8
采女からメールを受け取った私は、犯人の名前と、それを庇っていた人物の名前を知った。
メールには推理の過程が書いてあったが、私にとってはどうでも良かった。
大貫が庇い、佐々岡が真犯人……。
佐々岡……初めて目にした時から、あの女には引っかかる部分があった。
采女のメールはそれで終わったが、そこから程なくして、知らないアドレスからメールが届く。
「今夜二十一時。動画データを持って、例のゲームショップに来て」
誰からだとは書いていなかったが、その送り主はほとんど限られる。
大貫だろう。大貫が、私を呼び出してロクでもないことを考えている。
動画データは采女から受け取っていた。一度として再生していない。私はそれを、USBメモリに入れ、持ち出す。
夜の自宅から、こっそりと抜け出そうとすると、気付いた祖母に咎められたが無視をした。母親は、まだ帰っていなかった。
どうでも良い。この家にいる限り、私は衰弱して行く。
このゲームショップに出入りするのは、ほぼ三年ぶりだった。夜だったのに、道がわかったのを自分で意外に思った。采女がここでバイトをしていると聞いた時は、少しだけ吐き気を覚えるようだった。
ゲームショップには、電気こそついていたが、シャッターも半分降りていて、お客は誰もいなかった。梅津すらも見当たらない。
なんで、こんなところに呼び出すんだ。
誰もいないじゃないか。私は帰ろうと思ったが、後ろから声を掛けられる。
「津倉……」
大貫と、佐々岡あい。
私を陥れた、佐々岡あい。
こずえを名乗っていた、佐々岡あい。
彼女の、もっと根本的な正体を、私の頭は理解していた。それを認める気になれなかったのに、こうして改めて顔を見ると、もうそうなんだとしか思えなかった。
「どうして……」私は佐々岡に向かって、訊いた。「どうしてなの……」
「あいは」大貫が答える。「いろいろと、難しい家庭の事情があってさ」
「そうじゃないわ。私の知ってるあんたは、私に罪を着せたりしない……」
大貫も、佐々岡も黙っていた。
「ねえ、どうしてよ、カビちゃん……」
佐々岡あいは、あのこずえ。
そして私の人生を変えてくれた、本当に大切な友達、カビちゃんだろうことに、薄々気づいていた。
さしたる根拠はない。ただプレイディアを知っていたこと。そして顔の右側にある黒子。これは、一緒にゲームをしていた時に、よく見ていた彼女の横顔と一致していた。彼女はプレイヤー1を操作し、私は彼女の右側に座って、プレイヤー2を操作した。だから、その角度の顔に見覚えがあった。
やっと会えたカビちゃんが、自分に罪を着せた犯人だったなんて、信じたくない。直視したく無かった。
私に、ゲームという趣味を教えてくれた幼馴染。
あんたに届くように、私はRTAで名前を轟かせようとしていたのに。
どうして、こんな……あんたが、どうしてカビちゃんなの。
佐々岡は、私の言葉を聞いて、それから諦めるように微笑んだ。その反応で、彼女は自分がカビちゃんだって言うことを認めたんだって、私は理解した。
「津倉さん……いえ、真希ちゃん……。覚えてたんだ、私のこと」
「当たり前よ。ずっと、心の支えだったんだから……」
それは、この女がこずえだったとしても、私の感情としては変わらないだろう。
「……あい」大貫が、佐々岡の肩に手を置いた。「津倉も、采女から聞いて、全部わかってる。動画も持って来て貰ってる。その動画に、あいが映ってることも……」
それを聞いて、佐々岡は項垂れた。
「ごめん……真希ちゃん、巻き込んでごめん……あの時の私、頭がおかしかったんだよ……」
「カビちゃん……」私は、言う。「理由を、聞かせてもらって良い?」
「……私が」大貫が、情緒を乱し始めている佐々岡の代わりに、口を開いた。「全部説明する。あいに話させるのも悪い。津倉に、ここに来てもらったのは、動画と場所を、念の為照合したかったから。昔の知り合いだった梅津さんに、少しだけ無理を言った」
