12
「これが私の頭で導いた、推測です」
采女が、謙遜してそれだけを、今にも項垂れそうな木徳に言う。
ウィザードリィ1を探す理由は、大切な家族との思い出の詰まったセーブデータが入ったカセットを、腹いせに恋人に盗まれたから。
中途半端だった『ゆうすけ』のデータの意味は、元恋人の強烈な嫌味。
そこで浮かび上がるのが、恋人だったという『こずえ』、その人に対する疑問だった。古刀がソフトを盗んだという人物と同一だというが、本当なのか。
木徳は、やがて勝手に話し始める。部屋の前から移動して、アパートの前に、成人男性一人と数名の女子高生で集まっている光景は、奇妙だった。
「俺は、『こずえ』と名乗る女と付き合っていた。苗字は知らない。漢字も知らない。ただ『こずえ』とだけ名乗っていた。地味な女ではあった。学生だってことも知ってた。未成年に手を出すと淫行でしょっ引かれるから、そう言ったことは何もしていない。あいつは、お前たちの高校に通っていると言った。付き合っていた期間は、三年。だがあいつは進学の話はしていない。ずっと高校生を名乗り続けた。だから年齢も知らない。本当に、あそこの生徒だったのかも、俺には定かではない……」
「出会いは?」采女は尋ねる。
「店で、こっちから話しかけただけだ。向こうも暇そうにしていた。つまりはナンパさ。それでうまく行ったんだから、それで良いだろ」
木徳が、そんな女に飢えている風には見えなかった。嘘なんじゃないかとも思ったが、その反証はない。
「あいつは、ゲームに詳しかったな。別に、今ではあまりやらないとは言っていたが、それでも知識はあった。俺たちは、似合っていたカップルだったんだよ」
「似合ってたら別れないでしょ」私は言う。「別れた理由は?」
「さあ。急に別れろってあいつが」木徳のその話ぶりからは、未練なんて欠片も無いように見える。「あいつが、急に別の男を連れてきて、いきなり別れろと言って来た。それだけだ。理由は知らんが、あいつは前から不満だったみたいだな……それで、俺の家で話し合った。知らない男を家に上げるのは不快だったが、黙って従った。話し合いは一瞬で終わったが、あいつらが帰った後に気づいた。俺のメモリーカード数枚と、ファミコンのウィザードリィが無いってことに」
「こずえは」采女が訊いた。「あなたにメモリーカードを預けてたの?」
「いらないって言うから貰っただけだ。それを、全部奪い返されたがな。あいつに話したことがあったんだ、俺は。あのウィザードリィに入っている、大事なデータと思い出を……子供の頃、家族で一緒に遊んだんだ。変な家だろう? だがな、楽しかったんだよ……それを、あのこずえのクソ女……」
「それで……」只野は、心配そうに手を合わせる。「私たちを巻き込んで、近辺のゲームショップを……」
「ああ。一人で一通り探した。売っただろうからな。でも見つからなかった。だから、こずえはあのソフトをまだ売っていないと踏んだ。だが、あの高校にいることはわかっても、接触する方法が無かった。そんな時に、みのり。お前を見つけた。お前を脅しつけて、ソフトを持っていそうなやつから回収してもらうように頼んだ」
結局、本当にあの学校に潜んでいるのかどうかもわからないままだったが。
「どんな女?」私は気になって尋ねる。
「地味な女だが、きっと化粧や服装で、印象も違うんだろう。見たってわからないだろうな」
そして木徳は、采女にUSBメモリを渡す。
受け取った采女は、不思議そうな顔をする。
「これは?」
「こずえ、あの女はクズだ」木徳ははっきりと言う。「良いか? これは別れたから惜しんで言っているんじゃない。あいつは初めからクズだった。そのメモリには、動画データが入っている。俺が撮影した物だ。お前から連絡があった時から、覚悟をしていた」
「なんのデータですか、木徳先輩」
「三年前だ。俺はその動画を出汁にして、こずえを脅して、自分に逆らわないようにした。無理矢理恋人にしたんだ。それが発端だ。頼む。その動画を使って、こずえを、こずえの人生を破壊してくれ」
「破壊って……」
木徳の様子が、おかしくなっている。
何を考えている。
なんの動画……
三年前。
ゲームショップ。
ああ、私は、
それを知っている。
「三年前に、こずえがうちの店で盗みを働いて、その罪を他人に擦りつけたという、その証拠が映っている動画だ」
「それって」采女は、呟く。気づいたのか。
私は、一歩前に出る。
「店のガラスケースにあったファミコンソフトのギミックが、万引きされた事件?」
「……津倉、お前」木徳はそうして、ようやく私の顔をきちんと見つめた。「お前は、そうか……あの時ギミックを盗んだと店長が騒いで、追求した女か……」
そう。
その事件。
私が万引き犯だと疑われて、そして友人関係を破壊されて、現在のような状態になったきっかけ。
その真犯人が、こずえ? 映像が残ってる?
