第8話 手掛かりを得た

 開星たち四人は、思ったより簡単に貴族街の門に辿り着いた。皇宮を囲む壁に作られた門は、外からの侵入を警戒しており内側にはあまり目を向けていなかった。それは貴族街の門も同様で、念の為に皇宮で見かけた兵士に偽装した上で認識阻害を掛けていたが、止められるようなことはなかった。


「少しここで待っててもらえる?」


 門を出て最初の四つ角を曲がると、開星は三人にそう告げた。


「どうするんですか?」

「門兵に話を聞いてくる」


 由依の質問に開星は簡潔に答える。


「え、一人で大丈夫ですか!?」

「一人の方が怪しまれないと思うんだ」


 勇太は心配してくれたようだ。


「素直に教えてくれますかね?」

「う~ん、そこが問題だよねぇ」


 佑が現実的な指摘をする。同じ日本人同士なら、困っている人を助けようとする人は一定数いると思う。この国の人がどんな風に反応するのかは全く分からない。


「とにかく行ってみるしかない」


 開星はアイテムボックスのインベントリを開き、そこからタブレットを選択した。


「えっ!? 今何したんですか!?」


 佑が凄い勢いで食い付いた。


「ああ。僕のバックパック、何故かアイテムボックスになったみたいでね。君たちのバッグもそうなってるかも知れない。バッグの中身を確かめようとしてごらん?」


 由依と勇太は怪訝な顔をしながら、佑は嬉々としてそれぞれのバッグを確認しようとする。


「ええっ!?」

「うおっ!?」

「おぉ!」


 その反応を見れば、全員のバッグがアイテムボックス化しているようだ。それを横目で見ながら、開星はタブレットを起ち上げた。


「良かった。ちゃんと動く」


 当然電波は入らないが、ネットに接続する必要のない機能は使えるようだ。素早く写真フォルダを開く。


 「ひなちゃん」というフォルダに中は、「笑顔のひなちゃん」「怒り顔ひなちゃん」「不満顔ひなちゃん」「ひなちゃんの寝顔」などなど、さらに細かくフォルダ分けされていた。もちろんここに保存している写真が全てではない。大半はクラウドに保存しているのだ。そのクラウドに二度とアクセスできない可能性に思い当たり、開星の気分は酷く沈んだ。


「か、開星さん、大丈夫ですか……?」


 急に落ち込んだ顔になった開星を心配して、由依が声を掛ける。


「ああ……ひなちゃんの成長の記録を八割方見れないと思ったら、ちょっとね……」


 タブレットに保存している画像や動画は特にお気に入りのものだけだ。それでも32GBのうち20GB以上が日向関連なのだが。


 落ち込んでる場合じゃない。「笑顔のひなちゃん」フォルダから、開星はお気に入りの一枚を選んで表示する。今年の春に撮った、満開の桜をバックにした笑顔の日向だ。


「わぁ、可愛い!」


 いつの間にか由依が隣にいて、タブレットを覗き込んでいた。


「でしょでしょ? 我が娘ながら天使なんだよねぇ」


 ついさっきまでキリッとしていた開星の顔がだらしなく緩んでいた。勇太と佑はそれを見て若干引いているが、由依は「大人の男性のギャップ、いいかも」などと思っていた。


「もしかして、これを門兵さんに見せちゃうんですか?」

「うん。こういうのは、小細工なしのストレートで行った方が良いんじゃないかと思うんだ。それに、これを見せれば僕たちが『賢人』だって分かるでしょ?」


 神の遣い・ペディカイアに盛大な頭痛と共に授けられた知識によれば、この世界では賢人に一定の敬意を払っている人が多い。それならば見た目を偽装せず、賢人アピールをした方が良さそうな気がしたのだ。その方が善意を引き出せるのではないか。


