第22話 商人ギルドに行こう

 購入した大量の服は、洋服屋さんが善意で宿まで運んでくれた。一応、持って来てくれた店員さんたちには大銅貨五枚を謝礼としてお渡しした。


 女子の方が着替えに時間がかかるだろうと思い、僕と勇太は部屋を出て由依ちゃんとひなちゃんが着替え終わるのを待つことにする。全員分の身分証を作りたいから、商人ギルドには四人で行くつもりなのだ。


「お待たせしました!」


 覚悟した程は待っていない。たぶん二十分くらいかな? 由依ちゃんは動きやすさを重視した、ブルーのブラウスとこげ茶色のショートパンツ。ひなちゃんは、淡い黄色の袖なしワンピース。


「おお! 二人とも可愛いね!」

「かっ!?」

「かわいい?」


 由依ちゃんは何故か顔を真っ赤にして固まり、ひなちゃんはその場でクルクル回ってくれた。ああ、おっさんが女子高生に向かって迂闊に可愛いなんて言っちゃいけないよな。下手しなくてもセクハラ案件かも知れん。


 二人の姿を見て、アドレイシアも小さな手をパチパチ叩いて喜んでいるようだ。


「由依ちゃん、ごめん。さっきのは聞き流して?」

「い、いえ……その、う、嬉しかった、です」

「ほんと? 無理してない?」

「む、無理してないです!」


 由依ちゃんにそっぽを向かれてしまった。はぁ、年頃の女の子は難しいねぇ。


「よし勇太。僕たちもさっさと着替えよう」

「了解っす!」


 僕は商人を意識して、と言ってもこの世界の商人のスタンダードが分からないけれど、黒っぽいズボンに白シャツ、黒のベストという無難な恰好にした。勇太は明るい茶色の膝丈パンツに上は生成り色のチュニック、その上から紺色のロングベストだ。


 宿では偽装してなかったので、全員で宿を出てから建物の陰で髪と瞳の色を変えた。髪は全員明るい茶色、瞳も明るいブラウンである。


 東に向かって十分ほど歩くと、宿の人に教えて貰った青い建物を発見した。羊と羊飼いを象った木製看板が掛かっている。それとは別に、この世界の文字で「商人ギルド」と書かれた看板もあった。


「ここで間違いないな」


 扉を開き、三人を伴って中に入った。一応、ひなちゃんはそのまま娘、由依ちゃんと勇太は姪と甥という設定だ。


「いらっしゃいませ。ご用件を伺います」


 企業の受付のように、カウンターの向こうに女性職員が座っていた。


「商人ギルドに登録したいのですが」

「新規のご登録ですか? ご商売の形態は?」

「えー、行商人です」

「店舗はないんですね?」

「ええ」

「どのような品を取り扱うご予定ですか?」

「一応、最初はこのような物を」


 僕は、カウンターの上に二つの小さな袋を置いた。それぞれピンク岩塩と粒胡椒が入っている。


「拝見しても?」

「どうぞ」


 女性は口を縛っている紐を解き、袋の中を確認した。


「こ、これはっ!?」

「岩塩と胡椒です」

「しょ、少々お待ちください!!」


 女性は立ち上がり、慌てた様子でカウンターの奥に引っ込んだ。ここまでは想定の範囲内。勇太が僕の後ろで俯きながら口をもにゅもにゅしている。


 勇太からは、地球の高品質な粒胡椒に驚かれ、その後偉い人が出て来るという予想を聞かされていた。今まさにそんな状況なので、ドヤりたいのを我慢しているのだろう。


 やがてさっきの女性が初老の紳士を連れて戻ってきた。


「初めまして。私は当ギルドの責任者、マレオ・ペイタスです」

「初めまして、カイセイ・キシと申します。こちらは娘のヒナ、姪のユイ、甥のユウタです」


 僕の名前は皇国に知られていないからそのまま名乗った。


「ご相談があるのでこちらにお越しいただけますかな?」


 マレオさんに促されて応接室に通された。さっきの女性がお茶を淹れてくれる。


「それで、ご相談とは何でしょう?」

「実は、こちらの商品を当ギルドに買い取らせていただけないでしょうか」


 そうしてマレオさんが僕に示したのは粒胡椒……じゃなくて、ピンク岩塩だった!


「この色味……最高級の岩塩ですな。もちろんご存じでしょうが、この赤味が強いほど甘味を含むのです。これを使えば料理に大変な深みが出る……焼いた肉に振りかけるだけでとびきりの料理になる。これは貴族がこぞって欲しがりますぞ。もしキシ様が貴族の販路をお持ちなら別ですが……失礼ながらそうではないとお見受けいたします」


 さ、最高級の岩塩? 貴族が欲しがる? 赤いほど甘いなんて知らなかったよ……?


