第17話 スキルを獲得しました
もうすぐケムアレスの街という辺りで、川のせせらぎを耳にした。
「勇太、今日は狩りをやってみない?」
「お、いよいよですか?」
「いよいよだねぇ」
水場があれば、それを飲む動物もいるはずだ。出来れば小さめの猪や鹿がいいなぁ。狼はしばらく見たくない。
「アドちゃん、倒した後で食べられるか教えてくれる?」
――チリン。
「あれ? 開星さんも『アドちゃん』呼びっすか!?」
「ああ、昨夜一緒に夜番して、仲良くなった……ような気がする」
「じゃあ俺もアドちゃんって呼んでいい?」
――チ。
アドレイシアは勇太からプイッと顔を背けてひなちゃんの方へ飛んで行った。娘は由依ちゃんと手を繋いで歩いている。
「これ絶対拒絶っすよね!? なんで!?」
「まあまあ。ゆっくり仲良くなればいいさ」
ちなみに由依ちゃんは昨日辺りから「アドちゃん」と呼んでいる。アドレイシアの様子を見るに、嫌がられてはいないようだ。勇太、がんばれ。
和気藹々と話しながら歩いているうちに、右手、つまり南側の森が道の近くまで迫ってきた。と言ってもまだ300メートルは離れているが。
「ちょっと早いけど、この辺にテントを張ろうか。僕と勇太は向こうの森に入ってみる」
ひなちゃんと由依ちゃんを置いていくのは心配だけど、アドレイシアが薄い胸を叩いて「任せなさい!」と言ってくれた。もちろんひなちゃんに翻訳してもらって分かったんだけどね。
テントの設営を由依ちゃんに任せ、僕と勇太は森へ入っていく。異世界と言っても植生は地球と似てるんじゃないかな? 少なくとも、見える範囲の木の幹は茶色いし葉は緑色だ。生憎と木の名前には詳しくないけど、日本でも見たことがある気がする。
少し離れた木々の向こうには色々と動く気配がある。早過ぎて見えないけど、恐らく狐や狸のような動物じゃないだろうか。僕たちはその後を追ってみたんだけど――。
「ハァ、ハァ、ぜんっぜん追い付けない!」
「や、やっぱ動物って早いっすね!」
いや、分かってはいた。僕たちは猟銃を持っているわけじゃないし、弓すらない。つまり近付いて攻撃しなきゃならないのだ。だけど、殺す気満々で近付いて来る人間を警戒しない動物なんていないだろう。手の届く遥か先で、僕たちの気配に気付いた動物は一目散に逃げていく。
それなら罠を仕掛ければ良いのでは、と考えるかも知れないが、罠の作り方なんて知らないし、作れたとしてもどこに仕掛けたら良いのか見当もつかない。
結論。僕たちは狩りが出来ない。以上。
二時間くらい散々森を走り回った後、結論に達した。と言うか諦めた。
「いや、動物なめてたっす……」
「ほんとそうだね……」
最初の勢いはとうの昔になくなり、僕と勇太はトボトボと森の中を歩く。そんな僕たちの足元を小動物が時折横切っていく。もう追い掛ける気力と体力がないので、ただ茫然と見送るだけだ。
焼肉のたれじゃなくて、塩胡椒で味付けしようか……。そんな益体もないことを考えながら歩いていると、巨大な動物が突然現れた。
それは筋骨隆々の猪。ただ、薄汚れた体毛は全体が青っぽいし、下顎から突き出した牙は人間の前腕くらい太く長い。その目は興奮して赤く光っているように見えた。その巨大猪は、頭を低く下げて後ろ足で地面を蹴っている。今にもこっちに襲い掛かって来そう。
「勇太!」
「はい!」
一瞬前まで気が抜けていた僕たちだが、目の前のやる気満々な獣を見てスイッチが入った。それぞれの武器を鞘から抜いて構える。
――グゥモォオオオ!
次の瞬間、巨大猪が雄叫びを上げ、物凄い勢いで迫って来た!
「速い!?」
「デケェ!?」
近付いて来るにつれ、その大きさを見誤っていたことが分かる。馬鹿でかい壁が猛烈な勢いで迫って来るかのようだ。これまで感じたことのない威圧感で勝手に膝が震える。落ち着け、落ち着け、落ち着け!
『【スキル:平常心】を獲得しました』
え? 今何か女性の声がしたような……。おっと、それどころじゃない。
巨大猪はもう手が届きそうな所まで来ていた。腰を落とし、動きをしっかりと見る。奴のスピードは速いが、ただそれだけ。当たらなければどうということはない。接触する直前に右へステップすると同時に短剣を横薙ぎにする。
――プギィイイイ!
『【スキル:俊足】、【スキル:短剣術】を獲得しました』
また声が聞こえたけど無視無視。勇太は僕と逆方向に避けて、上手い具合に長剣で斬り付けたようだ。僕たちを掠めて通り過ぎた猪が痛みと怒りで咆哮を上げた。方向転換してこっちを向こうとするが、その時にはもう僕と勇太が猪に連撃を加えていた。
しかし固いなあ! 毛なのか皮膚なのか分からないが、固くて肉まで切り裂くことが出来ない。奴は僕たちを鬱陶しがるように、下顎から突き出した長い牙を滅茶苦茶に振り回した。牙が届く範囲から出て、奴の後ろ足の方に回り込む。
「勇太! 関節を狙え!」
「はいっ!」
その場で激しく動く巨大猪、非常に狙いが付けづらい。だが動きに合わせて僕たちも動き、後ろ足の膝関節辺りを何度も斬り付ける。奴は明らかに嫌がっているが、手を休めるつもりはない。
――ブギィイイ!