 三人は、それぞれのスマホでタブレットに表示された日向を撮影した。この後、聞き込みなどで必要になるかも知れない。


「じゃあ取り敢えず行ってくる。一応、いつでも逃げられるように準備だけはしておいて」


 開星は門兵の方へ歩いて行く。この国で一般的ではない服装の開星に、二人いる門兵が怪訝な目で見た。さすがにいきなり武器を向けるようなことはないようだ。


「すみません! 娘を探しているのですが、ディーノさんという方はいらっしゃいますか?」


 門兵から三メートルほど手前で立ち止まり、タブレットの写真を胸の前に掲げる。写真の効果は覿面で、二人の方から開星に近付いてきた。


「これは……あなたはもしかして、賢人様でいらっしゃいますか……?」


 三十代半ばくらいに見える兵士が慇懃な態度で尋ねてくれる。もう一人、二十代になったばかりくらいの兵士はタブレットの写真に釘付けだ。


「はい。実はこの世界に召喚されたばかりなのですが、娘とはぐれてしまいまして」

「それはさぞかしご心配でしょう。えー、ディーノをお探しで?」

「はい。ディーノさんという方が娘の面倒を見て下さったかも知れないと耳にしたものですから」

「なるほど……ディーノなら、先程皇宮から来た方々と一緒に街の方へ行きましたよ」

「街の方……失礼ですが、場所なんてお聞きになっていらっしゃらないですよね?」


 開星はほとほと困り果てたといった体で尋ねる。困っているのは本当なので演技というわけでもない。


「あ、俺、聞いたっす!」


 日向の写真を食い入るように見ていた若い方の門兵が右手を元気よく挙げてそう告げた。


「本当ですか!? 教えていただけますか?」

「と言っても、ディーノ先輩から直接聞いたわけじゃないんすけど……つい半刻ほど前、先輩はちっちゃな女の子を連れて街の方へ行ったんすよ」

「なるほど」

「すぐに帰って来たんすけど酷い顔色で……なんかブツブツ呟いてて。『何てことしちまったんだ……命令とは言えヴェルラン通りに置いてきちまうなんて』って聞こえたんす」


 その言葉を聞いて、開星はすぐにアイテムボックスから「皇都詳細図」と取り出し、若い門兵に見せた。


「そのヴェルラン通りってどこでしょうか?」

「うわ、詳しい地図だな……えーと、今いるのがここで、ヴェルラン通りはこの通りっすね」

「ありがとうございます! これ、お礼です!」


 開星は二人の門兵に大銀貨を三枚ずつ握らせた。


「え!? こんなに受け取れないっすよ!」

「私など何の役にも立っていないのに!」

「あの、先程言った通りこの世界に来たばかりで……ちなみに、これはどれくらいの価値があるのでしょう?」

「給金ひと月分より少し多いっす!」


 ほうほう。まだ確定ではないが、大銀貨一枚で約十万円くらいか。


「そうなんですね。いや、貴重な情報の対価としてぜひ受け取ってください」


 どうせ出納室から盗んだ金である。開星はそのまま二人に金を押し付け、再度礼を言ってその場を離れた。四つ角を曲がると、ホッとした顔の三人に迎えられた。


「手掛かりが見つかった」


 そう言って、開星は地図を広げる。


「どうやら娘は、この辺りに置いていかれたらしい」

「「「置いていかれた!?」」」


 勇太、由依、佑は揃って驚きの声を上げ、直後に憤慨に顔を歪める。


「何て国なの、ここは……」

「国と言うか、国の上の方が腐ってるのかも知れないね。現に門兵は親切に教えてくれたからね」

「そう、ですね……」

「開星さん、そんなことより早速行きましょうよ!」

「そうだね、勇太くん」


 親切な人もいると知ることは、これから先重要だろう。由依の呟きを拾った開星は、ちゃんとそのことを伝えた。


 ヴェルラン通りは、貴族街の門から真っ直ぐ行った大通りだ。地図の上部が地球のように北ならば、皇宮から東に向かえば南北に伸びるヴェルラン通りがある。縮尺が分からないので距離は不明。だがディーノは「すぐに帰って来た」らしいので、それほど距離はないだろう。


 街行く人々は開星たちにチラチラと視線を向ける。この国に馴染みのない服装、珍しい黒髪・黒瞳、凹凸のすくない顔。それは賢人の証で、場合によってはそれが良い方向に作用する。だがこれから向かう先には皇宮から派遣された人間たちもいる筈だ。由依たちがここに居ることはなるべく知られない方が良い。


「みんなちょっとこっちに来てくれる?」


 建物の陰に三人を呼んで現地の人間に見えるように偽装を掛けた。こちらに視線を投げかけてきた人々を参考にした。三人は偽装した開星を見ているのでそれほど驚きはしなかった。


 由依は明るい茶色のワンピース姿。髪は赤色で瞳はこげ茶。そばかすのある十代後半の女性。

 勇太は黒いズボンに生成りの半袖シャツ。髪は濃い青、瞳は緑。二十代半ばの商人風。

 佑は濃紺のローブを纏い、真っ白な長髪と髭を蓄えた老魔術師の姿である。


「佑すげぇ! ダンブル何とかみてぇだ!」


 勇太が言いたかったのは、額に傷のある眼鏡をかけた魔法少年が通った学校の校長先生のことであろう。開星から見て、佑はこの世界に一番適応しているように思えた。魔法に強い興味を持っていそうだから、自分が持つ魔術師のイメージを再現してみたのだ。老人なのは許して欲しい。


「偽装も僕から離れたら解けるかも知れない。距離は少しずつ離してみよう」


 偽装スキルは自分の視界に入る部分も偽装した姿に見える。解けた時は分かる筈だ。三人は偽装した姿に上がったテンションを何とか宥め、開星に続いてヴェルラン通りに向うのだった。

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