7

 次の日は、私達への再調査があった。

 学校は、未だ認めていない部長の言い分を飲んだというわけではないが、形だけの再調査を行って、とりあえず店を納得させようという魂胆らしかった。

 空き教室に集められたのは、容疑者四人、そして洗平、私。

 教師は私達に、あの日の行動を改めて訊いた。

 別に、采女が調査した以上のことは、ほとんど浮かび上がってこなかった。

 この中に、こずえがいて、そして采女を入院させた犯人とイコールだという実感さえ、湧いてこなかった。

 部長の言葉が、私の頭の中でぐるぐると回っている。

 ――人生はクソ。

 部長の口から、そんな言葉なんか聞きたくなかったが、私も人生はクソという点では、部長と同意だった。

 何をやって生きていけば、安寧を得られたんだろう。

 狭い教室で行われたのは、尋問と、進路調査の愚痴だった。教師としては、どうせこれ以上調べたって何もでてこない事は、わかりきっていたらしく、なぜか私達の進路希望表を持ってきて、一人ひとりに文句を言い始めた。

 佐々岡は、生徒会の仕事を手伝っているから、それで何かをやった気になっていた。肝心の進路ははっきりしない。卓球も本気でやっているわけではないし、やる気も感じられないと教師が揚げ足を取った。更に尋ねられると、佐々岡は、家庭のことで悩んでいて、そんな余裕はないと答えた。

 只野は、絵を描いて生きていきたいと説明したが、教師は納得しなかった。噛みつかれると、絵で食べていかなくても、いい趣味にしていきたいと言い直した。本人は、不本意だったが、教師はそれで刀を納めたように大人しくなった。

 古刀は、秋光のために何かをやりたかったが、今はなにもないのだという。その発言が教師の逆鱗に触れた。何もしたくないとも付け加えると、教師は更に激怒した。

 洗平は、少しだけ将来が見えてきたが、無計画に進学すると答えた。部長と違う大学には行きたいと考えていたが、その先で、何をやりたいだとかは、はっきりしていなかった。格闘ゲームや卓球のことは、ひとことも口に出さなかった。

 大貫は、佐々岡が大変だから支えたいと言った。そんな漠然とした答えを、教師が許すはずもなく、大貫は人より長めに叱られた。大貫も、古刀に対する秋光と同じくらいに、佐々岡のことしか考えていないらしい。

 私は……

 私はどうすれば良いんだ。

 RTAなんかに本気を出したって、冷めるだけだった。私は、あの競技を、息抜きにすることが出来なかった。だから、急激に、虚しさを覚えてしまった。あの、梅津の、木徳を陥れたときの顔を、思い出してしまった。

 なにもない。私だって、なにもないんだ。

 カビちゃんに、ゲームという趣味を与えてもらったのに、そこから得られたものが虚しさだったという事実が、私の首を絞めていった。

 何もしたいことなんかない。

 ただ、鬱屈した絶望を蓄積させて、楽しくもない人生を、適当に生きて、死ぬのを待つだけ。



 采女涼香は、ベッドの上で腕を組み、窓の外を眺めてぼーっとしていた。

 自分が眠っている間に、津倉や洗平などがやって来たことは、看護師から聞かされて知っていた。自身が病弱だと言うのは、津倉には言いたく無かった、恥ずかしいような事実だったのだけれど、こんな形でバレてしまうのなら、自分の口から言えば良かったと後悔する。

「それで」采女は、病室にやって来た人間に話しかける。「動画を消したところで、解決すると思ってるわけ? 大貫さん」

 采女のベッドの脇で、じっと彼女を見つめていた大貫こそが、采女を追い詰めた人間で、尚且つワイルドアームズ3のパッケージを盗んだ人間だった。

「私が、エリミネートダウンを置いた」大貫はそう言う。「ワイルドアームズ3も盗んだ。私が、犯人なんだよ。あの動画の人物は、私なんだ」

「哀れだよ、大貫」采女は、睨み返すように、大貫を見る。「万引きした物を部室に置くことが、犯人の目的だったのに、どうして、そこまでの値段にならないワイルドアームズ3を盗んだのか、その理由が説明できる?」