たぶん数十回は剣を叩き込んだだろう。悲鳴のような声を上げて奴が横倒しになった。その隙を見逃さず、勇太が心臓辺りを、僕は喉の下から脳天に向けて、それぞれ剣を突き立てた。
「ハ、ハハハ……」
「アハハ……」
巨大猪は何度か痙攣した後、動かなくなった。それを見た僕と勇太の口から、力の抜けた笑いが漏れた。
「俺たち、倒しましたね!」
「うん、倒したね」
「もう、腕パンパンっす」
「僕なんか、腕が上がらないよ」
横倒しになった巨大猪は、二トントラックくらいあった。その体から剣を抜いてみると、盛大に刃こぼれしている。勇太の剣も似たようなものだった。いや、折れなくて助かった。まだ使えるのかな、コレ……。
「開星さん、こいつどうします?」
「とてもじゃないが、運べる大きさじゃないよねぇ」
後ろ足を少し持ち上げようとしたが、まるで大木だ。大木を持ったことはないんだけど。
「あ」
勇太がリストバンドを猪に近付ける。すると、トラック並みの猪が跡形もなく消えた。
「おおっ!?」
「アイテムボックスって、ラノベや漫画だとだいたい生き物は入らないんすけど、死体なら入るってのが定番なんすよ。だから試しにやってみたら収納できました!」
「勇太、やるね!」
勇太がドヤ顔で胸を張っている。うん、でかしたぞ。
「もしかして、収納したらそいつの名前とかも分かる?」
「あ、ちょっと待ってください……えーと、『ブルーボア』……そのまんまですね。それ以外の情報は分からないです」
「そっか。取り敢えず戻ろう」
「そうっすね」
たった一匹の猪と戦っただけで疲労困憊だ。戦ってる最中は無我夢中で分からなかったけれど、腕や脚がプルプルしてる。
「そう言えば、開星さん。あれを相手してる間、何か聞こえたんですけど」
「あ、勇太も? なんか、スキルがなんちゃらって聞こえたよね?」
「ですです。まぁ……確かめるのは後でいっか」
「そうだね……おっさんには堪えたよ」
軽口を叩き合いながら歩いていると、やがて森から出た。
「お父さん!」
「開星さん!」
「いや、俺もいるけど!?」
「勇太お兄ちゃんもおかえり!」
「勇太……お帰り」
「はいはい、ありがとよ!」
ひなちゃんが飛び付こうとするのを手の平を向けて止める。ひなちゃんは「え、なんで!?」と悲しそうな顔になった。くぅ、仕方ないんだ、物凄く汚れてるから!
「開星さん、めちゃくちゃ……わんぱくですね」
由依ちゃんが娘を後ろから抱きしめながら、言葉を選んで気遣ってくれた。
「お父さん……」
「ごめん、ひなちゃん。お父さん、めちゃくちゃ汚れちゃった」
「どこか水浴びでも出来るところ……えっ?」
由依ちゃんが言い掛けて固まった。
「由依ちゃん、どうしたの!?」
「あ、すみません。何か女の人の声が聞こえて」
由依ちゃんが聞いたのは『【スキル:浄化魔法(初級)】を獲得しました』という声だったらしい。
「おおー! 浄化魔法ってファンタジー物の定番じゃん!? めっちゃ便利なやつじゃん!」
勇太のテンションが爆上がりした。
「へぇ、そうなの?」
「そうっすよ! 風呂に入らなくても、体とか服とか綺麗になるんすよ!?」
「おぉ、それは凄い」
狼に噛まれたせいで上衣はボロボロ、下に来ていたTシャツ一枚で過ごしてるんだけど、それも猪との激闘で無残な状態だ。キャンプだから着替えを持ってなかったんだよねぇ……。
「えっと、取り敢えずやってみますね? クリーン!」
薄青い光に包まれて、みるみるうちに汚れがなくなっていく……勇太が。
「おおー!? ほんとに綺麗になった!」
「うまく出来たから、つぎ開星さん、いきますね?」
「俺は実験台かよ!?」
「クリーン!」
勇太のツッコミを華麗にスルーして、由依ちゃんが僕に浄化魔法を使ってくれた。なんだろう、凄く不思議な感じ。湯舟に浸かってるのに濡れてないと言うか。風呂上りに涼しい風に当たってる感覚と言うか。とにかく頭の天辺から足の爪先まで全てスッキリした。ドロドロに汚れていたTシャツやズボンも洗濯したてのように綺麗。
凄いな、浄化魔法。僕は感動して由依ちゃんにお礼を言いまくった。本当は治癒魔法の方が凄いし感謝すべきなんだろうけど、ぶっちゃけ治癒魔法を掛けてもらった時は意識がなかったからなぁ。
綺麗になったので、その後ひなちゃんと気兼ねなくスキンシップをしました。
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