第21話 異世界でお買い物

 いやぁ、寝ました。たぶん、宿に入ったのは昨日の昼過ぎくらいだと思うんだけど、二度ほど食材を出すのに起こされた以外、朝までぐっすりでした。睡眠、ほんと大事。


『【スキル:睡眠回復(中)】を獲得しました』


・スキル:睡眠回復(中)……睡眠による体力回復に中程度の+補正がかかる。


 ……いや、今かよ。せめて二日前に欲しかったわ。


 それはそうと、起きてびっくりしたんだけど四人が同じ部屋だった。いや、安全のためには四人一緒の方が良いとは思うが、女子高生とおっさんが同じ部屋で寝るって大丈夫か?


「あ、開星さん。おはようございます」

「あ、うん。おはよう」


 しかし由依ちゃんは気にしてないようで、僕が意識し過ぎなのかも知れない。


「お父さん、おはよー」

「ひなちゃん、おはよう! 今日も天使だね!」


 因みに勇太はまだ眠っている。彼も僕と同じくらいには疲れていたはずだから仕方ない。


 今日の予定は、昨日門兵さんが言っていた「商人ギルド」へ行ってみること。そこで身分証の発行にチャレンジするつもりだ。


 勇太によれば、異世界では「冒険者ギルド」で冒険者として登録し、身分証を手に入れるのが定番らしい。もちろんそれも視野に入れている。冒険者ギルドというものが本当にあれば、の話だが。


 しかし……腹が減った。ここは一つ、街の観察がてら食べ物を買って来よう。


「由依ちゃん、何か食べるものを買って来ようと思うんだけど、ひなちゃんをお願いして良いかな?」

「はい! 任せてください!」

「ひなちゃん、お父さんご飯買ってくるから、由依お姉ちゃんと待っててね?」

「うん……早く帰って来て?」


 娘の上目遣いの攻撃力よ……。


「うん、お父さんやっぱ行くの止める」


 由依ちゃんがジトっとした視線を向け、ひなちゃんはこてんと首を傾げた。


「……嘘嘘! なるべく早く帰るからね!」


 ひなちゃんの頭を一頻り撫でて部屋を出た。僕たちの部屋は四階に位置する。一階まで降りてカウンターに立つ宿の人に色々と聞いてみる。


「おはようございます。この辺で屋台や露店はありますか?」

「ああ、おはようございます。一本南の筋にたくさんありますよ」

「あと、商人ギルドはどの辺ですか?」

「この道を東に十分ほど歩けば青い外壁の五階建ての建物があります。そこが商人ギルドですよ」

「なるほど。ちなみに、この宿でも食事は摂れますか?」

「ええ。一階が食堂になっておりますので」

「色々教えていただきありがとうございます。あ、そうだ。今夜も続けて泊まれます?」

「問題ございませんよ」

「じゃあ今夜の分を先にお支払しておきます」


 カウンターに、また銀貨八枚を置く。途端に宿の人は上機嫌になり、聞いていないことも色々と教えてくれた。主に酒場とか娼館とか。……今はそういう情報は要らぬ。


 しかし、二泊で16万円か……うかうかしていたらすぐに手元のお金がなくなるなぁ。元々僕のお金じゃないけれど。


 外に出ると、この宿は四階建てだった。えーと、西から入って来たはずだからこっちが南だよな……。お、あったあった。宿の人が教えてくれた通り、通りの左右に食べ物の屋台が軒を連ねている。何だかお祭りみたいだな。


 ……よく考えたら、この世界に来て初めての異世界料理じゃないか!? お腹壊したりしないかな? 味付けとかも不安だな……。


 とは言え空腹には勝てないわけで。物凄く香ばしい匂いを撒き散らしている、でっかい肉串の屋台に惹き付けられた。屋台の前面に貼られた黄色い紙に「一本500ベント」と書かれている……いや、ベントって何だよ!? 通貨の単位は銀貨とかじゃないの?


 などと憤っていると、先に並んだ男性が銅色の硬貨で支払っていた。


「すみません、銀貨使えますか?」

「……何本買うんだい?」

「えー、八本」

「なら銀貨でもいいよ。ほら、6,000ベントのお釣りね」


 屋台のオヤジは、そう言って僕に大きめの銅貨を六枚手渡した。ふむふむ、これは大銅貨で、一枚1,000円の価値と思っておけばだいたい合ってるだろう。


「はい、お待ちどうさま! 熱いから気を付けなよ!」

「ありがとう!」


 スパイシーな香りのする肉串が入った紙袋を片手に、他の屋台も覗いてみる。すると、サンドイッチやパニーニのような食べ物が沢山あった……しまった、匂いに釣られてついつい肉串買っちゃったよ。


