第14話 初めての野営
陽が傾きかけた頃、キャンプ出来そうな場所を探す。今は東に向かって歩いていて、自分の影が前方に伸びている。この世界でも太陽は西に沈むようだ。
歩く道は押し固めて均された土。荷馬車しか知らないが、あの荷馬車なら二台が余裕を持ってすれ違うことが出来るくらいの幅はある。左右は相変わらずの平原。丈の低い草が生え、所々低木がある。ずっと先は森が始まるようだが、たぶん一キロ以上離れていると思う。
ぶっちゃけ、地形だけならどこでもキャンプ出来そう。ただ、僕としては水場を探したいと思っているところだ。風呂は望むべくもないが、せめて濡らした布で体を拭きたい。あとはトイレ事情もある。
一応試してみたが、ペットボトルに入った2Lの水も何度もアイテムボックスから取り出すことが出来た。だから水がなくても何とかなるっちゃなる。
だが、もしアイテムボックスが機能しなくなったら? 使った分が普通になくなったら?
これは水だけではなくて食料にも同じことが言えた。そもそも、ずっとバーベキューというのもひなちゃんの健全な発育に良くなさそうだ。
しかし、昼食後に四時間は歩いたが川や湖は見当たらなかった。陽が落ちたらテントを設営するのが難しくなるので、今日は諦めてこの辺りでキャンプしよう。道から100メートルほど平原に入り、そこにテントを張ることに決めた。
「えーと、テントは由依ちゃんとひなちゃんで使ってもらおう。勇太、それでもいいかい?」
「いいっすよ! どうせ見張りしなきゃですしね」
「……なんかすみません。開星さんのテントなのに」
「いや、娘と一緒にいてくれるだけで助かるから」
持っているテントは二~三人用だ。さすがに四人で寝るのは色々と難しいし、勇太が言う通り見張りも必要だろう。
バラバラのポールを繋いで長いポールを組み立てる。一般的なドームテントで、何度か設営したことがあるから手順やコツは問題ない。由依ちゃんと勇太には一応簡単に説明しながら見てもらうだけにした。長いポールをX状に組み、決まった場所にテントのフックを引っ掛けていけば取り敢えずテントの形が出来上がる。フロントとリアのポールを取り付け、最後にフライシートを被せてペグを打ち込めば完成。
「「「おおお!!」」」
日向、由依ちゃん、勇太からパチパチと拍手をもらった。恥ずかしいけどちょっと嬉しい。
「夕飯はまたバーベキューだよ。ごめんね?」
昼と全く同じメニューである。カップラーメンもあるが、それよりも肉や野菜をちゃんと食べた方が良いと思う。しかし、まさか昼夜連続でバーベキューをすることになるとは。これじゃバーベキューのイベント感が薄れるよね。
心配をよそに、子供たちは肉や野菜をモリモリ食べてくれた。焼肉奉行の腕が鳴るぜ。アイテムボックスの中身を確認して、食材が減ってないのでひと安心した。
「あ……そう言えば、アドレイシアは何を食べるんだろう」
精霊のアドレイシアは、姿が見えたり見えなかったりする。今は見えているので気になった。昼夜、この子何も食べてない。これじゃ虐待になるんじゃないか!?
「アドちゃんは何食べるの?」
――チリンチリン。チリリリン。
「まそ、ってなーに?」
――チリン、チリリン。チリチリン。
「ふぅ~ん、そうなんだ」
精霊と一生懸命お話してるひなちゃん、マジ天使。
「お父さん、アドちゃんは何も食べなくて平気なんだって!」
「そうなんだ」
「うん。空気の中の『まそ』っていうのを食べてるんだって」
「マソ?」
「ひな、よく分かんないけど、魔法のもとになるみたい」
「へぇ~、そうなのか。教えてくれてありがとうね」
「えへへ」
頭を撫でながら礼を告げると照れるひなちゃん。マジ天使。天使過ぎる。
「まそ……魔法の素って書いて『魔素』ですかね? よくラノベなんかで出てくる謎物質っすよね」
「ほうほう。魔法がある世界だから、そういうものもあるのかなぁ」
勇太は佑からよくそういうジャンルの小説や漫画を借りていたそうだ。想像で書かれた物語だから鵜呑みには出来ないけど、参考にはなる。
「そう言えば……『ヒール』の魔法を使った時、何か力が抜けるような感じがして、それが外の何かと反応した気がする」
「何かって曖昧過ぎだろ!」
「うるさいわね!」
由依ちゃんと勇太が戯れている。うむ、若いっていいよね。僕はボカンと二人を見ているひなちゃんに癒されよう。
夕食の片付けをした後、ランタンの明かりの下で地図を広げた。この世界、正確な測量の技術とかあるんだろうか?
「ここが皇都で、たぶんこの辺から北に向かって……この道に出たんだと思う。そうなると、一番近い街はこれ……『ケムアレス』か」
――チリリリリリリ!
