第16話 佑、皇都に戻る(SIDE:佑)

 開星たち四人と別れた九条たすくは、まず皇都の外壁を四分の一周分南へ回り込むことにした。


 恐らく外壁の門に辿り着いた途端、自分は保護(拉致?)されるだろう。勇太と由依を捜索する者たちもいる可能性が高い。その捜索を少しでも攪乱するため、開星たちが向かった東ではなく南門を目指したのである。


 道中は街道から少し離れて人目に付かないよう気を付けた。おかげで何度か魔物に遭遇する羽目になった。


 だが、佑はスキルの試用を既に終えていた。


「フレイムアロー、ダークアロー」


 行く手を阻むように現れた魔物。佑にはそれがゴブリンに見えた。緑色の皮膚、横に尖った耳、前に突き出した顎。100センチほどの身長で二足歩行。手には太い木の枝を持っている。


(想像通りと言うか、想像以上と言うか……醜悪だな)


 尖った乱杭歯を見せつけ、涎を撒き散らす小鬼たち。空中に炎の矢と闇の矢が十本ずつ出現し、高速で放たれる。五体現れたゴブリンはそれで殲滅させられた。


 些か過剰だったか、と佑は反省する。魔物に対してどれくらいの攻撃力があるか分からなかったので多めに放ったのだ。今の結果を見ると、ゴブリン程度の魔物なら一本で十分倒せそうだった。


 火魔法のフレイムアローは、矢のような棒状になった炎を飛ばす魔法。ダークアローは闇魔法で、真っ黒な棒が矢のように飛んでいく。この「闇」というのが佑にはよく分からなくて、これまで何度か試し打ちしていた。まだ確証はないものの、「闇」自体に質量はないようだ。その代わり、当たった場所から生命力を吸い取っているらしかった。


 アベリガード皇国が、召喚した賢人を利用しようとしているのが十中八九確かでも、佑が皇都に残ることに決めたのはこういう不確かさが理由だった。つまり、いくら物語に慣れ親しんでいても、本物の魔法のことは何も知らないということだ。


 そもそも「闇魔法」なんて非常に中二心を擽るが、一体何が出来るのかさっぱり分からない。火魔法だって、使い方を知らなければ危険だろう。


 開星たちと行動を共にしていた時、彼らの称号を聞いた。忍ぶ者、不敵な者、癒す者。この中で分かりやすいのは由依の「癒す者」だけで、残り二つは意味不明だ。それに対し、自分の称号は火を統べる者と闇を統べる者の二つ。スキルを見ても魔法職なのは明らかだった。


 この世界にはなぜ魔法があるのか。それは、魔法がなければ窮する場面があるからだ、と佑は考えた。そんな時に魔法で颯爽と問題を解決すれば、魔法使いは羨望の眼差しを向けられることだろう。


 そんな魔法使いとして、自分はのだ。勇太や由依や開星ではなく、同級生たちでもなく、優秀な両親や兄たちではない。他でもない自分が選ばれたのだ。


 だからこそ可能な限り最短で魔法を使いこなせるようになりたい。そうすることで、自分が特別な存在であることを示したい。

 その為に皇国を逆に利用してやろう。異世界から自分たちを召喚したくらいだ、魔法使いは数多くいるに違いない。開星が言ったように、魔人族との戦争に自分を使おうと言うのなら、魔法の訓練だってつける筈。


 そんな思いで佑は一人残ることを決断した。一人きりになることに不安がないわけではない。けれど、いきなり殺されるようなことはないだろう。自分一人になった今は特に。


 東門を大きく避け、南門が見えてくる頃にはすっかり陽が暮れていた。ここで門兵に見付かり、そのまま皇宮へ連れて行かれる――ことはなかった。


(え、何で?)


 佑の前で入都の手続きをしていたのが商人のキャラバンで、門兵は佑もその一員と勘違いし、顔も確かめずに門の中へ入れてしまったのだ。その杜撰さに呆れつつ、それならもう少し開星たちのために時間稼ぎをしてやろうと思い直した。


 手元には開星から渡された銀貨20枚がある。これで数日は宿に宿泊出来る筈だ。


 佑は南門から繋がる大通り沿いの宿を数軒当たった。その結果、一泊大銅貨6枚~銀貨2枚と宿代に幅があったが、佑は迷わず銀貨2枚の宿に決めた。ファンタジー作品では、宿のセキュリティは宿代に比例するのが定番だ。

