7
采女と部長のセーブデータ調べは、未だに続いていたが、それも終りが近づいていた。調べるべきメモリーカードは、あと二枚となっていた。
あまりすんなりといかなかったのは、データを調べるたびに、下らない雑談に時間を潰していたことにあった。采女にとって、部長の偏った知識に触れることは無上の楽しみではあったが、店長の方からいい加減に動作チェックを終わらせろ、なにをやっているんだと昨日催促があった。適当にやっているわりに、そういうことは覚えているのが、あの店長の人間として嫌われる部分なんだろう、と采女は実感する。
「こずえ」の人となりは、こういった残されたデータだけでも、それなりに推し量れるものだった。ゲームはきちんとクリアする、RPGが好きで、その他いろんなジャンルにも手を出していた。投げたと思われるゲームは、おそらく一つもなかった。采女は、そんなこずえに対して、一緒にゲームでもしたかのような親しさを、勝手に覚えていた。
今更ながら、こずえの家で行われたという勉強会に、参加すればよかったと後悔する。どんな家で、どれほどのゲームがあったのだろう。当時、采女に声は掛かっていなかった。それは、采女が今とは全く違う、近寄りがたい人間だったことに起因するし、そもそもゲームへの興味なんて、さほど持っていなかった。
まあそれだけじゃないよな、と采女はカミュの瓶に入れた茶を飲んだ。
残りのメモリーカードに着手した時だった。このカードにあるデータは、今までとは様子が違うことに、真っ先に気づいたのは、部長だった。
「持ち主が変わった?」
「あ、ほんとですね、同じゲームなのに、名前が違う」
さっきまでの「こずえ」はどこかに消え、急に入力された名前が全て「ゆうすけ」となっていた。もちろん男だろうが、女がそういう名前を使っている可能性はあった。
このカードはこの「ゆうすけ」の持ち物なのだろうか。「こずえ」でなければ興味はない。
「涼香ちゃん、かまいたちの夜がある」部長が見つける。「これを調べましょう」
「はい」
ディスクを入れてデータを読み込む。
そこに表示された名前。
男性主人公が「ゆうすけ」。そしてその恋人の名前が「こずえ」。見間違いでなく、そう入力されていた。
「……持ち主が違うんだと思いましたけど」采女は首をひねる。「こずえと一緒に入力されてるってことは、二人は知り合いなんですかね」
「本当に恋人だったのかもよ?」
「まあ、無くはないですが……」
他のデータは全て「ゆうすけ」。ゲームチョイスはRPGがほとんどだった。それも、こずえのプレイしていたゲームと一致していた。
こずえが急に「ゆうすけ」という名前を使い始めて、かつてプレイしたゲームをもう一度やっている? そういう風にしか見えなかった。
更に奇妙な点。それらのデータは、ほとんどが中途半端なデータだった。始めてからすぐに終えたものもあった。クリア直前のものは、ほぼ存在しなかった。
「涼香ちゃん、こういうのを根性なしっていうのよ」
「でも、クリアしたら終わっちゃうからそれが嫌っていう人もいますよ」
「そんなデータに見える? これが」
「見えませんね……」
一度興味を失った「ゆうすけ」への好奇心が、再び降って湧いてきた。
こずえとは、どういう関係だったのだろう。このデータの意味は? 一体、どんなプレイヤーだったのだろうか。
私はこの日、久しぶりに部室に顔を出して、顔を見かけた采女と部長に、開口一番に尋ねた。
最近は、只野と木徳のことで、部室に行くこともなかった。まあ、よく考えれば、私は部員ではないのだから、それが自然なのだけれど。
「部長、采。ファミコンのウィザードリィ1って持ってます?」
またカミュの瓶で茶を、なにか飲み込むような勢いで飲んでいた采女は、部長と顔を見合わせた。
「やったこと無かったの?」
「あるわよ」私は言う。「RTAも走ったわ。記録はダメだったけど。でも、ちょっと必要なのよ」
私はかいつまんで説明する。
只野という知り合いの彼氏が、ウィザードリィ1を無数に欲しがっている。用意しないと私のゲームを返してもらえない。それだけを教えた。
「私は持ってないよ」采女は首を振った。「いつかはやりたいけど、3Dダンジョン系って、気合いがいるって言うか……」
「まあ、マップを覚えるのが辛くて、RTAも悲惨な結果になったわ」
「ねえ」部長が手を挙げて言う。「私、ウィザードリィのこと、存在は知ってるけどよく知らないのよね。有名なんでしょ?」
「コンピューターRPGの、始祖的な位置にいるゲームですよ」
