第6話 皇国の欺瞞
「二人とも、よく聞いて」
由依は勇太と
「あの人の言うこと、信用できると思う?」
「……なんであの子と会わせようとしないんだ? 別に会うくらいいいじゃねぇか」
「私もそう思う。幼い子に聞かせたくない話って言ってたけど、特に血生臭い話なんてなかったよね?」
「だよな」
「九条くんは? 九条くんはどう思う?」
由依は佑に尋ねる。
小鳥遊由依と如月勇太は幼馴染だ。お互い下の名前を呼び捨てする間柄である。九条佑は高校に入ってから勇太と仲良くなり、その縁で由依とも話すようになった。呼び方に距離感があるのは仕方のない話だ。
「うん……俺は……あの子も心配だけど、せっかく異世界に来たんだから魔法を使ってみたい」
佑にとって、日向は今日初めて会った知らない子だ。心配していないわけではないが、それよりも好奇心が勝った。
佑の両親は開業医で、二人いる兄はどちらも医学部に合格して家を出ている。自分以外の家族は皆優秀だ。佑の学校の成績は平均より少し良いくらい、スポーツ全般は苦手。と言うよりも、彼の運動神経は息をしていない。優秀な者に囲まれ、佑は劣等感に苛まれていた。
自分が特別な存在になること。それに強烈な憧れを抱いていた。異世界への転生や転移、召喚で、冗談みたいな能力を授かって思い切り力を振るう。そんな物語に触れると、佑はその時間だけは満たされた気持ちになれたのだ。
だから佑は魔法を使いたかった。この異世界なら、普通の自分が特別な存在になれると思うからだ。憧れを実現する機会を逃したくなかった。
「佑は……うん、魔法使えるといいな」
彼の鬱屈した思いに薄々勘付いていた勇太がそんなことを口にする。だが、由依には佑の気持ちは分からなかった。
「私が言いたいのは、あの人の言うことを真に受けるのは危険じゃないかってことなの」
「うん。僕もその通りだと思う」
「「「えっ!?」」」
知らない声が突然割り込んで、三人はキョロキョロと周囲を見回す。
「姿を見せるから大きな声を出さないで欲しい。いいかな?」
そんなことを言われても、普通なら警戒するのが当たり前だろう。だが三人の反応は違った。何故なら、話し掛けられた言語が「日本語」だと分かったからだ。この世界に飛ばされて、異なる言語で話し掛けられても不思議と話が通じた。それでも、聞こえ方に若干の違和感があるのだ。外国人が街頭インタビューを受けて、外国語の上に日本語のナレーションが被さっているような感じ、と言えば伝わるだろうか。
固唾を飲んで待っていると、壁際に長身の男性が現れた。
「はじめまして。僕は喜志開星。ひなちゃん――日向の父です」
「えっ!? ひなちゃんの?」
「って言うか、いつからそこに!?」
「いいい今のは魔法ですか!?」
三人は思わず立ち上がった。三者三様の反応である。
「はい、正真正銘日向の父です。そちらのお嬢さんが『いい加減ひなちゃんと会わせてもらえませんか』と言った時に部屋に侵入しました。魔法ではなく
開星は、三人の問いにきちんと答えた。第一印象は大事である。特に、これからお願い事をしようとする者にとっては。
「まぁ、いったん座りましょうか」
「「「はい」」」
三人がソファーに腰掛けたのを見て、開星は椅子を持って来て正面に座った。
「名前を伺っても?」
「あ、小鳥遊由依です」
「如月勇太、です」
「九条佑と言います」
開星は一度目を閉じ、三人の名前を心のメモに刻む。何度か口の中でその名を反芻し、よし、覚えたと呟いた。
「僕は喜志開星、娘を探しに来ました。ここが所謂異世界で、君たちも娘と一緒に召喚されたと分かっています。君たちが持っていないかも知れない情報を今から伝えます」
由依、勇太、佑の三人はコクコクと頷いた。三人とも口を挟むことなく開星の話に集中する。
「三人とも『ステータス』と念じてもらえませんか? 声に出さなくて大丈夫ですから」
三人とも目を閉じた。目を閉じなくても見えるのだが、今は指摘しなくて良いだろう。
「え!?」
「うぉ!」
「うひょー!」
今、三人の目の前に青白く光る薄い板が見えていることだろう。開星も今知ったことだが、どうやら本人にしか見えないようだ。
「見えました? あ、中身については言わなくていいですから」
ステータスの表示に驚いた様子から、やはり三人、いや日向を含めた四人と比べ、自分だけこの世界で役立つ情報をいくらか与えられたのは本当らしい。開星はペディカイアと名乗った神の遣いに感謝した。頭は割れそうな程痛かったが。
「称号とスキルがありますよね。称号は願いや行動に伴って増えるらしく、スキルは使う程に強化・進化するそうです」
「あ、あの、喜志さん?」
「何でしょう、佑さん」
「あ、呼び捨てでいいです。その、なんでそんなことを知ってるんですか?」
「じゃあ佑くんって呼びますね。いきなり呼び捨ては抵抗があるので。それで、知っている理由だけど――」
口調を少し砕けたものにした開星は、自分に起きたことをそのまま伝えた。あの七色の円柱が異世界に繋がっているなど知る筈もなかったが、とにかく召喚ではなく自らそこに飛び込んだ人間が珍しかったらしい。それで神の遣いとやらに会い、少しの知識を授かった。
最初に向かった巨大な建物の話。そこで耳にしたことや資料保管室で見たことも話さなければならないだろう。