 取り敢えず人数分のスープとマンゴーに似た果物を買って宿に戻った。


「お父さん!」

「ひなちゃん、ただいまー」

「開星さん、もう体大丈夫っすか?」

「おー、勇太も起きたんだね。いっぱい寝たらスッキリしたよ」


 部屋にあるテーブルに買ってきたものを広げる。よく考えたら、朝イチからがっつりお肉ってどうなんだろう……。


「うわ、めっちゃいい匂い!」

「美味そう!」

「この匂いに釣られて買っちゃったんだよねぇ」


 由依ちゃんと勇太は肉でも大丈夫らしい。


「ひなちゃん、お肉食べれそう?」

「うん……ちょっとおっきい?」

「そうだね、ちっちゃく切り分けようか」


 アイテムボックスから紙皿と小型ナイフを取り出し、食べやすい大きさに切る。一口先に味見してみると――。


「ふむ。ちょっと味付けが濃いけど悪くない」

「お父さん、ひなも!」


 割り箸も出して、切り分けたお肉をひなちゃんの前に置いた。お箸をちゃんと使って口いっぱいにお肉を頬張る娘……可愛すぎて鼻血出そう。


 ふと横を見ると、由依ちゃんと勇太もガツガツと食べている。異世界の肉串がみんなのお口に合って何よりです。


「スープは……なんだか薄味だな」


 細かく切った野菜とベーコンのような肉片が入ったスープは……うん、あまり美味しくない。この店が美味しくないのか、それともスープ全般が美味しくないのかは分からない。人数分買って来たけれど、みんな一口飲んだ後は進んでいない。


 果物の方は、食感はマンゴーで味はリンゴだった。酸味と甘みのバランスが良くて、これは当たりだな。一個300ベントとそれほど高くなかったし、アイテムボックスに入れておけば腐らないから沢山買っておこう。


 こんな感じで朝昼兼用の食事を終えた後、商人ギルドについてみんなと相談する。


「登録料がどれくらいするんすかね」

「全然想像つかないなぁ」


 そもそも誰でも登録出来るものなのだろうか? 身元調査とかないのかな?


「まぁ行ってみるしかないか」

「開星さん、何か売れる物があるんじゃないでしょうか? 岩塩とか、胡椒とか」


 ここまでの道中でそんな話もしたのだった。キャンプ飯のために、ミルに入ったピンク岩塩と粒胡椒を持っている。それぞれ大した量ではないけれど、アイテムボックスの複製機能を使えば量は揃えられる。


 他にも売れそうな物はあるのだが、ここは無難に岩塩と粒胡椒で試してみよう。


「俺、入れ替え用の袋買ってきます」

「あ、勇太。お金」

「はい!」


 宿の二軒隣に雑貨屋があったので場所を教え、勇太に銀貨一枚と大銅貨二枚を渡した。アイテムボックスからピンク岩塩と粒胡椒を取り出す。ミルの蓋を外して準備。この時点でアイテムボックス内のそれらが復活しているのでまた取り出す。それを繰り返し、それぞれ十本ずつ用意した。それでも重さは200グラムくらいだろう。


 勇太が目の細かい麻布のような袋を買って来てくれたので、それに移し替える。ここで非常に重要なことに気付いた。


「服、買わなきゃ!」

「そ、そうでした……」

「うわ、俺このまま買い物に行っちゃいましたよ」

「お洋服、買うの?」


 偽装して商人ギルドに行っても良いが、いずれにせよ服は必要である。服をこの世界の人々に合わせれば、偽装は髪と瞳の色を変えるだけで済む。服まで偽装すると、触れられた時に違和感を覚えられてしまうのだ。


 僕たち四人は連れ立って階下へ向かった。朝話をした宿の男性がまだいたので、今度は服を売っている店を教えてもらう。どうやらこの国の庶民は、だいたい中古品で済ませるらしい。新品を仕立てるのはお貴族様や豪商くらいなのだそうだ。僕はセカ〇トとか丸っきり抵抗がない、というか寧ろ古着屋は好きだったので、そういう感覚で教えられた洋服店に行ってみた。


「へぇ」

「こんな感じなんだ」

「お父さん、かわいいお洋服ある?」


 ひなちゃんは何を着ても可愛いと思うけど、聞きたいのはそういうことじゃないだろう。そこはかなり大きな店で、着古した服を綺麗にお直しして売っているようだった。


「思ったより綺麗な服ばっかりだね。これなら可愛い洋服もあるかもね」

「ほんと!?」


 そうなのだ。継ぎ接ぎだらけで色褪せたような服ばかりと思っていたが、全くそんなことはない。良い意味で予想を裏切られた形だ。もしかしたら、宿の人がとても良い店を教えてくれたのかも知れない。


「よし、取り敢えず欲しい物は全部買え! 金のことは気にするな!」

「「「いぇーい!!」」」


 まぁ元々僕のお金じゃないんだけどね。みんな久しぶりにテンションが上がって、子供らしい笑顔を見せてくれた。やっぱり子供はこうじゃなきゃいけないな。


 そういう僕もテンションが上がり、両腕いっぱいに服を選んだ。ひなちゃんは由依ちゃんと一緒に選んだようだ。全員の服を合わせると軽トラ一台分くらいになったんじゃなかろうか。


 お会計、247,600ベント。銀貨約25枚。安いのか高いのか最早全然分からないけど、僕たちは謎の充実感と達成感を覚えながら宿に戻るのだった。

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