二つ隣の国はキツい。
「宿の人に聞いてみようかな」
「そうですね! あと、旅に必要そうなものを買いましょう!」
「確かに。それは大事だ」
僕たち四人はまず宿に戻り、今夜の宿泊料を支払ってから宿の人に色々と尋ねた。
その結果、東の隣国であるキャルケイス王国行きの乗合馬車があるらしいので、その発着場所を聞いた。それから一度部屋に入り、みんなで旅に必要と思われる物を自由に意見し合った。
全員アイテムボックスを持っているし、お金も十分ある。だから、「使うかどうか分からないけれどあったら便利そうな物」でもどんどん買うことにした。
乗合馬車の発着場へ行くと、丁度キャルケイス王国からミンダレスに到着した馬車がいて、この馬車が明日乗客を乗せて出発するらしかった。まだ空きがあるとのことで料金を聞くと、キャルケイス王国西端の街(そこが終点だ)まで、一人銀貨5枚。四人で20枚(20万円)だ。これには護衛として同行する冒険者の護衛代が含まれている。一人銀貨1枚払っておけば予約できるそうなので、その場で銀貨4枚を支払った。
それから夕食までは買い物三昧だ。まず大量の食材。肉、野菜、パン。残念ながら米はなかったが、数種類のショートパスタがあったのでこれも購入。そして料理油、香辛料、調味料各種も買った。
次に調理器具。真っ先にケトル、そして大きさ別で鍋を三つ、大き目のフライパン、まな板、包丁を購入。ナイフとフォーク、お皿各種、マグカップを人数分。鉄串を40本ほど。それにボウルやヘラ等の細々したもの。
そして、勇太が「絶対必要っす!」と言っていたクッション。これは馬車でお尻の下に敷くためである。クッションは滅茶苦茶たくさん買った。そんなにたくさんお尻に敷けないが、あると便利そうなので、色んな大きさや形のものを購入。ついでに毛布10枚、ブランケット10枚、タオル大小各50枚も買いました。
銀貨30枚分くらい買い物した。めちゃストレス発散。
そして次の日の早朝。残りの乗車賃、銀貨16枚を支払って僕たちは乗合馬車に乗り込んだ。奴隷商人が使っていた幌馬車とほとんど同じだが、荷台の長辺側に置いてある木箱を椅子替わりに使うようだ。
乗客は、僕たちの他に6人。御者のおっちゃんが一人、馬で同行する護衛の冒険者が4人。合計15人でミンダレスの街を出発したのだった。
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