第20話 極氷のネフィル(SIDE:佑)
時は少し遡る。
冒険者ギルドで魔法講習を受けることになった佑。申し込んだ翌日の朝、彼はギルドを訪れた。昨日相手をしてくれた女性職員が目敏く佑を見付けて手招きする。
「あの紺色の帽子を被った背の低い方が今日の講師です。頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます」
教えられたのは、やはり昨日見掛けたエメラルドグリーンの髪の少女だった。
「はじめまして、タスクと言います」
「ん。ネフィル。先にお金」
ネフィル、が名前なのか? 眠たげな目で見上げて手を差し出された。その上にそっと銀貨を置く佑。
「付いて来て」
スタスタと歩き始める少女。とんがり帽子はいかにも魔法使い風だが、見た目は十歳くらいだ。本当に大丈夫か少し不安になりながら佑は付いて行った。
ギルドの裏口から外に出ると、テニスコート二面分くらいの広場になっていた。
「何使える?」
……言葉が足りないタイプのようだ。恐らく使える魔法のことを聞かれているのだろう。
「フレイムアローとダークアローです」
「ふ~ん。見せて」
ネフィルはそう言って、反対側にある的を杖で示した。
え、杖? いつの間に出したんだ?
ネフィルの身長より長い木製の杖は、先端がクエスチョンマークのように丸まっていて内側に青い玉が嵌っている。赤や緑、白の布が巻き付けられているが、随分薄汚れているように見えた。
アイテムボックスのようなものを持っているのだろうか?
「ん、時間もったいない」
「す、すみません。フレイムアロー、ダークアロー」
20メートルほど離れた的に1本ずつ魔法を放ち、綺麗に撃ち抜いた。これで良かったのだろうか、と佑がネフィルを見ると、眠たげな目が少しだけ大きく開かれ、直ぐ元に戻った。
「ど、どうでしょう?」
「……ん。無詠唱?」
しまった! この世界の魔法は詠唱が必要なのか!
「おかしいでしょうか?」
「……スキル?」
「え?」
「スキルなら有り得るから」
ギリセーフ! いや、別に召喚された賢人であることを隠しているわけではない。だが、一般的に賢人がどう思われているのか分かるまでは、自分から名乗るつもりはない。
「でも2属性の無詠唱はおかしい」
「っ!?」
「タスク……賢人?」
アウトだった!
皇都では黒髪・黒目の人間が、それほど多くはないが一定数いた。だから佑は、見た目で賢人と判別出来ないのだろうと思っていた。
「スキルで2属性あったら賢人なんですか?」
「ん。スキルはあっても1属性」
なるほど、と納得した佑である。
「おっしゃる通り、俺は賢人です」
「ん、分かった。魔法の何が知りたい?」
物凄くあっさりと納得され、佑は肩透かしを食ったような気分だった。だが大騒ぎされるより遥かにマシだ。
「俺は魔法のことは何も知りません。出来れば基礎から教えてもらえますか?」
ネフィルの眠そうな目を真っ直ぐ見て言葉にした後、佑は丁寧に頭を下げた。何の返事も帰って来ないので顔を上げると、ネフィルの嫌そうな顔が目に入った。
「……めんどい」
「めっ!? じゃ、じゃあ僕が聞いて、ネフィルさんがそれに答えるのはどうですか!?」
「……ならいい」
銀貨一枚を無駄にしなくて済みそうだ、と佑は胸を撫で下ろす。佑はどんどん質問することにした。
・スキル以外の魔法は詠唱が必要? →YES
・詠唱を覚えれば魔法は使える? →YESでもありNOでもある
・闇魔法を使える人は多い? →NO
・闇魔法の種類は? →ダークアロー、シャドウダイブ、シャドウバインド、その他は知らない
・初級と中級の違いは? →主に威力や範囲、或いはその両方
・級は上級まで? →最上級、極級がある
・上の級の魔法が使えるようになるには? →魔法の熟練度と魔力量
・熟練度と魔力量を増やすには? →魔物や魔獣を倒すのが一番早い
・多くの属性を使うには? →適性があるかまず試す
「適性のない属性は使えないんですか?」
「ん……適性がないと魔力をべらぼうに食う。結果的に使えない」
「なるほど……絶対に使えないわけじゃないけど、適性のある魔法を使う方が良い、ってことですね」
