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古刀と只野、この二人が容疑者ということは、どちらかがこずえなのだろうか。私はその疑念に囚われると、彼女たちの今までの行動すら、何も信じられなくなっていった。
只野は私とは友人でいてくれているが、その裏で私を陥れたことがあるのだとすると……。
古刀も采女の友人だが、こずえの家からゲームを盗んだのが、全くの嘘だったというのなら……。
怖さを覚える。
人間なんて、そもそも信用していないけれど、それでも騙されるのは良い気分じゃない。
采女はさっきからずっと、近くの教室や部室に入って、聞き込みを繰り返していた。それを、下校時間になるくらいまでやっていたが、容疑者はあの二人から増えなかった。
部長も、まだ開放されていない。
今日はもう有益な事実は何も出ないのだろうか、と思っていたところに、気になる集まりを見つけた。
教室の中で、教師と話している二人の生徒。
卓球部の佐々岡。そして私のことが嫌いな、DTM部の大貫。ここは知り合いなのだろうか。教師と真面目な顔をぶら下げて、何か一方的な尋問を受けているようだった。
采女は躊躇わないで、室内に入って教師に事情を聞いた。教師は女性で、体育を担当している、私の嫌いな女だった。
「もしかして、里内部長の件での話ですか」
「ああ、そうだ」教師は頷いた。にこやかな対応から察するに、采女とはある程度仲が良いようだった。「心当たりのある生徒に話を聞けって、私も言われてな。近くをうろうろしていたっていうこの佐々岡と大貫に、話を聞いてたんだ」
「そうなんですか」采女は二人を見る。二人は、采女を見て不快そうな顔をした。「二人って、いつも一緒にいるよね」
「悪いかよ」大貫が答える。私などは、佐々岡と大貫が友達だっていう話自体を初めて聞いた。「古い友人だ」
「そうなんだ」采女は教師に向き直った。「私が話を聞いても良いですか」
「ああ、構わないが」まさか教師にまで探偵を目指していることを言っているのかどうかは知らないが、嫌に話の通りが良かった。「さっき話を聞いた限りでは、何も不審な点は無かったが」
なんだ、私達を疑うのか、という視線を、明らかに采女に向ける大貫と佐々岡。
そんな視線には構わないで、采女は質問をする。
「あなたたち、なんで怪しまれてるの?」
「こっちが聞きてえよ」大貫が舌打ちと一緒にそう口にする。「別に、このあたりにいただけだって。DTM部には出てたけど、息抜きに廊下を歩いてただけだ。あい……この佐々岡とはそこで会って、ずっと喋ってただけだ。だよね、あい?」
「うん」大貫よりも、幾分冷静に、佐々岡は答えた。「今日は体調が優れなくて、卓球部には出てなくて、でも家に帰る気分でもなかったところに、チヒロと出会ったから、いつもみたいに話してただけ。多分、エリミネートダウンが隠された時間帯も、私達は一緒にいたよ」
「エリミネートダウンのこと、知ってるんだ」采女は意外そうに訊いた。
「采女さんの店には、たまに行くの。私も、大貫から教えてもらったりして、レトロゲームには、少しくらい詳しいから」
佐々岡は大貫と視線を合わせて、頷いた。二人の間では、その話に矛盾はないらしい。
「まあ、詳しいだけで、自分でやることは殆ど無いけどね。確か……ガラスケースに飾ってあったんだっけ。あの、プレイディアが置いてある。あの棚、ただのゲームが、あんな値段になるんだって思って、見てると面白いよね」
「そうそう。その棚」采女は頷いた。「店長室の鍵でも持っていって開けたのかな。場所を変えないと、不用心だよね。梅津さんなら、もう今からでも、鍵自体を取り替えてると思うけど」
采女は、今度は大貫に話す。
「大貫さんは、エリミネートダウンのことは?」
「知らない。まあ、メガドライブの高いソフトだって言われたら、なんとなくイメージできるけど」
大貫は、采女と目を合わせなかった。
どうも、この女は虚勢を張ったり、さっきからソワソワしているような印象が漂っていた。私のバイアスのせいだけではないだろう。
「詳しいの? ゲーム」
「昔ちょっとだけ齧ったって言ったろ? DTM部でお前が訊くから話したじゃないか。するとお前は、そこから壊れた蛇口みたいに永久にファミコンの話をし始めて」大貫はその時のことを思い出して、身震いをする。「今でも、ゲームくらいはやるよ。スローライフゲームが好きかな」
「あんたが?」私は笑ってしまう。「あんたとスローライフって、おにぎりとチョコレートみたいなもんね。同時に食べたことある?」
「何が言いたいのかわからないけど、馬鹿にしてることはわかるぞ、津倉」
「でもあんたって、中学でレトロゲームブームが起きる前から、ゲームは好きだったわよね。私、あんたと遊んだ記憶あるわ。どうやったらこの記憶を忘れられるのかわからないけど」
