第19話 対人戦闘

『【スキル:平常心】が発動しました』

『【スキル:俊足】を発動しました』


 ナイフを突きつけられ泣きそうなひなちゃんを目にした時、怒りで目の前が真っ赤に染まった。直後、「平常心」が勝手に作動して冷静になると同時に「俊足」を発動。


『【スキル:認識阻害】を発動しました』

『【スキル:看破】を発動しました』

『【スキル:短剣術】を発動しました』


 こちらを既に認識している相手に認識阻害は役に立たない。でも、一瞬でも視線を切れば――。


「なっ!? どこに行きやがった!?」


 暗闇の中なら、半径五メートルあれば視線を切れる。僕は男の背中側に回り込み、ナイフを持つ手を掴み上げ、その脇に短剣を差し込んだ。


「ぐはぁ!?」


 ブルーボアとの戦闘で刃こぼれしまくっている短剣だがちゃんと役に立った。肋骨の間を通って肺を貫通し、心臓まで届く。


 男の声に、由依ちゃんにナイフを突きつける男がこちらを向く。その隙を使って勇太に認識阻害を掛けた。勇太は僕の意思を正確に汲み取り、一度男の死角へ回って横からナイフを持つ手に斬りつけた。


「いっでぇ!?」


 由依ちゃんが離れた隙に、僕は男から抜いた短剣を投げつける。


『【スキル:投擲】を獲得しました』


 短剣はクルクル回ってもう一人の男の胸に刺さる。俊足でそいつに迫り、刺さった短剣を抜いて喉を切り裂いた。


「勇太、『危険察知』!」

「は、はいっ!」


 ゴボゴボと湿った音を立てながら崩れ落ちる男を横目に、勇太に指示を飛ばす。他に仲間が居るかも知れない。


「森の近くに三人!」


 僕は勇太が示した方向に懐中電灯を向けた。その光の中に浮かび上がったのは、……三人の男が土下座している姿。


 この世界にも土下座があるんだな……。


 どうでも良いことが頭を過る。三人が土下座する先にはアドレイシアが浮かんでいた。ここから見ても分かるくらい怒っている。もちろん怒っているのはアドレイシアだ。そちらに向かおうとすると、植物の蔓が男たちに巻き付き、その体を宙吊りにして……バラバラに引き千切られた。


 おぉぅ……。


 慌ててひなちゃんの方を振り返ると、由依ちゃんの胸に顔を埋めて抱きしめられていた。


 良かった……可愛いアドちゃんの可愛くない所を見られなくて。あんなのトラウマ案件だよね。


 バラバラになった男たちはそのまま森に引き摺られるように消えていった。と思ったら、アドちゃんが手招きしている。


「アドちゃん、助けてくれてありがと……うん?」


 アドレイシアは地面を指差してチリチリ言っている。そこには、恐らく男たちが持っていたであろう長剣や短剣、ナイフが落ちていた。


「これを拾えってことかな?」


――チリン!


 アドレイシアが大きく頷く。もしかしたら、僕と勇太が刃こぼれした武器について昼間話していたのを聞いてたのかな? まぁ持ち主はもういないし、遠慮なくいただこう。アイテムボックスにポイだ。


「武器だけ取り上げてからやっつけたの? アドちゃん凄いね!」


 褒めると、アドちゃんは薄い胸を張って腰に手を当てた。ドヤドヤしている。僕の肩に座ったので、小さな頭を優しく撫でると目を細めて喜んでくれた。


 ひなちゃんたちの方に戻ると、男二人の死体を勇太が一生懸命離れた所に運ぼうとしていた。


「ああ勇太、ごめん! 怪我はないか?」

「あ、俺は大丈夫っす。それより由依とひなちゃんが」

「怪我したのか!?」

「あ、いえ。その、色々とショックだったみたいで」

「そ、そっか。そりゃそうだよね」


 知らない粗暴な男に刃物を突きつけられ、それが目の前で殺されたわけで。殺したのは僕なわけで。人殺しの僕を怖がっても不思議じゃないわけで。


「ひ、ひなちゃん……」

「おどうざん! ごわがっだよぉ!」


 ひなちゃんは由依ちゃんの抱擁を振り解き、僕に抱き着いてきた。滅多に泣かないひなちゃんが大泣きである。僕は大丈夫、大丈夫と言いながら背中を摩る。


「か、開星さん、私もいいですか……?」


 由依ちゃんがそんな風に聞いてくる。いいですかって何が? と思ったが、肩が小刻みに震えていた。由依ちゃんも物凄く怖かったんだろう。


「いいよ。おいで」


 右腕にひなちゃん、左腕に由依ちゃんを抱いて、「大丈夫、大丈夫」と言いながら二人の背中を摩り続けた。


 勇太はそんな僕たちを気遣うように、また死体を運ぼうとし始めた。そこにアドレイシアが飛んで行き、チリンチリンと何か言うと地面から蔦が出現する。死体をグルグル巻きにして地面に引き摺り込んでいったよ……。完全犯罪じゃないか、コレ?


 しかもまた、武器だけはちゃんと草の上に置いてある。アドちゃん、出来る子やっ!


