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 部長の評判が日に日に下がって行くのが、二年である私の教室にいても、はっきりとわかるのが辛かった。

 二日経った。状況はさして変わっていないどころか、悪化しているように思えた。意識のなかった采女は目を覚ましたが、私は病弱だと知った後の彼女を、命がさして長くない彼女を、直視するのが怖くて、あの日以来、まだ病院には行っていない。

 何も知らない奴らが、勝手に部長をおもちゃにしていることにも耐えられなかった。私は、私の悪評以上に、彼女が侮蔑されているのが嫌だった。

 部長は、ずっと休んでいた。

 梅津は、相変わらず学校に働きかけているようだった。

 采女が容疑者と疑っていた、あの四人の様子はあまり変わらなかった。

 部長と采女を欠いたレトロゲーム部は、当然活動なんて行われなかった。洗平にも、あの日以来会っていない。格闘ゲームの練習は家でも出来るだろうが、きっとそんなことをしている女ではないだろう。

 放課後になって、何処かで時間を潰してから帰ろうと思って、私は都会に出た。

 地元から何処かへ遊びに行くなんて、その方向しか考えられないらしく、電車の中では制服姿のままの同じ学校の連中も、ぽつぽつと私の視界に入って来た。

 何をするわけでもないのに、都会の騒がしさ、人の多さを肌で感じると、ああ、私だけじゃないんだと思う。私だけが、私たちだけが……嫌なことに巻き込まれているんじゃないんだって。

 大きめのビルの前の道を、何も考えないで歩いている時だった。近くを通りかかった、同じ学校の女生徒二人の話が、私の耳に入ってくる。

「あれ、里内先輩だったよね」

「多分ね。学校サボってゲーセンとか、いよいよ地に落ちたか」

「先輩、本当に万引きしたの?」

「したって聞いたけど」

 ゲームセンター……そこに部長がいるのか。この辺りのゲームセンターはいくつかあるが、部長が好きなシューティングゲームが入っている店なんて限られる。

 私は、心当たりのある店に急いだ。

 薄暗いを通り越して、ほとんどクラブみたいな闇と光の中を進んでいく。古いアーケードゲームの筐体があるのに対して、一定の興味はあったが、昔ほどの変な熱量が無いことも同時に感じ取った。

 奥。シューティングゲームの前。

 見覚えのある後ろ姿が、座っている。その長い髪と、やや扇状的とも言えるスタイル。

 私はその女の背中に近寄ったが、声を掛ける勇気が出なかった。

 しているゲームは、達人王。異常なまでの難易度を誇る、縦スクロールシューティングだが、この女はそれを、暇そうに蹂躙している。

 女……里内部長は、私の方を一度として見なかったが、自分の背後に立った人間が誰なのかを理解したように、画面から目を離さないで、言う。

「このゲームはね、馬鹿みたいに難しい割に、一周が一時間くらい掛かるの。この難易度の中、それだけの時間、集中力を保たないとクリアできないことから、わりと正気じゃない難易度設定だと言えるわね。一周目をクリアすれば、更に難易度が高くなった二周目が始まって、それをクリアしてようやく開放されるの。二時間よ。百円で、一度も死ななければ二時間潰せるの」

「……部長」

「これと、飽きたら沙羅曼蛇でもずっとやっていれば、家に帰らなくて済むの。学校にも、行かなくて済むの。ゲームセンターが閉まる時間までいると、家の人間はみんな眠ってるの。その静寂の中で、物音を立てないように、こっそりと家の中に入るのって、達人王なんかより神経を使うんだって、初めて知ったわ」

