10

 采女涼香は、バイトをしながら店長のことを調べていた。

 よく店からいなくなる、不審な男だった。仕事が適当なのは周知の通り。机の上も散らかっている。彼のことを知るなら、証拠品というものは、この中にたんまりとあるんじゃないか、と采女は考える。

 不倫相手との電話で、相手のこともだんだんとわかってきた。もちろん、この街の人間だろう。近々、住所を割り出せる気が、采女はしている。

 どうしてそんなことをしているのか、というと、女の先輩からの指示だった。仕事ではないが、女の先輩は、店長のそういった脆弱な部分を、異常なほどに知りたがっていた。探偵を目指している、と彼女に教えると「なら、私の依頼も受けてくれる?」と言って、采女にそういう頼み事をした。

 あの女が何を考えているのかは、おおよその推測はついているが、確証はなかった。まあ、なにか見返りを用意するとも言っていたので、采女は文句も言わないで、黙って言われたとおりにやっていた。探偵になるための訓練と思えば、さして嫌でもなかった。

 留守にしている店長のデスク周りを、片付けと称して調べていると、男の先輩が店の方から首だけを覗かせて、采女に話しかけてくる。

「なあ、采女。そこのPS1のゲーム、大量にあったんだが、何処に行った? まさか、売れたのか?」

「あ、それなら私が、メモリーカードの動作チェックに借りてます。もうすぐ持ってくるので、棚は空けたままにしておいてください」

「おいおい、客のセーブデータを調べてるのか?」男の先輩は言う。「そういうのは俺の仕事だって言ってあったのに、何やってんだ店長、マジで適当だなあのハゲ」

「すみません、その日は、私くらいしかやりたがる人が居なくて」

「まあ、別に良いけどさ……」男は文句を言うが、采女から仕事を取り上げる程ではなかった。そうして片手間に仕事をしながら、尋ねる。客はいない。「それで、なにか面白いデータはあったか?」

「別に」この男に何かを教えたところで、意味はない、と采女は判断する。「ただの動作チェックですよ。至って普通のセーブデータでした。メモリーカードも、何枚かあったんですけど正常に使えます」

「ふうん。メモリーカードか……最近俺も欲しいんだよな、PS1のメモリーカード」

「なにかやってるんですか?」

「まあそりゃ……、こんなところで働いてる人間、レトロゲームくらいするだろ」男は暇そうに言う。「でも昔のゲームって、メモリーカードの容量も小さくてさ、すぐいっぱいになっちまうんだよな。だから、予備が欲しくてさ。店のやつでもくすねようか迷ってる」

 この男なら、本当にやりかねないなと采女は思う。

「どうせ五百円くらいなので、買ったらどうですか?」

「それもそうなんだが……うーん。お前、チェックしてるメモリーカード、俺に流さない? 値段まだついてないだろ。全部で何枚だ?」男は采女のいる店長のデスクに近寄る。

「十枚です」

「よし、じゃあ千円をお前に直接渡そう。店長はメモリーカードのことなんか絶対に覚えてない。どうだ?」

「先輩、今までもそうやって、動作チェックで勝手に商品を盗んだりしてたんですか?」

「失礼だな。こんなことは今日が初めてだ」



「只野」

 翌日。学校。休み時間。廊下。

 見かけた只野を、私は呼び止める。

 周囲には生徒が行き交っている。私たちのことなんて、虫みたいに軽視していた。

 呼んだって言うのに、只野は私を無視して、背を向けて廊下を突き進む。

 私はその背中について行った。

「只野。メタルストーム、壊されてないんでしょ」歩きながら私は言う。「木徳はカスだけど、ゲームを破壊する人間だとは思えない」

「…………」

「あんた、私たちを、木徳の面倒から遠ざけようとして、そんな嘘を言ったんでしょ。木徳の注文に、終わりなんか見えないから」

「…………」

「只野! 無視するな」

 只野は走った。

 ふざけやがって。私はそれを追いかけた。

 廊下を全力で走る二人を、止める生徒はいなかった。片方が私だから、あんまり関わりたくないって思われてるんだろうか。

 体育の授業よりも、ずっと真面目に走った。お腹が痛くなった。

 先に体力が尽きたのは、只野だった。

 たどり着いた先は、校庭だった。

 建物に寄りかかって、肩で息をする私たち。

 こうやって苦しそうに息をしている只野を追い詰めると、自分が優位に立ったみたいで興奮を覚えなくもない。

「……津倉さん、もう良いよ」只野は声を絞り出した。「巻き込んだのは、多分私……あいつにメタルストームを貸したのが悪かったの。人の物を又貸しするなんて、常識的じゃないよね、私……」

「良いわよ、絶縁して三年経てば、自分の物みたいなもんでしょ」

「ねえ、私、どうすればいいの……」只野は泣き始めた。呆れ果てるほどに、この女、泣いてばかりいる。「れんげ先輩と津倉さんに助けてもらおうともしたけど、迷惑かけただけだった……ずっと、木徳は、あのゲームのことを聞いてくる……メタルストームだって返してくれない。絵も描けない、学校も辛い。家にいたくない。どうすればいいの? 私、どうすれば……」

 私は思い至る。

 古刀もそうだ。自分の刷毛口を失って、追い詰められているんだ。

 ゲームを失ったら、私だってこうなるんだ。

 卓球を失った洗平先輩も、こうなってるんだ。

 人間は、支えを失えばみんなこうなるんだ。

「只野、なんとかしよう」私は只野の手を取る。「木徳とは、どうにかして縁を切ろう。メタルストームなんか、買い直せば良い。洗平先輩も、部長も気にかけてる。采女だって、いろいろ考えてくれるはず。あんたが、救われないと気がかりなのよ。私、あんたのこと嫌いになれないのよ」

「……津倉さん」

「あんたは、三年前、距離は取ったけど、嫌いはしなかった。今もこうして普通に接してくれたのが、少し嬉しかったの」

「…………」

「だから、今度、あんたの絵を見せて。一回も見たこと無いけど、だから興味があるの」

「…………」

「ほら、二万円。返すわ。それで、自分の好きな物でも買いなさい」

 私は、彼女の胸に三枚のお札を突き返す。

 彼女は受け取りながら、ぼそりと呟いた。

「……半分は、家から盗んだお金なの」

「嫌いな兄弟から? なら返すことないわ。女子高生らしく、パフェでも食べましょう。私、あんまり好きじゃないけど、さっさと胃袋に入れてしまうのが良いわ」

「……津倉さんって」

 そうして、泣き止んではいないが、只野は笑った。

「変わったね、三年前から……」

「よく言われるわ」

 そこで電話が鳴る。

 表示を見る。采女だった。急にどうしたんだろう。

「もしもし、采?」私は応答する。「どうしたの?」

『津倉、聞いて』

「なによ」

『只野さんの彼氏のこと、わかったんだよ』

「わかったって?」

『うん。だから、ウィザードリィなんか探さなくて良い。これで、全部解決するよ』

「全部……」

 その全部が、具体的に何を指すのか、何処まで期待して良いのかわからなくて、顎を伝う汗もそのままに、私は立ち尽くしてしまう。

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