11
采女が、木徳に連絡をしろと言って、私は只野にそれを伝えた。
「采女っていうヤバい女が、お前の正体を全部明らかにするから」と私は只野にそういう文面を指定して、メールで送らせた。
返事は思いの外早かったし、断られるとも思ったが、意外な結果になった。
『今日の放課後、家まで来い』
やけに素直だ。私は訝る。もしかすれば、木徳によって私達は、密室ですさまじい目に遭うのかもしれない。スタンガンくらいは持って行きたいところだったが、そんな物は持っていなかったので諦めた。
放課後になると、采女、洗平、そして只野を連れ添って、木徳の家へ向かった。道中で、采女は何も語らないで「全部解決するから、大人しく見てて」と言った。探偵に憧れている女は、こういう自分の推理を、他人に自慢気にぶつける瞬間が、たまらなく気持ちがいいのだろう。
木徳の家。古臭いアパートメント。夜というほどでもないが、あまり明るくない時間になっていた。そのせいか、ところどころの汚さで、薄気味の悪さが際立った。住んでいる人間には悪いとは思うけれど。
木徳の部屋のインターフォンを、采女は鳴らした。
応答はあったが、インターフォンでは無かった。
ドアのすぐ後ろから、木徳の声がした。
「入るな、そこで用件を言え」ドア越しの声は聞き取りづらかったが、木徳で間違いはない。どんな表情をしているのか、想像もつかない。
「隣の人に迷惑でしょ」私が言う。「こんなとこで、うるさくするもんじゃないわよ」
「良い。両隣は誰も住んでない」
「あんたが私達をここに呼んだんでしょ、もてなしなさい」
「津倉、待って」
私の肩に手を置いてから、采女が前に出る。木徳の声がする扉を、じっと見つめて。
「木徳さん……いや、木徳悠輔」
唐突に、采女はそんな名前を告げて、相手の反応を待った。
「ゆうすけ」。采女は、間違いなくその名前を口にした。最近耳にしたその名前を、私はどこで聞いたのか。
「…………なんだ」扉はそれだけを言う。
「木徳って名前を聞いた時から、私は引っ掛かってました」采女が語り始める。「知り合いに一人だけ木徳って名前の男性がいるので。ねえ、木徳さん。いえ、木徳先輩」
「采」私は口を挟んだ。「あんた、こいつと知り合いなの?」
「うん。この人は、バイト先の先輩だよ」
「な、なんでそれを早く言わないのよ」
「部長から、只野の彼氏さんの名前を聞いた段階では、まだ判断できなかったけど、それはこれから説明します」采女は扉を向く。「良いですよね、木徳先輩」
扉は答えない。
「ではまず、結論から言いましょう。私が中身を探っていたメモリーカード。そこに残された『ゆうすけ』という名前のデータ、そしてRTAの区間練習をしていたデータ。この持ち主も『ゆうすけ』。この『ゆうすけ』と只野さんの彼氏の木徳は、全く同一人物で、私のバイト先の先輩でもあります」
あのメモリーカードが? あんなの、采女が勝手にバイトの仕事で遊んでいただけじゃなかったのか。
「その理由を言え」木徳が答える。「木徳も『ゆうすけ』も木徳悠介も、いない名前じゃない。俺がそれらの木徳と、同一だという根拠を言え」
「では、順番に。あなたがウィザードリィ1のカセットを欲している理由から」
「なんだ」
「珍しいゲームではありません。案外何処にでも売っているようなゲームではあります。なぜそんな物が欲しいのか。プレミア価格がつくわけでもないのに、どうして欲しがるのか。あなたは、この近辺、行ける範囲での捜索を、只野さんや津倉に頼んでいました。重度のウィザードリィコレクターで、全てのカセットを、自分の手の中に収めたいというのであれば、意味の通らない頼みです。近辺なんて、マニアなら真っ先に探しに行くところでしょう。つまり、あなたはコレクターというわけではありません。では何が目的だったのか。それは、セーブデータです。必要なセーブデータが含まれたカセットが、この近辺に出回っているのか、誰かが所持していることを知っていたあなたは、それを探し出すのに最も適していた人物、つまりはうちの高校の生徒に声をかけました。それが只野さんです」
