8
木徳のアパートメント。
只野は木徳と二人きりで、この狭い部屋に居た。
只野は、じっと正座をしていた。当然、望んでやっているわけではない。木徳にそうするように命じられたから従っていた。つまりは懲罰だった。
木徳は怒っていた。家族に悪口を言ったことに対する怒りとは、また別のものだった。
只野が、木徳の部屋に侵入し、勝手に身辺を探っていたことが、彼にバレてしまった。なにか後ろめたいことがあるのを、隠そうともしないレベルで、木徳は只野を責め立てた。そうでなければ、普段はおとなしいというのに、ここまで怒り狂う理由がない。
「お前の友人にも言っておけよ、みのり。あいつらだ」木徳は腕を組んで、只野を見下ろしていた。「ウィザードリィだけ探していれば良いんだ。なんで俺を嗅ぎ回る。そんなことは、どうだって良いことだ。なのに、お前は、わざわざうちに忍び込んで、俺を調べようとしていた。なあ? それって、俺を信用していないってことだよな? 俺はただ、困っているから、お前に頼んでるだけじゃねえか」
「…………なんで、そのゲームを探してるのか、言ってくれないと納得できないって、先輩が……」
「教えるか。意味ないんだよ、お前たちが、それを知ろうが知るまいが」
「どうして……私達を巻き込むの……」
「お前のせいだ。お前、忘れてないよな。お前は、あの日、絵の具をそのあたりに捨てようとしていた。何があったのかは知らん。けれどそれは、褒められた行為じゃない。環境破壊にだって繋がるし、人の土地なら、学校の評判も下がるだろう。最悪、お前は停学だ。それを俺がたまたま見てて、注意した、そのうえ協力してもらって、こうして今付き合ってる状態になってる。お前があの日、絵の具を捨てようとしなければ、こうはなっていない。結果として、お前が巻き込んだんだよ、あいつらを」
「それは……木徳さんが、津倉さんのゲームを借りたから」
「無理強いはしてない。お前、心の何処かで計算してたんじゃないか? あの人達に頼ればどうにかなるって。巻き込んだのはお前だ。お前」
不法侵入で、津倉や洗平ともども学校から排除することも出来る、と木徳は言う。この男は、人を脅して生きている人間だ。人より優位に立たないと、気がすまない人間なんだ。
でも、巻き込んだのは自分だ、只野はそう強く感じる。図星ではなかった。けれど、あの二人が関わってくれたことで、安心を得ていたのも事実。
無関係なんだ、本来は。
そこを繋ぐピースは、メタルストームしか無かった。
津倉が言うには、中古価格は一万円程度。
なら、その倍を用意しよう。只野は誓う。
家へ返って、夜中になるのを待った。それから自分の部屋を這い出て、母親の財布を探った。
二万円を抜き去るとバレる。五千円程度にしておき、それ以外は弟たちから盗むことにした。それで一万円。
あとは自腹を切ろう。一万円。
安いものだ。安いはずなのに、変な良心が、只野を苛む。
本当にこれで良いのか。
私は離れた場所、地元よりもずっと都会にあるゲームショップを回って、仕方無しにウィザードリィを探した。
二つくらいは見つかったものだが、果たして、いつまでこんなことを続けないといけないのか、という無常観が私を襲った。きっと、いつまで経っても終わらないのだろう。メタルストームを餌にして、私達を永久に、都合よく働かせているだけだ。
それとも、なにか別の意図でもあるのだろうか。私達を、ゲームを買いに行かせること自体が目的だとしたら。私たちが長い時間、家や部室を開けるのを狙っているのかもしれない。
徒労感を覚えながら帰宅をして、次の日の学校だった。
放課後に、只野が私の教室までやって来た。自分の席で頬杖をついていた私に近づいて、机の前に立った。
どこか、切羽詰まったような顔をして。
「お疲れ、只野」私は、彼女を見上げて言う。「知り合いにも尋ねたけれど、ウィザードリィは持ってないって言ってたわ。遠くのゲーム屋でも探したけど、二つくらいしか無かったわ。もう行けるところは行ったけど、木徳はまだやれっていうの?」
「ごめんなさい、津倉さん」
突き放すような、澆薄さすら感じる声だった。
只野は頭を下げ、ポケットからお札を三枚取り出して、私の机に置いた。
五千円、五千円、一万円。合計二万円。
「なにこれ。給料が出るシステムに変わった?」
「…………実は、木徳が……怒って、メタルストームを、壊しちゃったの」
……?
急にそんなことを言われたって、その言葉の意味を、真正面から受け止める心構えが出来ていなかった。
友人が、前触れ無く死んだみたいな、空虚な感覚に陥る。
「な、なによそれ」私が発した声は、明らかに動揺していた。「説明してよ、木徳の奴、何考えて……」
「ソフトは、これで弁償します……中古相場の二倍だって、ネットで調べて……だから、もう、ゲームなんて探さなくても良いです」
「……腑に落ちない」
「木徳が壊したってことは、木徳から約束を破ったってことだから……もうあんな奴に、関わらなくて良いんだよ、津倉さん」
「ちょっと」
「じゃあね、津倉さん」
只野は去った。私の前から。
今生の別れであるかのような雰囲気を、どうして醸し出している。
残されたお金を、突き返すことも出来なかった。
メタルストームは大事だたけど、この喪失感は、メタルストームが破壊されたことじゃない。
只野、あんたはまだ、木徳と手を切ってないでしょ。
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