第二章

第13話 cheat

 森を二時間ほど歩くと草原になった。開けた場所に出た途端、日差しの強さが意識に上る。本当なら、日向は明日から夏休みだ。この世界にも四季があるのだろうか。


「お父さん、肩車してー」

「いいよ」


 そう言えば最近肩車なんてしてなかったなぁ。僕が屈むと日向が背中をよじ登り、髪を掴んで肩に足を掛けた。痛いよひなちゃん。お父さんハゲちゃう。日向が肩に乗ったことを確認してバックパックを背負った。


「ひなちゃんいいなー。私も肩車してもらいたいなー」


 由依ちゃんがそんなことを言うので、僕と勇太は彼女にギョッとした目を向けた。


「じょ、冗談ですよ?」

「ゆいお姉ちゃんもお父さんにしてもらったらいいよ!」


 お父さんが女子高生を肩車したら、それは事案になりかねないんだよ、ひなちゃん。


「ひなちゃん、アドレイシアに次の街までどれくらいか聞いてくれる?」

「うん。アドちゃん、街は遠い?」


――チリンチリン。チリリン、チリン。


 若葉色の髪をした精霊のアドレイシア(ひなちゃんに名前を教えてもらった)は、何故か僕たちに付いて来た。僕たちにって言うかひなちゃんに、だと思うけど。森を離れても良いのかしつこく確認したが、如何せん会話がひなちゃん経由なので精霊の思惑はよく分からない。


「遠いって!」

「そっかー」


 取り敢えずこの国は早急に出たいと思っているが、その前に服を揃えたい。日本の感覚だと車で十五分も走れば〇ニクロとかし〇むらとかあって苦労しなかったんだけどなぁ。由依ちゃんと勇太は学生服だし、ひなちゃんはヒラヒラした服だし。僕はいかにも今からキャンプ行きますって恰好だ。ずっと認識阻害や偽装を掛けておくわけにもいかない。


 次の街まで遠いのか……もしかして日が暮れる前に街に着かない、とか? ……あり得るな。そうなると服より飲料水や食事の方が問題だ。


 昨晩と今朝は精霊たちが果物や水をくれたけど、よく考えたら昨日の昼からまともな食事をしていない。


「ひなちゃん、お腹空いたんじゃない?」

「お腹すいた!」


 頭の後ろで、日向のお腹が「くぅぅ」と可愛らしい音を立てた。


「勇太、何か飲み物とか食べ物持ってる?」

「えーと、スポドリとチョコバーくらいっすね」

「由依ちゃんは?」

「私はお茶とアメくらいです」


 ふむふむ。まともな食べ物は僕しか持ってないのか。……ヤバくない、これ?


「バッグがアイテムボックス化しても、入れるものがないです」

「それな!」


 何が面白いのか、勇太と由依ちゃんは二人でケタケタと笑っている。若いっていいなぁ。バックパックの中身に意識を集中する。食べ物と飲み物は……。


■アイテムボックス(喜志開星専用)

・牛肉(400g)

・豚肉(400g)

・ウインナー(100g)

・カット野菜

・焼肉のたれ

・岩塩

・粒胡椒

・カップラーメン(2)

・チョコレート

・水(2L)

・缶ビール(3)

・リンゴジュース(500ml)


※ 機能:時間停止・形状変化・重量軽減

※ 容量:制限なし

※ 譲渡不可


 おぉ。ちゃんと食べ物と飲み物だけ表示されたぞ。何気に高性能だな。


「僕はキャンプでバーベキューするつもりだったから肉とかはあるんだ。でも四人だと一食分か、少し足りないくらいかも」


 サバイバルではまず水場を探すのが基本なんて聞く。でもド素人が水場なんて探せるんだろうか。


「アドレイシア、夕方までに次の街に着くかな?」

――チリ。


 日向以外が精霊に直接訪ねても、何だか不機嫌そうな音がチョロッと返ってくるだけなのだ。だからなるべく日向に尋ねてもらってるんだけど、今は背に腹は代えられない状況。


「ひなちゃん、アドレイシアは何て?」

「つかないって」


 おぅ。野宿確定かよ。


 由依ちゃんと勇太が不安そうにこっちを見ている。ここは唯一の大人として何とかしなければならない。


「取り敢えず、もう少し進んだら肉を焼くよ。節約すれば今晩までもつんじゃないかな」


 それからはみんな言葉数が少なくなった。事態の深刻さに気付いたらしい。三十分程歩くと、土が剥き出しの開けた場所があったので、そこで昼食を摂ることにした。


 アイテムボックスから焚き火台、焼き網、トング、炭、ライター、着火剤を取り出して炭に火をおこした。炭が赤くなったら焼き網を乗せる。食材と焼肉のたれ、割り箸、紙皿、水、マグカップを取り出した。


「ごめん。コップが二つしかないから……ひなちゃんと由依ちゃんで一つ、僕と勇太で一つ使おうか」


 肉や野菜、ウインナーを網に乗せると辺りに香ばしい匂いが漂う。獣を引き寄せる

かと心配だったが、この辺りは高い草もなく見通しが良い。何かが近付けば直ぐに気付けるだろう。


 近付いた何かに対処できるかどうかは別問題だけど。愛する娘のお腹を空かせたままには出来ない。危険が迫ったら命懸けでひなちゃんを守ろう。余力があれば、由依ちゃんと勇太も。