大貫の話。それは佐々岡あいの過去。
佐々岡あい、前の名前は梢あいだったという。およそ三年ほど前から家庭内不和が始まり、両親は離婚し、どちらにも拒否されたあいは、親戚の家に預けられ、苗字が佐々岡になった。
それでも、昔からゲームは好きだった。「あい」という名前も嫌いで「こずえ」とゲームには入力していたため、いまさら「ささおか」に変えるという考えは無かったと言った。
預けられた先、親戚がさらに問題があった。叔父にあたる男に、虐待めいた扱いを受けていた。その頃から、彼女は自分の趣味と呼べるもの、つまりゲームに対して没頭する余裕も無くなって、いつしか彼女の中での優先度が下がった。親戚の家(つまり古刀が勉強会に呼ばれた場所)にゲームを持ち込んだが、あまり触る気が無かったという。
叔父が、ロクでもない男だったために、親戚の家は貧困に喘いでいた。じゃあ自分なんかを引き取らなければ良いじゃないか、と口に出して言いたくなった。
そんな中、自分の持っているゲームが高値で売れると言うことに、叔父が気づいた。そのゲームというのが、かの有名な夕闇通り探検隊だというのだから、その値段は相当なものになったという。
叔父はそれから、佐々岡のゲームを売払い、それなりの大金を手にしたあと、近所のゲームショップに目をつけた。そこには、高値のつく中古ゲームがいくつか陳列されているし、店長もあんな男だ、セキュリティは甘いだろうと勘ぐった。
叔父は、佐々岡にギミックを盗むように命じた。逆らえば、ひどい目に遭わされると知っていた佐々岡に、断るという選択肢はなかった。
その日、偶然友達と来店していたのが、私。佐々岡は私のことを覚えていたし、私の容姿は、そのころからさして変わっていない。一方で佐々岡は痩せたり、身体や顔に傷があったりした。カビちゃんだったときの面影は、おそらく無かったのだろう。
佐々岡は、幸せそうにゲームの話を友達とする私と、その女にゲームという趣味を教えてやったはずの自分との生活や境遇の差に、怒りとも嫉妬ともつかない感情を覚える。それを振りかざすのは、いけないことだとは理解していたが、おかしくなっていた彼女の頭では、そんな判断はつかなかった。
そこに不運にも、木徳のような男が、犯罪を誘発して罠にはめようと、ガラスケースに鍵をさしたままにしてあった。それに、佐々岡はまんまと釣られてしまった、というだけの話だった。
佐々岡は、ソフトを盗み、鍵を私の鞄に入れた。
動画をネタに、木徳に脅されたが、本名までは教えなかったし、動画も顔までは写っていない。木徳も、個人情報だとか、動画の証拠能力だとか、そんな深い部分には立ち入らなかった。脅して、自分の彼女にしたいという欲求は抱えていたが、それ以上のことを頭で算段していたわけでもないらしい。脅されて三年は大人しく従っていた。
その均衡が崩れたのが、今年に入ってからだった。佐々岡は、適当な男を作って、それを口実に別れるように木徳に迫った。木徳は断ると、佐々岡は腹いせに、木徳が大事にしていたウィザードリィとメモリーカードを盗んだ。そして、恨みを晴らすように、木徳の名前を入力した主人公を、酷い目に合わせて悦に入った。メモリーカードは、木徳のバイト先に投げ捨てた。そうしているうちに、別れることに成功したが、適当に作った男からは嫌な目で見られ、すぐにまた別れてしまった。
エリミネートダウンを盗んだのは、叔父への復讐だった。ここ近年、佐々岡の叔父は病気で弱っていた。立場が逆転しつつあった。彼女は恐れるものを失った代わりに、その鬱憤を、ぶつけるという考えに支配された。
あのゲームをまた盗み、そして叔父に罪をなすりつけたい。そう思った。
けれど、ゲームを盗んだ直後だった。
叔父は死んだ。病死だった。
虚しさ。そして、逃れようのない罪だけが、佐々岡に残された。
何をやっているんだ。自分はなんでこんなことを。なんてタイミングで、あの馬鹿は……。
