第15話 初めての戦闘

 ガスボンベ爆弾の着火剤に火を点ける。これで直接倒そうと思っているわけじゃない。爆発するまでの時間をコントロール出来ないからな。これはあくまで陽動だ。


 適当な方向にガスボンベ爆弾を投げたら、上着を脱いで左腕にぐるぐると巻いた。右手に短剣を構える。少し離れた勇太も長剣を正眼に構えていた。


「よし来いっ!」

「かかってこい、ワンコロ!!」


 現れた狼は二匹。勇太と相対した狼は、剣先を突き付けられて攻めあぐねている。そして僕の方に来た狼は――。


――グルゥアア!


 僕の喉目指して飛び掛かって来た! 咄嗟に左腕を前に出すとガブリと噛みつかれ、痛みが脳天に突き抜ける。狼は想像より遥かに重く、そのまま左腕を引っ張られて地面に引き摺り倒されそうになった。


「くっ!?」


 短剣で突こうとするが、激しく動く狼にうまく刺さらない。このままでは力負けしてしまう。


――パーン! パーン!


 その時、さっき投げたガスボンベ爆弾がやけに響く音を立てて爆発し、小さな火球が出現した。


 狼は音と光に驚いて動きが止まった。その隙に、前足の付け根の上、ちょっと前方を狙って真横から短剣を突き立てる。


――ギャイン!


 幸運にも骨に当たることなく心臓を貫いた。横倒しになった狼は何度か痙攣して動かなくなった。体から短剣を抜くと、刺した所から血がドロリと溢れる。込み上げる吐き気を懸命に堪えた。


 勇太の方を確認すると、もう一匹も倒したようだ。長剣が血に塗れている。


「勇太、怪我はないか!?」

「ハァ、ハァ……大丈夫っす!」


 勇太の無事を確認すると、急に左腕が痛みだした。いや、これもう痛いっていうより火が付いてるみたいだな。骨が折れてるかも知れない。力が抜けてその場に腰を下ろした。


「お父さん!?」

「開星さん!」

「ひなちゃん……由依ちゃん」


 爆発音までしたから、寝ていたとしても目が覚めたのだろう。異変に気付いた二人がテントを出てこちらに近付いていた。声を掛けられるまで全然気付かなかったよ。娘の顔を見たら一気に気が抜けてしまい、座っているのも辛くなる。瞼が重い……。


「開星さん!? ……これは酷い……ヒール!」

「お父さん……?」


 意識が沈んでいく中、まるで水の中にいるように二人の声がくぐもって聞こえた。





 ハッ! 目を開けると知ってる天井……て言うかテントだな、こりゃ。


 僕の右腕を抱くようにしてひなちゃんが眠っている。ふむ、今日も僕の天使は間違いなく天使だ。


 左腕を上げようとして……ずっしりとした重みを感じた。え、まさか怪我で動かないとか!?


 寝たまま左下に目を遣ると、左腕も誰かにがっちりとホールドされていた。


「え、由依ちゃん!?」


 女子高生に腕を掴まれたままひとつ屋根の下(テント)で寝るって……日本なら捕まってもおかしくないよね。


「う~ん……あ、開星さん。おはようございます」

「お、おはよう。えーと、これはどういう状況?」


 寝起きでポヤポヤしている由依ちゃんは、僕の言葉を聞いてガバッと上半身を起こし、狭いテント内で出来るだけ遠くに離れた。


「あ、あの! 腕が酷い怪我で、開星さんは気を失って、一回じゃ治せなくて、テントの中でヒールを掛けてて!」

「あー、ずっと治療してくれてたんだね……迷惑掛けて済まない。それと、ありがとう」


 ヒールを使っている間に疲れて眠ってしまったのだろう。こんなおっさんのために一生懸命治療してくれて、ほんといい子だなぁ。


「勇太は?」

「あ、外にいます」

「無事だよね?」

「はい、大丈夫です」

「よかった……」


 右腕をそぉっとひなちゃんホールドから抜き、テントを出て様子を窺った。


「開星さん! 怪我、大丈夫ですか!?」

「ああ、心配かけて申し訳ない。狩りに行こうなんて言っておきながら不甲斐ない所を見せてしまって」


 ポリポリと頭を掻きながら、勇太に苦笑いを向けた。


「いえいえ! 開星さんがあの爆弾を仕掛けてくれてたから倒せたんすよ! ありがとうございました!」


 話を聞くと、勇太が相手をしていた狼も動きが素早くてなかなか決定打を与えることが出来なかったらしい。例の爆発で隙が出来て倒せたそうだ。


「そう言えば、狼の死骸は?」

「あー、近くにあったら良くないと思って、離れた所に運びました」

「そうか……よくやったね。ありがとう」


 礼を言うと勇太は顔をほんのり赤らめて俯いた。男が照れても可愛くないぞ?