「ん」
ネフィルは質問にはきちんと答えてくれた。教えるのが面倒臭いのではなく、系統立てて基礎から教えるのが面倒だったらしい。
ここまで、約束の二時間のうち一時間以上を使っていた。
「ああ、時間がない!」
「ん。取り敢えず水魔法、覚える?」
「覚えます! お願いします!」
ネフィルによると、初球の水魔法は適性が低くても使える者が多いそうだ。飲み水としても重宝するので、是非とも覚えたい佑である。
「ん、見てて。『清浄なる水よ、我が魔力を糧に掌の上にひと掬い集いてその場に留まれ。ウォーターボール』」
言葉は少ないのに詠唱はスラスラ出るんだな……。佑がそんな感想を抱いていると、ネフィルの掌の上に拳大の水球が出現した。
「おおっ! すげぇ!」
佑が驚きと称賛の声を上げると、ネフィルが薄い胸を張る。ドヤ顔っぽくて少しウザい。
「ん、やってみ」
「え? えー、『清浄なる水よ、我が魔力を糧に掌の上にひと掬い集いてその場に留まれ。ウォーターボール』」
そんな長い詠唱、一度で覚えられる筈ないだろうと思っていたのに、何故かスラスラと口から出る。
「うわ、出たっ!?」
掌の上に拳大の水球が出現したが、驚きの声を上げた途端、崩れてベシャっと落ちた。
『【スキル:詠唱記憶】を獲得しました』
突然無機質な女性の声が聞こえる。
「え?」
「ん?」
「あ、いや……何でもないです」
スキルを獲得……アナウンス音声か。そういう設定の話も結構あったな。
「ほんとに初めて?」
「え、水魔法ですか? 初めてです」
「ん……上出来」
佑は思った。スキルで詠唱を憶えられるのなら、ネフィルに出来るだけ多くの魔法を使ってもらえば良いんじゃないか。そうすれば、自分もたくさんの魔法を使えるようになるのではないか?
「あの、ネフィルさん――」
その時、ギルドに通じる扉が乱暴に開けられた。思わずそちらを振り返ると、革鎧を装備して帯剣した男たちが十人ほど入って来た。
「賢人殿、ご無事でしたか!」
口髭を貯えた年嵩の男性が佑に向かってそう告げた。男性に見覚えはない。他の男たちはさり気なく佑とネフィルを取り囲むような位置に立った。
「皇女殿下の命を受け、貴殿を探していたのです。他のお二人はご無事ですかな?」
他の
「あー、俺は途中で逃げ出したので、二人の行方は分かりません。無事だといいんですが」
「逃げ出した? どういうことですか?」
既に考えてあった作り話を披露する。
「えーと、恐らく奴隷商人だと思うんですが、男たちに捕まりまして。荷馬車で運ばれている途中で魔物に襲われて、その隙に俺は逃げたんです」
「奴隷商人……?」
男性はそう呟きながらネフィルを睨みつけた。
「この人は違いますよ!? 今日初めて会った冒険者の方です!」
「……ギルドカードを見せろ」
「ん」
ネフィルは懐から金色のカードを取り出した……金色!? あれってAランクのカードじゃ? 講師はCランク以上って聞いたからてっきりCランクだと思ってたのに、このちびっ子ってAランクなの!?
「ネフィルシア・エーデルワイズ・ブリアンダール……って、もしかして『
ネフィルのギルドカードを見た口髭男は、眼球が落ちそうなほど目を見開いて驚いている。おまけに「様」付け。
「ん。返して」
「ははっ、失礼しました!」
口髭男は両手でギルドカードを捧げ持つようにネフィルに返した。
「ネフィルシア、え、えーでる?」
「……忘れていい」
「この国にいらしたとは、なんたる僥倖! 我が国は三年前から貴殿に指名依頼を出しているのです!」
「……そう?」
「是非、是非ともお力をお貸しください!」
口髭男は今にも土下座しそうである。もう佑のことは忘れているのかも知れない。
「それじゃ俺はこの辺で……」
「賢人殿! 皇宮で殿下がお待ちですぞ!」
「えぇ……」
二人の兵士が佑を挟むように傍に立った。
「ネフィルシア様、それに賢人殿。皇宮に参りましょう!!」
「「えぇぇ……」」
とても嫌そうな顔の佑とネフィルは、男たちによって皇宮へと連行されるのだった。
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