佐々岡は、とにかくこのエリミネートダウンを処分したかった。川にでも捨てるのが良かったのだろうが、仮にもゲームが好きだった彼女は、貴重なゲームに対して、そんな行動を取りたくはなかった。それに、誰かに拾われたら、その人が、あの梅津に疑われてしまう。
迷った挙げ句に、里内部長なら、シューティングゲームを持っていても不思議ではないと考えた。部長の持ち物の中に混ぜてしまえば、見つからないんじゃないかと思った。
結果としては、最悪だった。梅津は変な知識ですぐに部長を見つけ、疑った。
佐々岡の行動は、またしても悪い方向へ傾いていった。
話が終わった。
私は急に……その床でへたり込んでいる佐々岡という人間に対して、インスタントな同情心を抱えると同時に、カビちゃんに持っていた幻想が、音を立てて崩れるような気配すらあった。
「…………津倉」
大貫は、佐々岡のそばを離れない。私達三人、つまりは幼馴染だが、その勢力図ははっきりと分かれている。
「動画、証言する」大貫は、悔しそうな声を、喉の奥から絞り出した。「あいがやったんだって……証言すれば良いんだろ。もう、彼女には、逃げる意志も、なにもないよ……証言………………………………………………できるわけ無いだろ……」
泣き始める大貫。
「……泣くな」私は、そんな彼女たちから、一歩離れる。「似合わないわ」
「頼む、頼むよ…………なあ、津倉…………」もう、私の方なんて見れないで、大貫は言う。「動画を、消してくれ……見逃してくれ…………さっきしたあいの話は……同情を引くための嘘なんかじゃない……信じてくれ…………あいは、可哀想なんだよ…………なんだって、彼女だけが、こんな不幸な目に遭わないといけないんだ…………」
それを聞く佐々岡は、大貫の肩を掴む。
「だめ、駄目だよ、チヒロ……それは、だめ……。私がやったことだし…………受け入れないと、駄目…………」
「受け入れて…………あいが受け入れて、それでどうなるんだよ」大貫は、自分の髪の毛を掴んだ。「あいは、何も悪くないのに、警察沙汰になるっていうのか? そんなの、おかしいだろ。納得できない…………」
「……弱かった私が、悪いんだよ」
「悪いのは、あの叔父だろ」
「私が、悪い」佐々岡は、目を伏せた。「私が、こういう星の下に生まれたから……まともな人生を歩めないのに、楽しそうな人を、巻き込んだ私が悪いんだよ……」
「ふざけたことを言うな。私は、あいと出会って、楽しかったんだよ」そうして、大貫は私を見た。「津倉も……あいにゲームを教えてもらって、人生が変わったんでしょ」
「……ええ」私は頷く。それ以上は言わなかったが、確かに多大な影響を、カビちゃんから受けていた。
以前の私には、何もなかった。虚無感に足が生えているだけの人間だった。
楽しみという感情を覚えたのは、カビちゃんにゲームを教えてもらってから。
間違いなく、私は救われている……。
だからこそ、
だからこそ、どうしろっていうんだ。
私は…………大好きだったカビちゃんの苦労を聞かされて、
それでなお、彼女を警察につき出せっていうのか。
できるビジョンが見えなかった。彼女を見逃す……それもありなのだろうか。
だが、見逃せば待っているのは、采女や部長、そして洗平の居場所だった、レトロゲーム部の崩壊。彼女たち三人の未来が一気に潰れるし、私だって同じ目に遭うだろう。
それとも、この同情を憎しみに変換して、三年前の雪辱を一気に晴らすべきだろうか。さぞ気持ちいいかもしれない。私は、あの事件のせいで、人生の軌道を狂わされたと信じているから。
その先に待っているのは、きっと梅津のような虚無感以上の、人生最大の損失だろう。カビちゃんは、私自身が思う以上に、ずっと私の心の深いところで、私の人格を形成していた。
どうすれば良いのか……
私が取れる手は……
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