「……ふん。人違いだろ。私は、お前なんかと遊んだ覚えはない」
人が和ませようと言っているのに、冷たく言い切った大貫の表情に、冗談だとか嘘だとか、そういった物は感じられなかった。
「とにかく、私達がそんなことをするわけがないだろう」大貫は話を戻した。「何の動機があってそんなことするんだ。いい迷惑だ、二人で話していただけだってのに」
「そうだよね……」采女は腕を組んで、息を抜くように、長いため息を吐く。「動機か……エリミネートダウンを置いて罪をなすりつけた。それだけなら、簡単なんだけど、ね」
そう呟いた采女は、じっと二人の顔を見つめていた。
佐々岡は居心地が悪そうに眉をひそめ、大貫は聞こえるくらいの歯ぎしりをする。
「私は、あの時間帯、君たちの部室の前で秋光と話していたんだ」
と教師が言う。佐々岡と大貫は、訊くべきことは聞き終えたとして開放した。
「用事でもありました?」洗平が訊いた。
「いや、たまたまそこで秋光を見かけたから声をかけたに過ぎない。あの子は、都会の大学にいくというから、本人からきちんと聞きたくてな。結局、長引いてしまって、二十分位は話していたと思う。ああ、そうそう。古刀も話している時に見かけたが、私達と目を合わせないように去っていったよ」
ああ、秋光がいるからか、と私は納得する。まだこの二人のわだかまりは解けていないし、おそらく一生このままだろう。
「それは、何時頃ですか?」
「さあ……部長は見かけなかったから、十六時にはなってないがな。それから歩きながら話して、秋光と別れて、職員室で仕事をしていたら、梅津さんが騒ぎを起こしたっていうんで巻き込まれたんだ」教師は気怠そうにした。こういう大人こそ、こういう時にタバコを咥えたがるのだろうか。「まったく……。ああ、私や秋光を疑っているのなら、古典や数学の先生にも証言を取ってくれ。その二人が、私たちじゃないことを証明してくれるはずだ。他にも探せばいると思う。第一、私にそんなゲームの価値はわからん。趣味じゃない」
「まあ、そうですよね。先生、休日はランニングや筋トレって言ってましたよね」
「そうだ。洗平も、卓球部を止めたからと言って、トレーニングを怠ると、老後に響くぞ」
「きちんとやっていますよ、こう見えて」洗平は笑いかけた。「ラケットを握らなかった日なんか、一日だって無いんです」
「そうか。ならすぐにでも復帰するか?」
「…………」突然の問いかけに洗平が口をつぐんだ。「いえ、少し時間を」
「わかったよ。しかし里内、どうなるんだろうな」教師は腕を組んで、窓の外をじっと眺めながら(そんなところに部長なんかいないのに)、心配そうに呟く。「里内も、ずっと認めてはいないが、反証を出せるわけでもない。梅津さんは、これ以上抵抗するなら警察沙汰にでもすると言ってて、学校側も、そうなると評判の問題で、非常に困る」
「……じゃあ部長に」私は口を挟んだ。「認めるように圧でも掛けるんですか?」
「その可能性はあるな……ひとまず梅津さんをなだめないと行けない。現物も出てきてるわけだから、あとは梅津さんのご機嫌次第といえばそうだ」
「部長を、なんでも良いから罰するんですか?」
「自宅謹慎が妥当な線だと、私は思う」
「やってもいない罪で自宅謹慎って、その判断のほうが、ここはなんて馬鹿な学校なんだって生徒は思いますよ。里内先輩は有名人ですし、みんなに慕われています。里内先輩を磔にして、誰が救われるって?」
「……津倉は本当に、大人を恐れないな」褒められているのかわからないことを言われる。「実はな、この件だけではなくて、部長があの部を私物化していることも問題視されてきているんだよ」
「私物化……」心当たりが、無数にあった。「いや、でも、ちゃんと格闘ゲーム大会に向けて練習はしていますよ、ね、洗ちゃん先輩」
一瞬狼狽したが、洗平は首を縦に振った。
「そうは言うものの、関係のないゲームソフト、関係のないゲーム機、菓子類、許可なく持ち込まれたテレビ……全部里内のプレゼンテーションと将来性で黙認されていたものだが、それが崩れ去ったとしたらどうなる」
「……廃部、ですか」洗平が言う。
「ああ。それに、津倉」私を見る教師。「部員でないものが、ここまで自由に出入りしているのも、問題になるんじゃないか。これでは、部活動なんかじゃないって判断されてもおかしくはない」
「……それは、わかっていますけど」
急に現実に引き戻されたような気がした。
私はさっきから黙っている采女を見る。
なんだか、焦っているような表情を浮かべているのが、珍しかった。
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