 由依ちゃんが焼肉のたれを入れた紙皿と割り箸を配ってくれた。


「よし、この辺はもう焼けたよ。二人も召し上がれ」


 ひなちゃんの皿に肉と野菜を入れる。由依ちゃんと勇太もそれぞれ箸を伸ばした。僕は焼く係に徹しよう。


「ひなちゃん、美味しい?」

「おいひぃ!」


 口いっぱいに肉を頬張ったまま返事するひなちゃん。可愛い。


「開星さんも食べてください」

「大丈夫。僕は焼き肉奉行だから」


 気を遣ってくれた由依ちゃんと勇太の頭の上に?が浮かんだ。

 〇〇奉行が通じない、だと!?


「ありがとう。僕は余ったのを食べるから気にしなくていいよ」


 そう答えて視線を網の上に戻した。同時に肉の声に耳を澄ます。表面に薄っすら脂が浮いたらひっくり返す合図。野菜は火の弱い所でじっくりと。ウインナーは転がり落ちないよう慎重に返す。炭に肉の脂が落ちてジュワッと煙が立ち、食欲をそそる香りが広がる。絶妙な焼き加減を見極めて網から上げた。


「はい、ひなちゃん」

「ありがとう!」

「二人もどうぞ」

「「ありがとうございます」」


 自分が面倒を見た肉を美味しそうに食べてもらえること。それこそ焼肉奉行冥利というものだ。もちろん肉だけじゃなく、野菜やウインナーにも手を抜くことはない。


 そうやって焼き作業に没頭していると、いつの間にか肉がなくなっていた。


「か、開星さん、すみません……」

「も、申し訳ないっす!」


 高校生の食欲を舐めてたよね。


「大丈夫、気にしなくていいから」


 僕は余ったキャベツやピーマンとウインナーを食べた。うん、最高の焼き加減だぜ! 決して負け惜しみではない。


 僕は穴を掘って炭を埋めながら考える。食材は一食でなくなってしまったな。街に着くまでどうしよう? 夜は……まだカップラーメンは残ってるな。僕は無意識にアイテムボックス内の食材を確認した。


■アイテムボックス(喜志開星専用)

・牛肉(400g)

・豚肉(400g)

・ウインナー(100g)

・カット野菜

・焼肉のたれ

・岩塩

・粒胡椒

・カップラーメン(2)

・チョコレート

・水(2L)

・缶ビール(3)

・リンゴジュース(500ml)


※ 機能:時間停止・形状変化・重量軽減

※ 容量:制限なし

※ 譲渡不可


「ん? ……んん!?」


 牛肉、豚肉、カット野菜、ウインナーは四人で全部食べたし、焼肉のたれと水に関しては目の前にまだ置いてある。アイテムボックスがバグったのかな? 焦るな、まだ慌てるような時間じゃない。落ち着いて「牛肉(400g)」と思い浮かべる。手の上に牛肉のパックが現れた。


「おお!」

「どうしたんですか?」

「あ、ちょっと待ってね。確認してみる」


 アイテムボックスを再度確認すると


・牛肉(400g)


 出現した牛肉をアイテムボックスに入れ直してみても総量は変わらない。続けて牛肉を連続で三つ出してみる。ちゃんと出現するし、それを元に戻してもやはり400gのままだった。


 もう一つ確認。


・アベリガード大金貨(15)

・アベリガード大銀貨(0)

・アベリガード銀貨(125)


 大銀貨はゼロになっている。て言うかゼロでも消えないんだな……。大金貨は16から15に減っている。ダルクに一枚渡したからだ。銀貨に関しては、必要になるかも知れないと思って、昨夜佑に20枚渡した。大金貨を渡そうとしたら、「それは多分使い勝手が悪いと思う」と言われたのだ。それはいいとして、こちらも145から125に減っていた。


 この結果から推察出来るのは、


・元の世界から持ち込んだ物(今のところ食材に限る)は、アイテムボックスから取り出しても消費されない。と言うより、アイテムボックスから取り出しているのは「複製された物」ではないだろうか。確定ではないが、アイテムボックスから取り出す地球由来の物を仮に「複製物」と呼ぶことにする。


・複製物はアイテムボックス内で数量としてカウントされない。と言うか消失しているのかも知れない。


・この世界の物は出し入れと共に数が増減する。恐らくこの世界の物は複製されない。


 ということだ。複製された食材に何も問題がないとしたら、取り敢えず餓死することはなさそうである。


 僕は三人に向かってアイテムボックスに関する考察を述べた。


「それって……かなりのチートですよね?」

「地球の物をガンガン売って金儲け出来るんじゃないっすか!?」


 由依ちゃんと勇太がそれぞれの考えを口にした。


「お父さん、ちーとってなーに?」

「チートっていうのはね、ズルいくらい優れた能力ってことかな、この場合」

「そうなんだ。すごいね!」


 本来のチート(cheat)は騙す、欺く、不正行為を行うといった意味だが、由依ちゃんが言いたいのはそういうことじゃないだろう。

 それにしても金儲けか……。物によっては売れるかも知れないな。この世界のお金を稼がないといけないし、覚えておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る