9
重力装甲メタルストーム。
九二年にファミコンで発売された、マイナーな横スクロールアクションゲーム。その特殊なシステムと難易度が好きで、私としては思い入れがあった。
只野に貸した時のことは、正直なところ覚えていない。けれど、私が好きなこのゲームを、同じように心に留めてくれるように、と願って貸したはずだった。
三年後に、こんな結末を迎えるなんて。
部室に戻って、洗平と部長に、只野と破壊されたらしいメタルストームの話をした。采女は、今日はいなかった。よくいなくなる女ではあった。
「それで」部長は、机の上のお菓子を食べながら言う。「真希ちゃんはどうしたい?」
「私は……メタルストームが惜しいんじゃないです。こんなお金、受け取りたいわけじゃ無い。縁を、切りたいわけじゃない。只野は……只野とは、少し仲良くなっても良いなって、私は思っていたのに」
「そうだね」洗平が同意する。「なら、あんな奴の好きにさせておくのは損失だよ」
「私も同意するわ」部長は頷いた。「只野さんの絵、見たことある? すこし暗いけれど、それでも彼女にしか、きっと描けない絵なんだって、思わせるような作品なの。私は、また彼女に絵を描いてほしいと思っているわ」
絵が好きだった只野。
その絵を今度、見せてもらおうと思うほどに、私の中で只野は大きくなっていった。
「でも……」私は頭を抱える。「どうすれば良いんでしょう。木徳を只野から離すには、何をすれば良いのか、私には、まったくわかりません。なにか、こう…………一手で、全部解決しないもんですかね」
「……涼香ちゃんが、なにか手を考えてくれるかもね」部長は、そんな事を言う。「あの子の探偵としての実力は、古刀さんの件でわかったでしょ。あのこの力を持ってすれば、きっとウィザードリィ1を探す理由や、その背後にある思惑が判明するわよ。あの男は、きっと何かを隠してる」
「采が……」確かに、頷けるほど古刀の件では、あの女は平然とその真相を導き出した。
「でも部長」洗平が口を挟んだ。「木徳に脅すようなネタが何もなかったら、どうする? あいつが、単なるマニアだって可能性を否定できる?」
「私が思うに……木徳さんは、漫然とゲームを集めたいっていう様子じゃないわね」
「それは、私も感じたけど……」
「単に、なるべくたくさんソフトを集めたいなら、ネット通販でも使うのが早いし、隣の県とか、それこそ東京にでも遠出するのが最適なんだけど、真希ちゃん、木徳はそんな様子じゃないのよね?」
「ええ。そこまでは、言われ無かったですね……」私は思い出す。「この近辺と、隣町くらい。あとは、知り合いに持っている人が、居たら譲ってもらえってくらいで」
「そうよね」部長は「なら、木徳の目的は、コレクションなんかじゃない。部屋に行ったときも、全国から買い占めている、ってほどの数じゃなかったんでしょ。誰かに高値で売りつけようっていう魂胆も、恐らく違う。そもそも、そこまで高価な値段じゃないもの。そこで、私が考えたのは、一つの答え」
「……なんでしょう」
「ウィザードリィ1の中でも、特定の欲しいカセットが、このあたりに存在しているってこと」
木徳への不満ばかりで、そこまで考えもしなかった可能性を、こうも簡単に突きつけられると、どうして自分の頭は悪いんだという気にさせられた。
やっぱり、この里内部長のほうが、探偵に向いてるんじゃないかという疑念を、私はますます深めてしまった。
ウィザードリィ1が欲しいんじゃないんだ。なにか木徳にしかわからない、別の付加価値の付いたそのカセットを、あいつは探しているんだ。
「……なるほど」頷いたが、面白くなさそうに、洗平が唸った。腕を組んで。「それじゃあ、何を探してるんです?」
「さあ」気の抜けるような答えを、部長がした。「そこまではわからないわねえ。私、名探偵じゃないから」
しかし、そこまでわかっただけでも、大したものだと私は感じた。
「それはわかったよ」洗平が納得する。「単なるマニアじゃなくて、なにか後ろ暗い理由があるんじゃないかってことだよね。でも、それがわかったところで、みのりを木徳から助け出せないでしょ」
「まあ、そうね。真相が、交渉材料に使えるかどうかに掛かってるわね。もっと、劇的なことがわかれば良いんだけどね」
そこで私は、采女の事を考える。この部長が、本気で探偵になりそうだと太鼓判を押す、実際に古刀の件を解決した女。
部長の言う通り、あの女の頭に、すべての情報を入力すると、とんでもない想像もしなかった答えが出てくるかもしれない。そこから、木徳を崩す展望を考えることも出来る。
木徳の人となりだって、わかるかもしれない。
只野を脅しているという物的証拠すら、見つけ出すような気さえした。
そこに、只野の運命を全て委ねるのも、そう分の悪いものでもないんじゃないだろうか。
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