「あの綺麗なお姉さんが何と言ったか知らないけど、魔人族が皇国を攻めてるんじゃないと思う。魔人族の領土内にある鉱山が欲しくて、皇国の方から戦争を仕掛けてると思うんだ」
皇宮の資料保管室、その一角に「作戦資料」を纏めた棚があった。一番手前、恐らく最も新しいと思われる資料の表紙には「エルパシアにおけるアデムライト鉱山奪取作戦―22」と書かれていた。ご丁寧に地図まで添えられて。その資料は今、開星のバックパックに入っている。
その地図から推察するに、エルパシアは皇国の北部と接する広大な森林地帯を指すようだった。「奪取作戦」と銘打つからには奪おうとしているのだと分かる。
そして皇宮から出る前にすれ違った文官たちの会話。
『全く頭が痛いよ。戦費は自然と湧いて出てくるとでも思っているのかな』
『しぃっ、声がでかい! 鉱山さえ奪えばお釣りが来るだろ?』
『だけどもう十三年だぞ? しかも魔人族はまだ主力が出て来てないって言うじゃないか』
『……もう引くに引けないんだろうよ』
この会話で、エルパシアとは魔人族の領域で、皇国が魔人族の鉱山を奪おうとしているのだと推察した。十三年戦争を仕掛けているのに主力が出て来ていない。つまり魔人族側は本気で皇国を相手にしていないことが窺える。
開星は自分が見たり聞いたりしたことを三人に伝えた。
「あくまで推測だけど、皇国の一人相撲じゃないだろうか」
「そこで私たちを参戦させる意味がありますか?」
由依が鋭い質問をする。賢人がいくら優れたスキルを持っているとしても、実戦経験のない若者が役に立つとは思えない。
「これは、ほんっとうに僕の勝手な想像だから、違う可能性も大いにある」
そう前置きして、開星は自分の考えを話す。
「賢人が加わることで鉱山を奪えたらラッキー。奪えなくても、賢人を召喚したという大義名分が成り立つ」
開星が推測を話し始めると、三人の目がより真剣さを増した。
「大義名分」
「そう。戦争には金が掛かる。十三年も続けば、国民の負担はかなりのものだろう。でも国としてはやれるだけやってますよってアピール出来れば、国民の不満も少しは収まるかも知れない」
開星が言ったことは、賢人を国民の「ガス抜き」に利用するという話である。その生死などどうでも良い。魔人族と戦って賢人が華々しく散れば、それを美談として語り、魔人族への国民の敵意を高められる。
こちらが望んでもいないのに勝手に召喚しておいて、その挙句自分たちの都合の良いように利用する。本当にそんな非人道的行為が許されるのだろうか。
元々プルシア皇女への不信感が募っていた由依は、開星の語ったことが大いに有りそうだと思った。日本の倫理観をこの国に当てはめると痛い目を見そうだ。そもそも召喚という行為自体、相手の都合を一切考えていない。それを平気でやっているのだから、倫理観など推して知るべしである。
「まぁ、今のはあくまで僕の想像だから。皇国が素晴らしい国で、君たちを大切に扱う可能性だってないわけじゃないと思うよ?」
由依と勇太にはそうは思えなかった。ただ、佑だけは少し考えが違った。佑は、皇国がどんな国であろうと、それを利用してやろうと強かに考えていた。
「それで本題なんだけど、娘を探すのに力を貸してくれないだろうか?」
皇国が開星の思った通りの国なら、日向は最悪殺されてしまった可能性もある。だが、開星はその可能性は低いと判断した。万が一、国が幼い賢人を殺したと知られたら、不満を抱えた国民がどう動くか予測出来ないからだ。暴動でも起きれば、当初の目的から大きく外れてしまうだろう。
「もちろん、私に手伝わせてください!」
「俺も! 俺も手伝います! 都合よく利用されるなんて冗談じゃないっすよ!」
由依と勇太は二つ返事で了承してくれた。二人は黙っている佑に目を向ける。
「俺は……娘さんを探すのは手伝います。ただ、それからどうするかはその時決めていいですか?」
佑の言葉に、由依と勇太は驚いた顔をする。しかし開星はしっかりと頷いた。今日初めてあったばかりの相手を頭から信用しない。佑のそんな姿勢は、異世界で生きていくのに必要なことに思えたからだ。
娘を探し出した後どうするのか。娘はもちろんのこと、まだどこかあどけなさの残る彼らを、大人である自分がどうにかして守らなくてはならないだろう。だが、開星にはまだ今後の具体的なイメージを抱くことが出来なかった。
「じゃあ、ここを抜け出す算段をしようか」
*****
「あの子を彼らから引き離したのは早計でしたね。まさかあれほど不信感を抱かれるとは」
離宮の別室で、プルシア皇女が苦々し気に吐き捨てた。周囲の侍女は、皇女が癇癪を起さないかと戦々恐々としている。
「あの子を連れ戻しなさい」
「はっ!」
刺すような視線を一人の兵士に向けた。それは日向を馬車に乗せ、年嵩の門兵に引き渡した男だった。
男は反論せずに素直に返事をして部屋を出て行く。途中、部下に命じて招集を掛けた。男の名はアングルトン。第三皇女直属情報部隊の隊長である。情報部隊とは、その名の通り情報収集から暗殺まで、表に出せないような仕事を任された部隊だ。
彼はまず、件の門兵を探すことにした。
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