第7話 脱出

 開星は、高校生三人を残して部屋から出た。皇女の言葉を信じるなら日向はこの離宮にはいない。問題はどこへ連れて行かれたかだ。


 三人には、合図があるまで大人しいフリをするよう頼んだ。同時に、自分の称号とスキル、特にスキルについて理解するよう伝えた。

 ステータスに表示される説明はざっくりし過ぎている。しかし、そのスキル名を頭に思い浮かべて集中するとどんなことが出来るか自然と分かるのだ。それはまるで、これまでの人生のどこかでそのスキルを習得し、使ったことさえあるような感覚だった。そのおかげで、開星もいきなり認識阻害や偽装のスキルを使うことが出来たのである。


 皇女と高校生三人のやり取りは最後の方しか聞いていなかったが、皇女が少し焦っているように感じた。三人と日向の関係を理解していなかった故に、選択を誤ったといった所だろうか。日向を三人から引き離したことが反発を招いていたのは明らかだった。


 だから、皇女は日向を探して連れ戻そうとするのではないか。


 認識阻害を掛けて三人がいる部屋から出た開星は、別の部屋から皇女の声が聞こえた気がした。その扉に耳を当て、中の様子を探る。


『あの子を連れ戻しなさい』

『はっ!』


 ビンゴ。

 この状況で言う「あの子」が日向を指しているのは間違いないだろう。


 柱の陰に身を潜めた開星は、自分と同年代くらいで大柄な男が、もっと若い男に命じているのを聞いていた。


「貴族街の門兵を抑えろ。名前は確か……ディーノ、だったか。四十代後半くらいの男だ」

「承知しました」


 若い男が背を向けたので、開星は柱の陰から出ようとした。もちろん、認識阻害は開星なりに全力で使っているつもりだ。


「ん?」

(ヤバっ!?)


 大柄な男が開星の方に怪訝な顔を向ける。たっぷり三秒ほど経ってから、


「気のせいか」


 男はそう呟いて部屋に戻っていった。


(あっぶねー。認識阻害は完璧じゃないんだな。気を付けよ)


 バクバクする心臓を押さえながら、開星は人気のない廊下の奥から二階へ上がった。侵入した時に使った窓を通って地面に下りる。遠くに若い男の背中が見えたので急いで追い掛けた。その男と同じような恰好に見えるよう偽装した上で認識阻害を掛ける。しかし男は途中で馬に乗ってしまった。さすがに馬を追い掛けるのは無理だ。


(貴族街の門兵……四十代後半のディーノ……)


 忘れないよう心のメモに書きつけて、離宮に残した三人を迎えに行くことに決めた。あの男の後手に回ってしまうが、一人より四人の方が日向を見付けられる可能性が上がる。


 さて、三人をどうやって脱出させようか……。


 敵地からの脱出。開星がヒーローなら、邪魔する者は全て無力化して三人を救い出すのだろうが、もちろん彼にそんな力はない。


 離宮に近い植え込みの陰に隠れた開星は、背中からバックパックを下ろして中を検めようとした。何か使えそうな物がないかと思ったのだ。その瞬間、目の前に青く光る板が現れ、バックパックの中身が文字で表示された。


■アイテムボックス(喜志開星専用)

・タブレット

・モバイルバッテリー

・テント

・ペグ(4)

・ハンマー

・シュラフ(2)

・マット

・チェア(2)

・折り畳みテーブル

・ランタン

・懐中電灯

・タオル(2)

・焚き火台

・焼き網

・トング

・炭(2kg)

・ライター

・着火剤

・シングルバーナー

・ガスボンベ(2)

・小型ナイフ

・スキレット

・マグカップ(2)

・割り箸(20)

・紙皿(10)

・牛肉(400g)

・豚肉(400g)

・ウインナー(100g)

・カット野菜

・焼肉のたれ

・岩塩

・粒胡椒

・カップラーメン(2)

・チョコレート

・水(2L)

・缶ビール(3)

・リンゴジュース(500ml)

・アベリガード大金貨(16)

・アベリガード大銀貨(17)

・アベリガード銀貨(145)

・地図(13)

・長剣

・短剣(2)


※ 機能:時間停止・形状変化・重量軽減

※ 容量:制限なし

※ 譲渡不可


「な、なんじゃこりゃぁ……」


 開星も中学生から高校生にかけてファンタジー系ライトノベルを友達に借りて読んだことがあった。今でもそういう系統のアニメを娘と一緒に観たりする。だからアイテムボックスという単語自体には馴染みがあった。


 ただ、自分が長年愛用しているバックパックがアイテムボックスになったこと、内容物がゲームの「インベントリ」のように表示されたことに驚きの呟きを漏らしたのだった。


(いや、考えるのは後にしよう)


 目の前の課題に集中する。インベントリ一覧から使えそうな物を考える。そして、着火剤、ライター、小型ナイフ、ガスボンベを頭の中で選択すると足元にそれが現れた。非現実的過ぎて開星は苦笑を漏らす。