 部長はそこで、飽きたようにレバーから手を離した。

 スコアランキングが表示される。そこには、部長が入力したと思しき名前が入力されていた。三文字まで入力できるゲームだが、どれも名前が違った。

 一位から順番に、「WAT ASH IHA YAT TEN NAI」。

 つなげて読むと、文章だった。

 私は、やってない。

 部長は、そのランキングに文章を残すくらい、ここに居座っていたということ。

「これは、児戯よ」部長は立ち上がった。痩せたようにも見えた。「暇つぶしなの。学校も、店側も、私がやったってことで一致してる。あとは、私が謝れば全部収まるんだけど、その後に待っているのは、悪い人生だと思う。でも、それを拒否していても、部活が解体されて、結局結果は変わらないのよ。どうせ、あの部は消えるの」

「……真犯人が見つかれば、それも」

「でも、学校は、もうそんなことを放棄してる」部長はうつむく。「私たちの居場所は、どうしたって無くなるの。私は采女ちゃんに、彼女の居場所を残してあげられなかった、ダメな部長なの」

「そんなこと……」

「もうどうすれば良いのか、私にはわからないわ」部長は椅子に座って、天井を見上げて呟いた。「真希ちゃんは、万引きを疑われた時、どうしてたの」

「……盗んだと思った現物が出てきたので、それで追求が無くなったんです」

「はは。なにそれ」

 部長は天井を見上げることも止めて、また床の方に視線を落とす。

「あなたの時より、私はどうしようもない状況ってことじゃない」

「私は、変な嫌がらせも受けてましたよ」

「どうせ、私もそうなるんでしょ」

 学校での、部長の評判を思い出す。

「あーあ。私は……ただ、自分にできることを頑張っていたの。それで……その鬱憤を晴らす場所が欲しかった。洗平を引き抜いたのは、選手としての人材が欲しかったからじゃない。あの子も、卓球部で悪い扱いを受けていたわ。一人だけ、卓球に本気だったの。それが、疎まれた。私は、あの子がそれで潰れていくのを、見ていられなかった。知ったからには、無視できなかった。だから、卓球を奪ってまで、引き抜いたの」

「…………」

「そうまでして作った逃げ場だったんだけど……なんで人生って、こう上手く行かないのかしら。私は、ちょっとした安寧が欲しかっただけなの」

「…………」

「なんで人生って、クソみたいな方向にしか行かないのかしらね、真希ちゃん」



 翌日は、意を決して采女の病院へ行った。

 病室は薬の匂いがするというが、私にはよくわからなかった。

 洗平先輩も、来ていなかった。私一人だった。彼女の眠っているベッドの横にある椅子に、落ち着く必要もないのに座った。

 ずっと眠っているのだろうか、この女は。具合の悪いふりをして、私を騙そうとしているんじゃないかという疑念が湧いてきた。

 命が大して長くないなんて、嘘だったって、今からでも言ってほしかった。

 看護師がやって来て、彼女を起こさないように、身辺の世話をする。

「あなたは、采女ちゃんのお友達?」看護師が仕事をしながら、私に尋ねる。

「ええ、そうですけど」

「ああ、まあ、そうよね、当たり前よね」看護師が訂正する。「大変よね、この子も……小さい頃は、もう少し元気だったんだけどね、今だと、運動もできないでしょ。そうしていて、かろうじて普通の人と同じような生活が出来る、って感じなのよね。学校なんて、無理なんじゃないかって、私は思ってた。ストレスだって、溜めちゃいけないって、よく言われてて」

「全く気づきませんでしたよ。嘘なんじゃないですか?」

「本当よ、残念ながら」看護師は、私をかわいそうな目で見た。「そういえば、さっき来てた子も、友達? すぐに帰っちゃったけど」

「どんな奴です?」

「さあ……」看護師は考え込む。「家族の人でもないし……あの洗平って子でもないし。髪は短かったけど、ちょっとだけいて、すぐに帰った」

 部長だろうかと思ったが、髪の長さが違った。

 それとも、まさか、犯人がここまで来たとでもいうのだろうか。私はその考えに対して、戦慄する。殺人事件が起きるとは思わないが、犯人は、采女をここまで追い込んだ人間だ。人が死のうがなんだろうが、そんなことに躊躇いを覚える人間ではない。

 誰だろう……。

 采女が無事であるように願って、私は今日は帰った。

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