只野は黙っていたが、木徳が反論する。
「女子高生なんかに、気軽に話しかけたら犯罪者扱いだろ」
「あなたは、只野さんの弱みを握っていました。これは只野さんが話してくれました。彼女が、絵の具を捨てようとしていたところに、注意をしに行った。そこを逆に脅しに使った。これは、偶然なのか意図されたものなのかはわかりかねますが、あなたは初めから、うちの生徒を狙っていました」
「何の理由があってそうするんだ。変態だろう」
「あなたは近辺のゲームショップを探す他に、もう一つ頼み事を付け加えていました。考えてみれば、不自然な頼み事を」
――学校の友人とかにも持っているか聞いて、譲ってもらえ。
木徳は、そういう頼みも口にしていた。
「今どきファミコンの、しかもややマニア向けとも言えるゲームのカセットを、この時代の若輩が持っている可能性を考えるのは、中学の頃に局所的なレトロゲームブームが起こった私達の世代だとしても、かなり飛躍した発想です。あなたは、なぜそんな考えを自然と口にしたのか。それは、あなたがうちの生徒の某が、自分にとって必要なセーブデータの入ったカセットを持っていることを知っている、というものに他なりません」
「誰なんだよそれは」
「私の推測では、こう」采女は、顎に手を当てた。「あなたと付き合っていた、彼女」
「根拠は」
「バイト先で、恋人と最近別れたから辛い、と口にしていたのは、誰でしたっけ」采女は笑った。「あなたは付き合っていた彼女に、大事にしていたセーブデータの入ったウィザードリィ1を、別れの腹いせか何かで、盗まれた。それをこうやって、今も必死に探している。近辺に売る可能性と、まだ所持している可能性を考えて。違いますか?」
…………。
「そんなに大事なセーブデータなんて、あるわけないだろ」
「ええ、私も、どんなデータなのか、よくわかりません。考えつく範囲では……」采女はちょっと上を向いて考える。「家族との思い出、ですか? あなた、家族にどんな思い出があるのか知りませんけど、かなり大事に思っているようですね。あなたのWiiに保存されているアバターにも、家族思いだった名残があります。ウィザードリィにも、名前を自由に入力して、キャラクターを作れる機能があります。あなたの大事なセーブデータとは、家族と一緒に、あの迷宮を冒険した思い出なんじゃないんですかね」
「……………………」
「木徳先輩」
「…………は。お前って、本当に探偵なんか目指してたんだな」
木徳は、絞り出すような声で、采女の推測を認めた。
采女の指摘で思い出した、無くした家族の思い出を、そっと掌の上で、撫で回すように。
ウィザードリィは、ほとんど文字、そしてある程度のグラフィックスで構成されたゲームだったが、それ故に各々の想像で補う部分が大きい。木徳の脳内では、キャラメイクをした家族のみんなと、迷宮を踏破する思い出が、どれだけ鮮明に刻まれているんだろう。
「家族は、どうしたんですか」
「離散した。それだけだ」木徳は短く言う。「だがそれでは俺が、お前の知っている木徳先輩ということにはならない」
「先輩、ソフトの動作チェックを率先してやってましたね。あれは、自分の欲しているウィザードリィを探してたんです。もしかしたら、今更売るかもしれないと思って。そして、メモリーカードも欲しいと言っていましたね。先輩、カセット以外にも、メモリーカードも持っていかれたんでしょうね」
「それは『ゆうすけ』のデータであって、俺である証明はできていない」
