3章 何か特別な輝き
1
河原は涼しかったが、いつまでも居たいと思わせるほどの魅力なんて無かった。
大したことのない、水害の恐れだけがある川を眺めながら、私と采女はほとんど石しか落ちてない地べたに座っていた。
授業が終わってすぐの時間帯だった。夕陽が綺麗だとか、夜景が見えるだとか、そんな時間じゃない。なんでこんな、ただ水が流れる様子を、じっと眺めているんだろうと思った。せせらぎも、車の通る音で聞こえなかった。
あの日以来、私はゲームをプレイすること自体に、喜びすら感じなくなっており、部室に顔を出すのも、まっすぐ家に帰るのも嫌だった。だからこうして、最近はどうでもいいところで時間を潰しているのだけれど、今日は私を心配に思ったのか、采女がそれに付き合ってくれた。
別に、二人で過ごしたって、この時間の無意味さは変わらなかった。
もはや、寒いと感じるくらいまでここに座ってから、ようやく口を開いたのは采女だった。
「……私はね、津倉」采女は、暇そうに大きめの石を蹴る。「この三年間、ずっとあなたに濡れ衣を着せた奴を見つけ出そうって思ってた。それが、私の目的だった」
「もっと楽しいことに時間を使いなさいよ」
木徳は、消えたと言った。逮捕されたのかどうかまでは知らない。考えたくも無かったが、彼が私たちに押し付けた動画は、あの日、采女の家に行って確認した。
そこに映っていたのは、女の後ろ姿。
鍵の挿したままのガラスケースを開けて、中にあったギミックを盗んで、
それからその鍵を、近くにいた私の鞄に滑り込ませた。
この女が誰なのかは、この動画のみでは判別がつかない。知らない女かもしれない。しかしこの動画で脅せば、木徳の言いなりにはなってしまうのだろうか。この三年後に、無事に木徳とは別れたと聞いたが、自分の容姿が、動画から変わるのを待ったのだろうか。そもそも偽名を伝えていたと言うが、こずえのことはよくわからない。
「メタルストーム」采女が川を見つめながら言う。体育座りをしている。「返してもらった?」
「ええ、只野から……木徳みたいな男が、破壊するわけないもの」
「木徳先輩は、ゲームに対しては、本気だったみたいだから……」采女は、私の知らない木徳を思い出していく。「店長もいなくなって、今は梅津さんが店を切り盛りしてる。前から経営方面に口出してて、割と理解があったから、あんまり問題ないみたいだけど……」
梅津は初めから、店を乗っ取りたかった。そう言いたげな顔を采女は見せたが、何も言わないで口をつぐんだ。
「どんな気分? 自分に濡れ衣を着せた犯人の証拠が、急に出て来たの」
「思ったより、興味ないわ。ゲームショップだって、急にギミックが見つかったって言って、私を追求するのやめたし」
「うん、それは覚えてる。でも、同級生での扱いは、ずっと同じだったね」
「万引き疑われて、それからずっと、私は迫害されてたのよ」
三年前のことを、私は真剣に思い出す。忘れてしまいたいというか、興味を持っては負けだとすら思っていた、忌まわしい事件だった。
中学時代のあの日、私は友人数名と、近所にある中古ゲームショップを訪れていた。ここは現在は采女がバイトをしている店だが、当時は采女の影も形も無かった。木徳や梅津はいるだろうが、認識はしていなかった。
店内には、客が何人かいた。そこにこずえが居たのだろうが、同じくらいの年齢の女がいた記憶はない。というか、ゲームショップに来て、そんなことをいちいち気にして生きている人間ではない。
私達は物珍しさを覚えて、ギミックの飾ってあるガラスケースを、しばらく眺めていた。まあ買えるようなお金も、当然持っていなかったので、すぐに飽きて、自分たちでも買えそうなスーパーファミコンのソフトを漁り始めた。
それから、何も買わないで店を出ようとする時に、店長から呼び止められた。店のプレミアソフトが盗まれた、鍵がお前の鞄に入っている。商品を出せ。そう迫られた。今にして思えば、ずっと観察していた木徳が、私の鞄に鍵が入っていることを教えたんだと思うし、犯人の女はギミックを持って逃げたが、すぐ後に木徳に脅されることになる。
私は抵抗した。そんな物、盗んでいない。だって、現物を私は持っていなかったから。友人たちも、店長に荷物を見せるように言われて従ったが、証拠となるのは鍵だけだった。
それでも、友人たちの私を見る目は、このときから変わっていった。だって、鍵が鞄に入っていたのは事実だったからだ。それは言い逃れが出来なかったし、ゲームソフトなんて、隠し場所はどうとでもなる。一度疑ってしまえば、私に対する信頼なんて、風で飛んでいく埃みたいなものだった。
その疑念が加速したのは、翌日だった。店長の静止を振り切って、無理やり家に帰ったが、次の日の学校で、わざわざ全校集会が開かれた。この中に、万引きをした者がいる、と。店長はすでに学校に連絡をしていた。私の個人情報は、昨日尋問された際に、店長には全て把握されていた。
全校生徒の前で、私は教師陣に呼び出しを食らった。盗んだという事実もないのに、盗んだということにされて、謝罪をするように言いつけられた。
それでも、私は首を縦に振らなかった。だって、盗ってないものは盗っていないから。
その態度が、更に混乱を招いた。店長としては、さっさと謝ってくれれば、警察沙汰にはしないという譲りどころがあったが、それすらも足蹴にされたように感じ、絶対に私からギミックを取り返して、少年院にでも送ってやる、という意気込みで私を責めた。
毎日学校に呼び出しを食らって、教師や店長に話を聞かされた。
その間に、私が本当に、ゲームを万引きをしたんじゃないかという疑念が蔓延し、私は友人らから冷めた目で見られるようになった。そもそも、そんな人間と付き合っていると、同類だと思われるから、無理もないのだけれど。
私は将来さえ、学校生活さえ危ぶまれ、家族も私を疑い始めた。母親には、人に迷惑だけは掛けるなと言ったじゃない、と告げられ、祖母は私を無言で殴った。
どうして、こんな目に遭うんだろう。そんな日が、数週間続いた。
ある日、店長の私への恫喝が、ピタリと止んだ。学校も、私を呼び出さなくなった。
まあ、それで私への学内での扱いが、すんなり戻るわけではないのだけれど、私は気になって、しつこく私に迫っていた教師に理由を聞いた。
ギミックが見つかった。店長からは、それだけを聞いていたと。
私はそれを聞いて、竜巻が過ぎ去ったあとの焦土を思い浮かべた。
破壊されるだけ破壊されて、それで終わりだなんて。
クソね、この世って。
私は十四歳で、世の中をそんなふうに捉えて、そこから大して進歩もないまま、現在に至る。
「私、こずえを探したい」采女は、決意するように言う。「報いを受けさせたいっていうか、一発殴りたいっていうか、とにかく私は、うちの学校にいるっていうこずえを探さないと、私の夢は終わらないんだよ」
「何のために?」
「津倉のため」
「は。良いわよそんなの、私のために……。私に、そんな価値ないわ。多分、中古のギミックよりもずっと安いわよ、私の人生なんて」
「私にとっては、ギミックよりも上」
「あんたが、私を買いかぶる理由がわからないわ」
私はそこで立ち上がる。
三年を失ったような気分。その喪失感を、新鮮に思い出す。
「私はね、津倉」
采女は私を、じっと見つめて、
「あなたに救われたんだよ」
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