私は部長に、ウィザードリィの成り立ちをTRPGのことから教える。私だって詳しいわけでは無いが、知っていることは多少なりともあった。同じく始祖的な位置にあるウルティマの説明も付け加えて、そこからドラゴンクエストの話をすると、部長も感嘆の声を上げた。
「まあ、このウィザードリィってゲームは、自由に名前を決めて、種族も決めて、ステータスも自由に振って、そう言うのを何人も作って、それでパーティを組んでダンジョンに潜って、最深部のボスを倒すことを目的としたゲームなんですけど、ファミコン版は……」
「なるほどね、大体わかったわ」若干辟易としながら、部長は言う。「欲しがるってことは高いの?」
「そうでも無いですよ。普通の中古価格っていうか」
「じゃあ、買い占めたいコレクターってこと?」
「私もそう思ってるんですけど、いまいちよくわからないんですよね」
それから、私は只野のことも教える。言うべきことは、彼氏とかいう変な男に悩まされている、やや学校を休みがちな美術部員、という点ぐらいだった。
「ああ」部長が頷く。「たまに見かけるわね。美術部の部室って、ここの隣でしょ」
「え、そうなんですか」私は、そんなことにすら気づいていなかった。
「そうよ。でも、そんなことがあったのね……」部長は頷く。「あの子、結構いつも暗い顔してて、美術部の活動がある日だって言うのに、見かけないこともあったから、個人的には心配だったの」
「知らない人の心配もしてるんですか?」采女は尋ねた。「ていうか覚えてるんですか」
「生徒会長なら、それくらいやって当然だって思われてるから、実践してるってだけ」
「それで」私は画面を見つめて言う。「先輩たちはここ最近は、ずっとメモリーカードで人のデータ見て遊んでたんですか?」
「そうなんだよ」采女が言う。遊んでいることは否定しなかった。「でも、ちょっと奇妙なデータに行き当たって」
私は采女から、「こずえ」のメモリーカードのことと「ゆうすけ」という中途半端データのこと、そしてその二人は、おそらく面識があることを教えてもらった。
二人のソフトは共通しているが、こずえは完璧にクリアしている物が多い一方で、ゆうすけはほとんど全てが途中で投げ出されてた。
データの内訳は以下。
PSのファイナルファンタジー2。データを作ってすぐにやめている。
ファイナルファンタジータクティクス。ウィーグラフ戦あたりの連戦の中間セーブ。弱い味方しかおらず、ほぼクリア不能データ。
ブレスオブファイア3。家が燃える直前。
テイルズオブファンタジアのPS版。初めてすぐ。
クロノトリガー。裁判の直前。
ドラクエⅣ。五章直前。
ワイルドアームズ1。ロディ編最初のイベント終了直前。
PSのウィザードリィ1。それなりの進度。マロールが使える魔法使いとゆうすけという名前の作り立ての人間が複数。
PS版かまいたちの夜。彼女(こずえ)に刺されるエンディングの辺り。
「確かに……」私は唸る。「中途半端っていうか、わざと下手なプレイをやって終わってるのもあるっていうか……。なんでここでやめたの、っていうのもあるし。もう詰んでるデータや、悲惨なイベントを前に放置されているものも、わりと多いですね」
「根性なしなのよね、きっと」部長は笑ってそう決めつけた。「そうそう。メモリーカードはもう一つあってね、こっちはもっとおかしいのよ」
部長の指示で、采女はカードを入れ替える。
そこに保存されていたデータは、同じゲームが十個も保存されていた。
ゲームタイトルは、ケイン・ザ・バンパイア。あまり聞いたこともないタイトルだった。
「神経質なのかしら、このセーブ方法」部長が首を捻る。「ゆうすけのカードっていうのは、一緒に入ってたセーブデータで、そうだと思うんだけど、でもあれだけ中途半端にゲームをやっていた癖に、このケイン・ザ・バンパイアだけ真面目じゃない?」
「そもそもこのゲーム」采女はスマートフォンを開いていた。「私はよく知らないな。名前くらいは、人から聞いたことあると思うけど、でも調べると、海外製で、向こうではそこそこシリーズ作もあるみたいだけど、日本じゃこれっきりだね。データを見ようにも、ゲームの現物がないんじゃなあ」
私は、そのセーブの仕方に引っかかりを覚える。
なにか、そこに見覚えがあった。
こうやって、執拗にセーブを分ける人間。
「あ、そうか……」
「どうしたの、真希ちゃん?」
「このセーブ方法、RTAですよ。RTAの区間練習で、セーブデータをこれだけ分けてるんです。苦手な箇所を、何回も練習するのに必要ですから」
私がそう指摘すると、二人はああー、と感嘆する。
そう、このゆうすけという人物もまた、RTAを趣味とする人間だった。
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