え、なに? どうしたの?
「アドちゃんが、そこはやめてって」
「え、そうなの? なんで?」
――チリ。
くっ、これは僕にも分かる。教える気はない、と。精霊さんの言うことは聞いておいた方が良いよね……ひなちゃんの恩人だし。
「そうなると、次は――」
――チリン!
地図上の一点をアドレイシアが指している。ケムアレスの北東に位置する「ミンダレス」という街だ。隣国とかを指されなかっただけマシか。
「ひなちゃん、そこまで歩いて何日かかるか聞いてもらえる?」
「アドちゃん、なん日かかるの?」
――チリン、チリリン。
「三日くらいだって!」
「そうかそうか。ありがとう、ひなちゃん。アドレイシアもありがとうね」
僕が礼を言うと、アドレイシアが、小さな耳の先を赤くしてそっぽを向いている。
……まさか!?
「デレたな」
「デレたわね」
デレた、と指摘した勇太は、アドレイシアにポカポカと殴られていた。「何で俺だけ!?」と叫んでいるが、たいして痛くはなさそう。由依ちゃんとひなちゃんはその様子を見て大笑いだ。
それにしても三日かぁ。距離にして50キロくらいだろうか。あと最低二回はキャンプってことだ。地図を再び確認すると、最初の街ケムアレス辺りから北東方面に道が伸びており、その道に沿って川がありそうだ。取り敢えず目先の目的地は決まったが、ここで三人に大事なことを告げる必要がある。
「狩りをしてみようと思う」
三人と精霊は、僕の方に向き直ってキョトンとした。
「動物を殺した経験がある人、いる?」
僕の問いに三人はフルフルと首を振って否定した。現代日本で食べるために動物を殺した経験のある人は僅かだろう。もちろん僕もない。
「今のところアイテムボックスに助けられてるけど、いつまでも使えるか分からない。それに、ずっと同じメニューって飽きるでしょ?」
なるべく深刻にならないよう告げる。実は昨夜、佑と色々な話をした。
『僕が読んだ物語のような世界なら、魔物や魔獣と呼ばれる危険な生物がいたり、盗賊なんかもいるかも知れません』
彼はそんなことを言っていた。僕もひなちゃんと一緒に観たアニメで思い当たる節がある。
異世界は危険。いざという時に委縮して体が動かなかったら、即ち命の危険に繋がる。だからある程度慣れておくべきだと思うのだ。
「そう、っすよね……俺、やってみます」
「私も弓があれば……」
由依ちゃんは中学から弓道をやっていて、結構自信があるらしい。女の子だし、離れた所から攻撃する方が精神的にも良いだろう。
「ミンダレスに着いたら弓が売ってないか探そうか。それまでは、僕と勇太でやってみよう」
「「はい!」」
「お父さん、ひなは?」
天使のひなちゃんに動物を殺させるわけないでしょ!
「ひなちゃんは、お父さんたちを応援してくれるかな?」
「わかった!」
ひなちゃんが右手を挙げて元気に返事をしてくれた。何故かアドレイシアも同じポーズを取っている。いや、君は手伝ってよ。
ということで、明日から狩りもやってみることに決まった。その後、ペットボトルの水でタオルを濡らし、交代で体を拭いた。ひなちゃんと由依ちゃんはテントで休んでもらい、僕と勇太は外で見張りを行う。焚火台を使って焚き火をしているが、炎の揺らめきとパチパチ木が爆ぜる音が眠気を誘う。
「交替で眠った方が良さそうだね。勇太、先に寝ていいよ?」
「……すみません、じゃあお言葉に甘えて」
勇太が草の上で横になる。城から盗んできた長剣が、ちゃんと手の届く所にあった。僕も短剣と懐中電灯を足元に置いてある。
アイテムボックスからガスボンベと着火剤、ナイフ、ライターを取り出した。昨日離宮で爆発騒ぎを起こした簡易爆弾を作ろうと思ったのだ。これらも地球由来の物だから無くなる心配がない。使わないに越したことはないけど、念の為二個作っておいた。
タブレットを取り出し、保存している電子書籍を開く。買っただけでまだ読んでいない本がたくさんあるのだ。まさかこんな所で暇つぶしの役に立つとは思ってなかったよ。
腕時計を見ると午前三時。眠気も限界に近い。そろそろ勇太を起こして交替してもらおうか。そう思った時、少し離れた場所で何かが動いた気がした。
じっと耳を澄ませる……。草が風に揺れる音、その中に、ほんの小さな足音が聞こえた気がした。
音の方向を懐中電灯で照らす。そこには、驚くほど大きな犬……いや、狼(?)がいた。急に光を当てられて向こうも驚いたようだ。いや、びっくりしたのはこっちの方だよ。狼が頭を下げ、牙を剝いて低い唸り声を漏らし始めた。
「勇太! 襲撃だ!」
「へ?」
僕が声を上げたのと同時に、狼がこちらに向かって来た。
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