 日本では喧嘩すらしたことがないのに、人を殺した……しかも二人も。だけど、想像していたような忌避感や嫌悪感はない。ひなちゃんと由依ちゃん、勇太が無事だった安堵だけが心を占めている。


 スキル「平常心」のおかげだろうか? そうかも知れない。ただ、ひなちゃんや仲間を害そうとする人間は、自分と同じ人間には到底思えなかった。人の姿をした害獣。うん、この表現がぴったりだ。


 日本なら殺人罪、良くて過剰防衛の末の過失致死傷罪だろう。この世界の法律は知らないが、罪に問われる可能性は高い。でも、もし同じことが起きたら、僕は何度でも同じように殺す。それだけは確信している。


 その夜は、ひなちゃんと由依ちゃんが寝付くまでテントの中で二人の傍にいた。見張りは勇太とアドレイシアがやってくれたのだった。





 翌日の昼頃、初めての街が見えてきた。そこはアドレイシアが行っちゃダメと言う「ケムアレス」だ。宿でゆっくり眠る想像をしてしまい、後ろ髪を引かれながら横目に通り過ぎた。


 そこから北東に向かって三日、キャンプを繰り返した。これまでを教訓に、夜間は勇太がスキル「危険察知」を常時発動し、僕はテントの周りをちょくちょく歩き回るようにした。アドレイシアもずっと外にいて僕たちと一緒に見張りをしてくれた。


 一晩だけ魔物の襲撃に遭ったが、ガスボンベ先輩の活躍もあって難なく倒すことが出来た。二晩は何事も無く過ごせたが、僕と勇太はそろそろ限界だ。勇太はまだ大丈夫かも知れないが、僕はもう頭が朦朧としている。明らかに寝不足だった。


 おっさんの体力のなさを舐めるなよ? 15と比べたら、34のおっさんの体力は半分くらいだ。もうやめて、開星のライフはゼロよ! ってやつである。使いどころを間違っている気がするけれど、頭が朦朧としているので許して欲しい。


「開星さん! 何か見えてきたっす!」

「むっ、敵か!?」

「いや、壁っすよ」

「壁みたいな敵だな。よっしゃ、やったろうやないか!」

「開星さん、敵じゃないです。街ですよ!」


 ふんす! と気合を入れる僕を由依ちゃんが宥めてくれる。何だ、街か。敵襲じゃないなら何でもいいや。


 …………街、だと?


「街……やっと着いたの?」

「お父さん! アドちゃんが『みんだれす』だって!」


 ミンダレス……第一の目的地。それが視界に入ったことで、膝から崩れ落ちそうになった。


「か、開星さん!? もうちょっとっすよ!?」

「開星さん、お疲れの所すみません、『偽装』を掛けていただけませんか?」

「お父さん、がんばって!」


 うん。お父さん頑張る。こんな時はひなちゃんマイエンジェルの「頑張れ!」が一番のエナジーだよね。


「『偽装』!」


 皇都で見た人々を参考に、商人に見えるよう意識してみました。一応ここに来るまでに勇太や由依ちゃんとは口裏を合わせてある。行商人の一行だけど、魔物に襲われて馬車を失った。聞かれたらそんな風に答えることにしている。


 それから30分ほど歩いて、ようやくミンダレスを囲む防壁の手前までやって来た。街に入るには門兵が守る門を通る必要がある。順番待ちをしていると、すぐ前にいた人がお金を払って入っていくのが見えた。


「身分証!」


 僕たちの番が来て、門兵からそう言い放たれる。


「すみません、道中で魔物に襲われて、身分証の入った荷物ごと、馬車を失ってしまったんです」


 朦朧とする頭で、何とか事前に決めていた台詞を口にした。門兵は胡散臭そうに僕たちを見る。


「身分証がなければ、入街税は一人銀貨一枚だぞ? 金は持ってるのか?」


 銀貨一枚……街に入るだけで一人一万円か。どこぞのテーマパークかな?


「幸いなことに、少しのお金は身に着けていたので」


 僕はそう言ってポケットから銀貨四枚を取り出す。もちろんアイテムボックスから出したものだ。それを門兵に渡した。


「……商人ギルドに行ってギルドカードを再発行しろよ? 身分証があれば一人大銅貨一枚だからな」


 おう。つっけんどんな人かと思ったら意外と親切なのかも知れない。僕たちは門兵に礼を言ってミンダレスの街に入った。


「取り敢えず宿を探そう」

「そうっすね、飯は何とかなりますし」

「やっぱり、お高い宿の方が安全なのかしら?」

「多少高くても良い宿にしよう。とにかく眠りたい」


 これまで、いつ襲撃されても不思議じゃない環境で夜を過ごしてきた。そろそろ警戒せずに眠りたい。


 フラフラな僕の代わりに、勇太と由依ちゃんが宿を見付けてくれた。お値段は一人一泊銀貨二枚。日本なら、たぶん二万円くらい。


 宿のカウンターに八枚の銀貨を叩きつけ、部屋に入った途端に僕はベッドに身を投げ出したのだった。

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