『【スキル:平常心】が発動しました』


 うん、問題ない。僕は落ち着いている。


「今のところあまり数が用意出来ないのですが……」

「そうでしょうとも! これだけの岩塩、易々と手に入る筈がございません」


 いや、無限に複製されるんですけど。


「因みに、今どれくらいの量をお持ちで?」


 僕は懐からもう一つ、ピンク岩塩を入れた袋を取り出した。


「そちらとこちら、二袋しかないのです」

「そうですか……」


 マレオさんがあからさまに残念そうな顔をしたので、僕はつい調子に乗ってしまった。


「明日でしたら、あと十袋くらい用意できるのですが」

「おお! 是非お譲りいただきたい!」

「買取額はいかほどでしょうか?」

「こちらの粒胡椒も買い取らせていただいてよろしいですか?」

「はい」


 マレオさんは綺麗な装飾が施された天秤を持ち出した。まず粒胡椒を秤に掛ける。


「こちらは……一袋、大銀貨一枚というところですな」


 おおぅ! それで10万円になるのか!

次にピンク岩塩を秤に掛けた。


「こちらは一袋……金貨一枚でいかがでしょう?」


 ……ピンク岩塩、100万円? 元手は袋代しか掛かってないのに? あまりの金額に言葉を失くすと、マレオさんは勘違いしたらしい。


「いや、一袋金貨一枚と大銀貨二枚、これでいかがですか!?」


 一瞬で20万円も上がったよ……。


『【スキル:平常心】が発動しました』


 大丈夫。僕は落ち着いてる。


「それでお願いします」


 僕とマレオさんは立ち上がり、ガッチリと握手した。今日一日で260万円の稼ぎ。元手は袋四枚=銅貨四枚、つまり400円である。


「うっかりしておりました。キシ様は商人ギルドにご登録にいらしたのでしたね」

「ええ、そうです。実は家族全員で登録したかったのですが」

「姪御さんと甥御さんはおいくつですか?」

「二人とも15歳です」

「それでしたら、お三方は問題ありません。ただ娘さんは……」

「やはりそうですよね」

「ですがお父君であるキシ様が身分証を持っていれば、何も問題ないかと」

「そう、なんですか?」

「ええ」


 マレオさんは上機嫌でそう教えてくれただけでなく、なんとギルド登録をタダでしてくれた。本来なら一人大銀貨一枚かかるらしい。ピンク岩塩で相当儲かるんだろうね。


 ただ、僕たちには高値で売り捌く販路なんてない。だからこれ以上欲をかかない方が良いのだ。何と言っても元手はタダみたいなものなんだから。


 少し待っていると、最初の女性がギルドカードという物を持って来てくれた。クレジットカードより一回り小さな金属製のカードだ。


 明日の午前中にピンク岩塩十袋(とついでに粒胡椒十袋)を持ってくる約束をして、僕たちは商人ギルドを後にした。


「勇太、予想が当たったね!」

「いやハズレっすよ! 胡椒じゃなくて岩塩だったかぁ」


 言葉とは裏腹に、勇太はちっとも悔しそうじゃない。僕も由依ちゃんも、もちろん勇太も、清々しい笑顔だ。


「お父さん、うれしいの?」

「ああそうだよ! 問題が二ついっぺんに解決したからね!」

「そうなんだ! よかったね!」


 僕はひなちゃんを抱き上げて、その場でクルクルと回った。ひなちゃんはキャッキャッと楽しそうな声を上げてくれる。


 身分証を手に入れたこと。そして、この世界でお金を稼ぐ算段がついたこと。どちらも重要だけど、後者の持つ意味は非常に大きい。生きていくにはお金が必要である。知らない世界でどうやってお金を稼げば良いのか、さっきまで分からなかった。その不安を鉛のように重く感じていたのだ。


 どこへ行っても同じ値段で売れるとは限らないが、少なくともこのミンダレスの街なら岩塩を売ってお金を稼げるのだ。それが知れただけでも重畳というものだろう。


 宿に戻る途中で雑貨屋に寄り、同じ袋をあるだけ買った。たぶん500枚はあるだろう。大銀貨で支払い、銀貨五枚のお釣りを貰う。こんな袋を大量買いするなんて、雑貨屋の店主が怪訝な顔で見てたけど気にしない。


 そうそう。商人ギルドには名前だけじゃなく商会名も登録した。もちろん商会の名前は「K3Y商会」だ。佑が追い掛けてきた時、手掛かりになるように合言葉を商会名にしたのだ。


 宿に帰ってから、四人でひたすらピンク岩塩と粒胡椒の袋詰めをしたのは言うまでもない。

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