 まずはナイフを使ってガスボンベに傷をつけた。ガスが漏れないよう慎重にだ。その傷の周囲に着火剤を塗る。離宮近くに生えている立派な木の根元にボンベを置き、ライターで着火剤に点火。急いでその場から離れた。ナイフ、ライター、余った着火剤はバックパックの口に近付けると吸い寄せられるように中へ消える。外から覗き込んでも中は見えない。


 開星は、ボンベを仕掛けた木と離宮を挟んで対角線の位置に身を屈める。しばらく待ったが期待したような爆発が起きない。失敗したか、と思った瞬間に「ボン!」と爆発音がして、思ったより大きな音だったので肩がビクッと持ち上がる。


 メキメキ、という音と共に木が倒れた。根元付近から炎も上がっている。ごめんな、娘ともう一度会う為なんだ、許してくれ。開星は心の中で木に謝った。


「敵襲か!?」

「木が燃えているぞ!」

「魔法攻撃か!?」


 開星の思惑通りちょっとした騒動になりつつある。離宮から何人もの男たちが走り出て、ローブを纏った男たちがその外側に立った。直後にあの銀髪女性――プルシア皇女が数人に守られて玄関から現れ、そのまま十人以上の護衛に囲まれてどこか別の場所に向かった。


 開星は何食わぬ顔で、若い男の偽装のまま離宮の玄関から中に入る。真っ直ぐ高校生たちのいる部屋に向かうと、扉の前に兵士が一人立っていた。ここは勝負所だろう。開星は腹を括った。


「安全のため賢人様に移動していただく。殿下のご指示だ」


 開星は兵士に向かって毅然とした口調で言い放った。バレるな、バレるな、と心の中で祈る。心臓が口から飛び出しそうだ。


「はっ!」


 その若い兵士は、疑うことなく扉の前からどいてくれた。緊張が表に出ないよう扉を開き中に入る。


「開星だ。ここを出よう」


 囁くような声で告げる。三人は一瞬驚いた顔をしたが、爆発音を正しく合図と受け取ってくれていたようで動きに迷いがなかった。由依と勇太はスポーツバッグ、佑は学生鞄を持って偽装した開星の後ろをついて行く。


 離宮から出て、少しだけ皇女たちが向かった方に進んでから四人で植え込みに隠れた。


「今から全員に認識阻害を掛けるよ。効果範囲が分からないから、なるべく固まって動いてくれるかな?」


 開星が囁くように伝え、三人は真剣な顔で頷く。


「よし。今から貴族街の門兵に会いに行く。恐らく、日向は貴族街より外に連れ出されたんだと思う」

「「「はい」」」

「認識阻害はあくまで認識されづらくなるだけで透明になるわけじゃない。音を立てたり直接触れたりしたら気付かれるから気を付けてね?」


 三人は開星の目を見ながらコクコク頷いた。早速声を出さないようにしてくれたらしい。思ったより素直な子たちだな、と開星は笑みを零しそうになる。


 まだだ。娘を探し出すまでは笑ってなどいられない。


「じゃあ行こう」


 気を引き締め直した開星と三人の高校生は、目的地へ向かって動き出した。





*****





 突然現れた精霊に助けられた日向は、導かれるまま森の奥へ向かっていた。七歳の少女にとって森を歩くのは簡単ではない筈だが、不思議な力で前方に道が開ける。草木が避け、木の根が這う地面は平に均された。日向の周りにはフヨフヨと飛ぶ精霊がたくさん纏わりついている。森を歩きやすくしてくれているのはこの精霊たちだった。


『さあ、着いたわよ!』


 ずっと日向の顔の前を飛んでいた精霊が振り返って告げた。この精霊は、最初に熊の魔物から日向たちを守ってくれた精霊だ。


「ふわぁ……」


 美しい泉の傍の、少し開けた場所。黄色、白、赤、オレンジの小さな花があちこちに咲いている。泉の水面が陽光を反射してキラキラと輝いていた。そしてそこら中を精霊が飛び回っている。ぶつからないのが不思議なくらいだ。精霊が飛ぶと鱗粉のような金色の粒子が舞い、この場所を幻想的に見せていた。


 精霊たちに促され、日向は草の上に腰を下ろした。


『愛し子、何か食べる?』

『喉乾いてない?』


 精霊たちは、甲斐甲斐しく日向の世話を焼いてくれた。草を編んだコップで水を与え、木苺のような実を両腕いっぱいに抱えて持って来てくれる。


 父、開星から溺愛されていた日向は、この世界に渡った時に「愛し子」の称号を授かった。その初期スキルに「精霊の寵愛」がある。精霊たちが日向のことを好きで仕方なくなるというスキルだ。そのおかげで日向は九死に一生を得たのだった。


 この世界に来て初めて、日向はホッと一息つけたのだった。

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