「木徳……あんた、なんでそんな映像、持ってたのに、あの時出さなかったわけ」私は木徳に掴みかかった。「あのせいで! 私がどんな目に遭ったかわかってんの! 証拠があるなら、ここまでにはなってないわよ!」
胸ぐらを掴まれた木徳は、弁解するように言う。
「……俺は、あの日、店長に対して腹が立っていた。辞めてやろうとも思った。腹いせにガラスケースの鍵を開けて、鍵を差したままにして、自分のスマートフォンで撮影をして置いておいた。まさか、あんなに予想通りに望んだこと、いやそれ以上のことが起きるとは……俺は、こずえを脅したが、こずえを失うのが嫌で、言えなかっただけだ」
「この!」
私は木徳を蹴り倒した。木徳は抵抗もしなかったし、采女も深刻な顔のまま、私を止めなかった。洗平も、只野も、私を見ていた。
もう一撃を下そうと思ったが、
背後に人がやってくるのがわかった。
「木徳……」
現れたのは、知らない女。
誰だ? この女は、誰だ。
「采女ちゃん」女は、采女に話しかける。「頼んだ件は、どう?」
「ええ、バッチリです、梅津先輩」
先輩? なら彼女も、ゲームショップの店員だろうか。
梅津先輩と呼ばれた女は、木徳に嬉しそうな顔をして近寄る。眼鏡をかけていて、髪を結んでいた。
誰も、彼女のことを不審がっていたのに、止めはしなかった。
「木徳」
「梅津……」木徳は倒れた格好のまま言う。「なんだ、俺の家まで来て」
「あんたはもう終わりよ」
「終わり?」
「采女ちゃんに調査を頼んでいたの」梅津は、采女を自慢げに指差した。「私が頼んでいたのは、店長の不倫の証拠。そしてあんたの、店の金を横領していた証拠よ」
横領……?
話が飛躍して、私は理解できなくなる。
「……采女、お前……」木徳は、采女を睨みつける。「俺が優しい先輩であったのを、忘れたって言うのか」
「梅津さんに頼まれたんですよ」采女は、表情を変えないで言う。「店長の不倫の証拠は、既に彼の奥さんへ。そしてあなたの横領の証拠は、警察へ提出済みです。じきに、あなたは終わる」
「……だからお前も、梅津も嫌いだったんだよ」
「あはははは!」梅津は、声を上げて笑い始めた。「あんた、そこの子を脅迫までやってたんですって! 前から気に入らなかってけど、まさかここまでの人間だったなんて! びっくりよ! 私はね、あんたを店長と一緒に、あの店から追い出すことを、どれだけ待ち望んだか! その夢が、叶うの!」
「何が夢だ」
「悪人には罰! それが、私の人生の存在意義。他に気持ち良いことなんか、欠片も無いのよ! あははは!」
立ち上がった木徳は、部屋へ走って戻る。
梅津は、私たちのことなんか気にしないで、まだ笑っていた。
「報われた! 報われたの! 私の苦労が! 就職に失敗してから、何にも無かった私が、ようやく幸せを掴んだの! 悪人を牢獄に送ることが、昔から私のハケ口だったの! 采女ちゃん、私はね、学生時代から、人がカンニングをしたとかズルをしたとか、そう言うことを密告してきたの、それが楽しみだったのよ! 今は、その中でも、最高の喜びよ! あははは! 笑わずにはいられないわ!」
「う、梅津さん……」采女は、梅津を宥めようとする。「あの、大声は迷惑なので……」
「今日ほどの幸せは無いわ! ずっと木徳を! 店長を、叩き潰したかった! 夢よ! その夢が叶ったの! ねえ! 夢を叶えたこと、ある? それって、こんな気分なのよ! 人生を費やして、努力して、ようやく叶った夢が…………」
話していたのに、
梅津は急に静かになって、空を見上げた。
「…………それだけ費やして、叶えた夢の喜びって、こんなもんだったのね」
「梅津さん……」
「ハイになりすぎたみたい」
急に、萎んだ風船みたいになる梅津。
「虚しくなったわ。私、何をしていたのかしら。夢なんて、叶えるまでの道標だって言うけど、私には、他に何も無いの」
「そんなこと無いです!」
そうやって割り込んできたのは、
只野。
嬉しそうに、彼女も笑っていた。
「嬉しいんです、私は……こんなに嬉しくて、良いのかなって思うくらい……あの木徳から解放されて、私は、たまらなく嬉しいんです! お姉さん! ありがとうございます! あは、あはは……こんなに、肩の荷が軽いのは、初めて……」
「あなたは、木徳に脅されていたの……?」
「はい! 最悪でした、あんな男に付き纏われて、人生が狂いました。何もできなくなりました。追い詰められました。好きだった絵も、描けなくなりました。最悪でした。でも、ああ、絵!」
只野は両手を広げて、
異様なダンスを踊った。
頭でも、打ったように。
「お姉さんのおかげで! 私、また絵が描けそうです! 何を描こうかな……木徳を虐げる絵を描きます! あの男への恨みを、全てぶつける絵にします! 家族も、学校のみんなも、全員血祭りにあげるような……そんな絵を描きます!」
只野……
どこへ行くの、只野。
私の好きだった只野は……
「そう」梅津は興味もなさそうに、呟く。「良いわね若いって、打ち込めるものがあって」
梅津はそう言って去って行く。
「私には、もう何も無いわ」
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