 アイテムボックスがあるから所持品を盗まれる心配はない、と言うか所持品自体がない。アイテムボックスも形状変化で見た目は革製のブレスレットに変えている。ただ安心して眠れるかどうかの問題だ。侵入者に怯えて過ごしたくはなかった。


 宿の一階は食堂になっていて、佑はそこでお勧めのメニューを注文した。


 朝からずっと歩き続け、昼食も摂っていない佑だったが、それでもかなりのボリュームだった。味に関しては覚悟していたような薄味ではなく、馴染みはない味付けだが美味だと思えた。


 食べ終えて、満席に近い食堂を何気なく観察したが、自分に注目する者はいない。まぁ自分程度に見破られる者だと監視には向かないだろうが。あまり気にしないことにして、その夜は泥のように眠った。





 翌朝宿で朝食を摂った後、佑は冒険者ギルドを訪れた。皇国は自分たちを探す気がないのかも知れない。それなら身分証を手に入れて、開星たちを追い掛ける方が良い。魔法を教われないのならこんな国に用はないのだ。


 宿の者にギルドの場所を聞けば、皇都には東西南北の門近くにそれぞれ冒険者ギルドがあるらしい。南門近くのギルドは、佑が泊まった宿の三軒隣だった。緊張しながら重い木の扉を押し開く。


 騒めきが静寂へと一瞬で変わり、いくつもの目が佑に向けられた。値踏みするような視線は数秒で離れていき、興味を失ったかのように元の騒めきが戻る。テンプレの絡みがなくて内心ホッとしながら、佑は一番空いているカウンターに並んだ。


「ようこそ、冒険者ギルド・アーベリア南支部へ! 冒険者登録ですか?」


 年齢が佑と大して変わらないような、可愛らしい女性職員から声を掛けられた。


「あ、はい。登録するのにお金が必要ですか?」

「大銅貨5枚が必要ですが、依頼の報酬でお支払も出来ますよ?」

「大丈夫です。これでお願いします」


 カウンターに銀貨1枚を置くと、大銅貨5枚を返される。


「ではこちらの用紙にご記入ください。あ、分からない所は空欄で大丈夫ですから」


 名前、年齢、出身地、技能、アピールポイント……。


「15歳でも大丈夫ですか?」

「はい、問題ありませんよ!」


 出身地とアピールポイントは空欄にして提出。何か聞かれるでもなく受理された。


「はい、これがタスクさんのギルドカードです! なくしたら再発行に大銅貨5枚かかるから気を付けてくださいね?」

「ありがとうございます」


 クレジットカードより一回り小さい、銅色のカードを受け取った。あまりにも簡単に身分証が手に入り拍子抜けだ。


 別に今すぐ冒険者として活動する気はない。それでもどんな依頼があるのか気になって、依頼が張り出された掲示板の方へ行ってみた。


 タスクの冒険者ランクは最低のF。受けられる依頼はF~Eと説明を受けた。それに該当する依頼書にざっと目を通すが、薬草や鉱石の採取、荷物の運搬、下水道の掃除など、だいたい予想通りの内容だ。


 依頼書の掲示板の隣には、パーティ募集の掲示板もあった。その中の一枚に目が留まる。


『新人冒険者講習:銀貨1枚/3時間』


 ギルドカードを発行してくれた女性職員がたまたま手すきだったので尋ねてみる。


「あの、新人冒険者講習って」

「いい所に目を付けましたね! Cランク以上のベテランに色んなことを教えて貰えるんですよ」

「へ~。あの、魔法の講習とかもお願い出来るんですか?」

「出来ますよ! ただ、魔法の場合は2時間で銀貨1枚になりますけど」


 あまり長いと魔力がもたないそうだ。


「それ、申し込みたいです」

「かしこまりました。えーと、魔法講習なら……あ、丁度あそこに。ちょっと待っててくださいね?」


 女性職員はカウンターを回り込んで冒険者たちが屯している所へ行った。どうやら酒場が併設されているらしい。そこで、およそ酒場とは縁のなさそうな、佑より幼く見える少女に声を掛けている。エメラルドグリーンの髪はとんがり帽子で殆ど隠れていた。一度こちらを見たその目は非常に眠そうだ。


「お待たせしました! 明日のこの時間だったら大丈夫だそうです」

「ここに来たらいいんですか?」

「はい! 講習料は直接講師にお支払いください」

「ありがとうございます」


 こうして佑は冒険者ギルドで魔法講習を受けることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る