9
結論を出す前に、
私はまだ気になることを、彼女に問うてみた。単なる好奇心だった。何の意味もない。
「カビちゃん、盗んだギミックって、どうした?」
「ギミック……?」佐々岡は、不意を疲れたような顔を浮かべる。「それなら……あの日、叔父が売ってお金に換えたから、現物は何処に行ったのかは……」
「木徳に取られたんじゃないの?」私は意外に思う。「罠なら、ギミックをくれてやる理由なんて無いじゃない」
「それは……木徳が、店長に損失を与えたいって思ってて……。でも、1プレイだけさせてくれって頼んできたから、その通りにしたあと、満足して私にくれたんだけど……」
「……三年前、ギミックって、あのあと戻ってきたって言わなかった?」私は、忘れもしないことを思い出す。「だから、私への追求が止んだんだと思ってたんだけど」
「さあ……」佐々岡は首を振った。「私、中学は真希ちゃんとチヒロとは違うところだったから、そっちの事情は……」
「確かに……」大貫が答える。「そんな話だったよな。面白くないから、私はずっと、津倉を敵視してたけど、店側は、そう学校に伝えてたはずだ。謝罪もなしに」
だとしたら……
私は振り返る。
背後のガラスケース。
そこにずっとあると、采女も言っていた、ギミック。
「あれ、何?」
大貫と佐々岡は首を振る。当然だろう。店員でもない人間が、そんな事情を知っているわけがない。
私はガラスケースに近寄る。
そこから見える、ギミックのソフト。間違いなく、本物だろうか。違法コピーの海賊版という可能性もあるが、ここからでは判別がつかない。
ガラスケースの背面は、鏡張りになっていた。
反射して、カセットの背中が見え、
――。
――そこに、
――あるはずのない文字が見えた。
「あ…………」
見えた文字は、ひらがな。
「あいつ………………」
子供が書いた稚拙な文字。
「なんで……………………………………」
――りょうかの かってにやったら ころす
そのカセットが、そこにある意味を理解した時、
私は泣いていた。
そうなのか。かつて、あの馬鹿に、私は救われていた。
いろいろな感情が私を襲った。
何故、私を。
なんで。
なんでなんだ。
「どうしたの」佐々岡が訊いた。
「…………采が……これ……」私は、ソフトから目を離さないで、言う。「あいつだったの…………私を助けた大馬鹿者は…………あいつ、自分のソフトを……店にこっそり置いたのよ…………馬鹿よ、あいつ……馬鹿じゃないの!」
救われた人生を、こんなに無駄にしていたことに憤った。
気づかなかったことに、腹が立った。
一言も言わなかった、あの馬鹿の顔が浮かんだ。
あいつの家で見たギミックは、箱だけ。中身が入っていたかどうかなんて、確認していない。きっと、その中身がここにあるものなんだ。あいつの家にあるギミックは、箱しか無い。
店側からの追求から、私を守りたい一心で、あの女はここにギミックを捧げた。
なんで……私にそこまでするんだ。
お前は何を考えていたんだ、采女。
あのときのお前に、私は何をしたんだ。
采女…………。
本当に、ごめんなさい、采女。
あんたから与えられたチャンスを、全部無駄にしてたのよ、私ったら。
あんたが短い余命のうちで得たものを使って、救った女は、こんな大したことのない女なの。
ごめんなさい。
そうして、頭の中で、ひたすら謝ることしか出来なかった私に、一つの考えが浮かんでくる。
……選び取るのは、第三の選択肢。
私に出来ることは、まだあった。
私が惜しいと思うものは、もうあまりなかった。
「カビちゃん……」
私は佐々岡に近づいて、大貫といっしょに抱きしめた。
二人はキョトンとしている。
「大貫、あんたもついでに抱擁に混ぜてあげるわ」
「なんだよ……」
「カビちゃん、私にゲームを教えてくれて、ありがとうね。ずっと、それだけが私の救いだったし、あなただけが、私の支えだった。それは、まだ変わってない」
「真希ちゃん……ごめん……」
「泣くな」私は笑う。「大貫より似合ってないわ」
私は、二人から離れる。
一歩一歩、泥の中を進むみたいに、歩いた。
「私がこれからすることは、あなた達二人のためじゃない。ただ、采女にもらった人生を還元するの」
「還元……」大貫が首を傾げる。「何を言って」
「あなた達が罪を感じるのなら、三年前のギミックを盗んだ罪でも告白していなさい」
私は、足でガラスケースを割った。
鋭利で気味の悪い音を立てて、ガラスはバラバラになる。
「部室にあったエリミネートダウンは、私が盗んだ。そう証言しなさい。そして今は、このギミックを奪い取るの」
「何してんだよ!」
「真希ちゃん!」佐々岡も叫んだ。「馬鹿な考えよ、それは!」
「ふん、私に罪を着せた、あんたみたいな馬鹿女が言うセリフじゃないわ、それ」
采女のギミックを掴んで、私は店から逃げた。
走った。
采女には出来ないくらいの速さで走った。
夜道を走って、一度も休まないで、住宅街を抜けた。
寒さを感じた。
後悔なんて感じなかった。
いつの間にか、家にたどり着いていた。
早く……
早く消すんだ。
私はまだ、部活に所属していない。部員だと思われていない。
そのうちに、私がレトロゲーム部とつながりがあったという証拠を、全て消すんだ。
写真を消した。
一枚。
二枚。
その他、多数。
連絡先。
借りたゲーム。
手伝った格闘ゲームのコツ。
部長の言うことを理解するために調べた、シューティングゲームの検索履歴。
一緒に撮った、下らないプレイ動画。
全部消すんだ。
全部。
全部……
全部………………
消えた。
もう、何も残ってない。
消すたびに、私は自分が悲しんでいる事に気づいた。
楽しかったんだな。楽しかったのに、結局こういう結果にしかならないんだ。
それでも良いやと思いながら、
私の人生ってクソだなと、泣きながら呟いてしまうくらいに、気分が悪かった。
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