「て言うか、勇太寝てないんじゃない!?」

「二~三日徹夜しても問題ないっす」

「そっか。頼もしいな」


 と言っても、今夜はゆっくり休ませないとな。しかし、そうなると僕が夜通し見張りか……昨夜も大怪我してみんなに迷惑掛けちゃったし、不安しかない。


「お父さん……」

「あ、ひなちゃん。目が覚めたんだ」

「うん……お父さん、大丈夫?」


 ひなちゃんをだいぶ不安にさせてしまったらしい。膝を折って目線を同じにする。


「心配させてごめんね。由依お姉ちゃんが治してくれたから大丈夫だよ」

「ほんと? もう痛くない?」

「うん。大丈夫」


 ひなちゃんの小さな体を優しく抱くと、腕を背中に回してぎゅっとしがみついてくる。


「あのね、お父さん」

「なんだい?」

「アドちゃんが、一緒に見張ってくれるって」


 ひなちゃんの後ろで浮かんでいるアドレイシアを見ると、プイッと顔を背けられた。


「それは心強いなぁ。とても助かるよ」


 恐らくだけど、アドレイシアはひなちゃんを安心させるために見張りを申し出てくれたんだろう。


 みんなをしっかりと守れるようになりたい。それには……足りないものばかりだな。強さは勿論、経験も、知識も、装備も、何もかもが足りていない。だからと言って弱音を吐いてはいられない。この中でただ一人の大人なんだから。


 朝食はどうしようか悩んでいると、みんながカップラーメンを食べたいと言い出した。元々二つしかなかったけど、アイテムボックスの不思議能力で四つ出しても問題ない。ケトルがないから一度にお湯を沸かせないなぁ。シングルバーナーと、ここまで滅茶苦茶お世話になっているガスボンベ先輩、ペットボトルの水を出して何度もお湯を沸かした。街に着いたら絶対にケトルを買おう。


 カップラーメンを食べた後、テントを片付けて出発した。


 歩きながら勇太が教えてくれた。僕の左腕はかなり酷い状態だったらしい。狼に噛まれた所は肉が大きく裂け、やはり骨も折れていたようだ。ひなちゃんがわんわん泣いて、由依ちゃんも泣きながら一生懸命治療してくれたと言う。僕は由依ちゃんに改めて礼を言った。ひなちゃんは疲れても抱っこやおんぶをせがまなかった。


 そう言えば、出発する前にアイテムボックスの「形状変化」を使ってみた。僕は何となくボディバッグをイメージしたらその通りになって驚いた。勇太はリストバンド、由依ちゃんは指輪に変形させていた。バッグじゃなくてもいいってその時気が付いたよね。ひなちゃんのランドセルは肩から提げるポシェットになった。デフォルメした黒猫の顔をしたポシェットだ。さすがひなちゃん、センス抜群。


 今日はさすがに狩りをしてみる気分になれなくて、昼はまたバーベキュー。そして夕食も同じだ。昨日と同じようにテントを設営し、勇太にはテントの傍で寝袋を敷いて休んでもらった。本人は遠慮してたけど、横になったらすぐに眠った。


「さて。今夜は何も来ないといいなぁ」


――チリン。


 アドレイシアが返事してくれた……たぶん返事だよね? またガスボンベ爆弾を作り、懐中電灯と短剣を足元にセット。


「そう言えばちゃんとお礼を言ってなかったね。アドレイシア、ひなちゃんを助けてくれてありがとう」


 僕はアドレイシアに向かってしっかりと頭を下げた。頭を上げると、目の前に腕組みしたアドレイシアが浮いていた。フラフラと僕の周りを飛んで、右肩にちょこんと座った。


――チリン、チリン。


 認めてあげてもいいわ。そんな風に言われた気がして嬉しかった。これがツンデレというやつだろうか? 口に出すとアドレイシアが怒りそうだから黙っておく。

 タブレットを手に乗せ、ひなちゃんの動画や写真を見て癒されていると、アドレイシアが肩から腕に移動して画面を食い入るように見ていた。たまに僕の方を振り返り、次を見せろと急かしてくる。苦笑いしながらスワイプすると彼女は明らかに嬉しそうだった。たまに手を叩いて喜んでいる。


 こうして見ると精霊って可愛いなぁ。


 つい二日前まで、焚き火に当たりながら精霊と一緒にタブレットを見るなんて想像もしていなかったよ。


 満点の星空を見上げると、三日月が仲良く二つ並んでいる。ああ、本当に違う世界に来たんだな。


 幸いなことに、その夜は何事もなく平和に過ぎていった。

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