「『ゆうすけ』データには、かまいたちの夜が。恋人の名前は『こずえ』。男主人公の名前は『ゆうすけ』となっていました。他にも、こずえのデータと同じメモリーカードに、『ゆうすけ』と名乗るデータが保存されていたりもしました。このことから、二人は面識があり、かつ恋人同士だったとの仮説が立ちます」
「そうだったとして、別れたという証拠はない」
「木徳さん、盗まれたカードにはどんなデータが入っていたか、知っていますか?」
あのすべてが中途半端だった『ゆうすけ』のデータだ。
あのデータの意味は、よくわからなかったし、そんなものがこの男に繋がるのか。
「知らん」
「では教えます。PSのファイナルファンタジー2。最初の町を出てすぐ。ファイナルファンタジータクティクス。ウィーグラフ戦直前、連戦の中間セーブ。ブレスオブファイア3。主人公の匿われた家が襲われ、燃える直前。テイルズオブファンタジアのPS版。これも、主人公の村が崩壊する直前。クロノトリガー。裁判の直前。有罪になるように仕込んであります。ドラクエⅣ。五章直前。これも同じく、主人公編が始まって、住んでいた村が襲われる所です。ワイルドアームズ1。ロディ編最初のイベント終了直前。ひどい扱いを受ける、胸糞悪いイベントです。PS版かまいたちの夜。彼女に刺されるエンディングの辺り。さあ木徳さん。あなたはRTAなどをやる程度には、ゲームが好きなはずです。これらのデータの共通点は?」
「知るか」
「答えは、悲惨なイベント、全滅イベントの直前、直後。そして、主人公の名前を自由に変更できて、その名前を『ゆうすけ』としてあった。木徳さん、あなたが作ったデータじゃありませんね?」
「違う。そんな物は、本当に知らない」
「あなたはメモリーカードも盗まれたと言った。盗んだのは別れた恋人。さて彼女は、このデータをどういう意図で作ったでしょう」
わかりきった答えだった。
人間の、気味の悪い悪意を突きつけられているが、それを認識して答えたいとは思えない。
木徳は、何も言わなかった。
只野も、洗平も、誰も、その先を意識したくないみたいに。
采女は、眼の前に叩きつけるように、口にする。
「あなたの別れた恋人は、あなたの名前を持った人物が、ゲーム内で悲惨な目に遭うことを楽しんでいたんです。ただそれだけのセーブデータだったんですよ。あなたは、そこまでされるほど、恨まれていたんです」
「それがなぜ、店のメモリーカード売り場にあった」
「あなたに突きつけたかった。単なる憂さ晴らしとして。データチェックをするのはあなた、そのくらいは、恋人なら知っているでしょう」
「……関係ない。俺じゃない」
「もう一つのメモリーカードはRTAの区間練習が入ったデータです。ゲームタイトルは、ケイン・ザ・バンパイア。海外では知りませんが、日本ではマイナーなゲームです。RTAなんて、一般からすればわりとニッチな遊び方です。走っているタイトルが、古くてマイナーなゲームであれば、被ることはまずない。木徳先輩はケイン・ザ・バンパイアのRTAをやっていると言いました。このメモリーカードは『ゆうすけ』の物であることに間違いはありません。同じカードに『こずえ』と『ゆうすけ』のデータも入っています。ここに、ゲームショップ店員木徳悠輔とメモリーカードの主の『ゆうすけ』との間にイコールが引かれました」
沈黙。
空気の流れと、遠くの街の喧騒だけが聞こえる。
もう日が落ちている。虫や蛙の鳴き声が、何処かから聞こえるんじゃないかと思う。
そうしているうちに、扉が開く。
中にいたのは、当然、木徳だった。
「木徳先輩。観念しましたか?」
『只野の彼氏の木徳』だけだった男の背中には、ゲームショップ店員と、元恋人に恨み尽くされている男という概念が、ベールみたいに重なって見えた。
「お前のこと、最初からあんまり好きじゃなかったが、正解だったな」
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