「やりたかった。それだけだ。良いから、私が犯人なんだ」

「あのワイルドアームズ3には、ゲームディスクが入っていないのは知ってる?」

「え……」気づいていなかったらしい。大貫は、面を食らう。「そ、そんなの、急いでたから……」

「まあ、そういう言い訳もできるだろうけど、あなたはそもそも、私に動画を消せと初めに言って来た。今では、自分が犯人だと。あなたの行動は、初めから誰かを庇ってる」

「庇ってねえよ」

「エリミネートダウンを置けた人物は、消去法で導き出せる」采女は指を五本立てて、大貫に見せた。「部長は、十六時からシューティングゲームをやっていた。途中で手を離したら、あの進度にはなっていない。その前は、生徒会の業務で拘束されていた。次に只野。彼女の服や手には、絵の具が付着していたけれど、そんなものは、部室の何処にも付いていない。次に古刀。入り口から内部を見て、私がいないと判断して帰ったと言っていたけれど、それは嘘。本当は、近づきたく無い人物、秋光が部室の前で教師と話していたから、確認もしないで引き返した。故に、部室には、近づいてもいないし、その様子を教師も目撃している」

「やめろ」

「次にあなた。ワイルドアームズ3を盗んだのが、エリミネートダウンを置いた犯人でないという証拠。わざわざ盗む理由がない。あなたは、犯人が部室に入って行くのを目撃はしたけれど、何をしたのかまでは確認していなかった。しばらくして、犯人が出てくるのを待ってから、部室に入り、自ら、なんだかよくわからないなりに罪を被るために、適当に近くにあったワイルドアームズ3のパッケージを、確認もしないで盗んだ。あなたがそう判断した理由は、机の下に落ちていたゲームボーイ。それを見て、荒らされている、何かを盗んだんだと判断した」

「そんなわけない。エリミネートダウンを置くだけなら、どうして机が荒らされてんだよ」

「部室の外に、秋光と教師が居座って、話し始めたから、犯人は机の下に身を潜めた。それだけのこと」

「……違う、犯人は、私」

「いいえ」采女は、はっきりとその名を口にする。「佐々岡あい。あいつが、エリミネートダウンを置いた犯人」

 そして、探し求めていた「こずえ」の正体。

「嘘だ、私だ。あいは、そんなことしない」

「普段から、手が空いた時には生徒会の手伝いをしていた佐々岡あいなら、部長があの時間にいないことも知っていた」

「あいじゃない……」

「袋にソフトを入れた理由は単純。あの清潔じゃない棚に、エリミネートダウンなんて高価なものを入れるのを躊躇ったから。それくらい、ゲームの価値がわかってる人間。彼女は言葉の端々から、その詳しさが見て取れる」

「違う……あいじゃない……私が……」

「どうして庇うの? あいつが、津倉を陥れた犯人だって言うのに」

「…………大切な、友達だから、一人にさせたくない」

「古くからの友人だったよね。津倉と、あんたもそんな関係だったって聞いたけど、津倉はどうなるの」

「……私は、あいを取った。あいが、津倉に罪をなすりつけたことを知ってた。でも、あいは後悔していた。ずっと、それで良心の呵責に苛まれていた。だから私は、そんな考えを起こさないように、率先して津倉を嫌った」

「良心の呵責だなんて、都合が良すぎるね。人を陥れた時点で、間違った道に進んでる。それをなんとかするのも、友達の役目じゃないの?」

 間違った道。

 その方面に進んでしまう気持ちは、采女にもわかった。寿命が大して長くないと知ってから、采女は荒れた。それは、正しい道なんかじゃ無かった。

「でも……」大貫は頭を抱えた。「どうすれば良いんだよ……」

「人は少しのことで救われる。私がそれを証明してる」

「でも、あいを裏切れなかった。あいがおかしいのは、わかっていたのに……」

「あなたが証言すれば、あの不鮮明な動画に、証拠能力が生まれる。これに映っているのは佐々岡あいだと証言すれば、全ての罪は精算される」

「それで……それで、あいを助けられるのか?」

「他に手はないよ」

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