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 部室には、何故か大量のメモリーカード(初代PS 色は様々)を持ち込んだ采女が、いそいそとゲーム機のセットアップをやっていた。ソフトも、バイト先から持ってきたらしく、頭がおかしくなったんじゃないかってくらいに、大量にあった。

「采。何よそれ、忙しないわね」

 私がそう訊くと采女は、人生に何の悩みもないような顔をして喜んだ。

 古刀とのことでちょっと仲良くなって以来、私は彼女のことを「采(うね)」と縮めて呼んでいた。采女は「RTAみたいな縮め方しないでよ」と文句を言った。ちなみに采女は「津倉」と気の利いたあだ名を考えることを捨ててそのまま呼び捨てにしてきた。

「バイト先に、メモリーカードの動作チェックを頼まれて。ちゃんとセーブできるか確かめるんだよ」

「その大量のゲームは?」

「データの中身を調べるんだよ。ゲームがないとロードできないでしょ?」

「うわあ。人のデータを覗くっての? 悪趣味」

「ふふ。まあ、これがゲームショップ店員の特権だよ」采女が両手でメモリーカードを私に見せる。色とりどりで、仰々しいネイルのようにも見えた。「いつもは男の先輩が、そういうの率先してやってるんだけど、最近忙しそうにしてたから、昨日はいなかったんだよ。だから私にこの仕事が回ってきたの。あの先輩、どうもRTA動画を作ってるみたいで」

「へえ」急に、自分の守備範囲の単語で出てきたことで、その見知らぬ男にテリトリーを侵されているような不快感を覚えた。「上手いの? その人」

「さあ。なんか、ケインだかなんだかとかいう、変な古い海外ゲームを走ってるって言ってたけど」

「マイナーゲームか……チャートとかも自分で作ってるのかしら」

「まあ、そういうところが楽しいんじゃないの」采女はゲームを起動して、メモリーカード管理画面を開いた。「ところで、これを見てよ、ほら」

 指をさされたのは、ドラゴンクエスト(説明不要の国民的ゲーム)のⅣとⅦのセーブデータだった。当然のように主人公の名前を設定できるのだが、そこに入力されていた名前は「こずえ」だった。

「なんか、最近聞いた名前ね。有名人?」

「忘れたの? 古刀さんがイデアの日を盗んだ人の名前だよ」

「ああ、そういえば」興味がないから忘れていた。「これ、本人なの?」

「古刀さんの話からすると、こずえの家はさほど遠くない。近辺で中古ゲームショップなんて、うちしかない。都会まで売りに出る人もそりゃ、いるけど、適当に処分するなら、うちクラスで十分。つまり、これはあのこずえ本人である可能性が存在するってこと」

「まあ。流石だわ、名探偵さん」皮肉だったが、古刀のことで若干その実力を認めていた私は言う。「大人になったら浮気調査も依頼してあげる」

「はは。仕事に困ってたらね」采女は、適当に笑って流した。「今日はこれを一緒に調べない? なにか面白いことがわかるかもしれないよ」

「あー、悪いけど、今日は予定があるの」私は今更部室を見回した。「洗平先輩は?」

「まだ来てないけど、どうして? 仲良かった?」

「ええ、まあ、それなり」本当は、最近はずっと格闘ゲームの相手をしていた程度の仲になっていた。「私が、三年前にいろんな友達に貸したゲームの回収を手伝ってくれるって」

「ああ、津倉って見境なく人にゲームを押し付けてたもんね」懐かしむ采女。「あとどれくらい貸してるの?」

「まだ半分ぐらいよ。あと……十人ぐらい」

「まだまだだね……。洗平先輩なら、さっき向こうの廊下で見かけたけど」

「早く言いなさいよそれを」

 私は廊下に飛び出して、その方向に向かった。

 実際に、私には「こずえ」などには興味は無かった。人のデータを覗くことに、ある程度の悦楽があることは理解するが、RTAに関するいろいろを、すっぽかしてまでやるようなことでは無い。

 部室棟から少し離れたところまで進むと、本当に洗平先輩が誰かと話している姿があった。

「洗ちゃん先輩」私は構わないで、呼んだこともないあだ名で彼女を呼んだ。「ここにいたんですか」

「ああ、津倉ちゃん」洗平は、知り合いの前だからか、格闘ゲームのことで悩んでいた時とは違って、割とクールに答えた。「ごめんね、ちょっとこの子に話を聞いてて」

 この子、に私は見覚えがあるような気がした。前髪で目が隠れそうなくらいに長い髪が鬱陶しそうだった。何より気になったのは、その横顔だった。理由はわからないが、その横顔を見ていると変な気分になる。黒子のせいかもしれない。

 ああ、きっと私をいじめていた人間の一人だろう。同じ二年だ。つまりは洗平の後輩だったが、先輩となにをそんなに話してるんだろう。

「ああ、えっと、こっちは、佐々岡ちゃん」洗平が紹介するが、かなりどうでも良い。「同級生だから、知ってるかな」

「いえ、知りません」私は顔も見ないで答えた。

「津倉さん、だよね」佐々岡と呼ばれた女は、私を認識していた。やっぱり私をいじめていた人間なんだ、と私は一歩だけ後ろに下がった。「えっと、佐々岡あいって言うんだけど、話したことはないけど、隣のクラスだって言うのは知ってるよ。津倉さんも、先輩と知り合いってことは、レトロゲーム部?」

「いや、違うわ」私は首を振る。「ただ出入りしてるだけの人。窓から入ってくる蝶々みたいなもんよ」

「なにそれ、津倉さんって、面白いね」面白くもなさそうに佐々岡が答えた。

 洗平は、佐々岡と何を話していたのか、私に説明をする。

 佐々岡は卓球部員で、抜けた洗平を心配してよく話しているというし、洗平も自分が抜けた卓球部に対しては、気になっているのか根掘り葉掘りを、佐々岡から聞いているようだった。

 好きだった先輩が、格闘ゲームなんかのために部を抜けたのが、佐々岡には未だに納得できないことらしい。それは洗平も同じ気持ちだろうが、どうしてこうなっているのかは、私にはわからなかった。未だに訊いていない。

 現在の卓球部は、やはりエース級だった洗平の存在が大きかったらしく、微妙な成績しか残せていないと言う。洗平も格闘ゲームは鳴かず飛ばずだったし、佐々岡にとっては余計に納得がいかないのだろう。

「先輩のこと……」佐々岡が捻り出すように言う。「まだみんな、待ってるんですよ。帰ってきてくれませんか、なるべく、早く……」

「うん……私もね、同じ気持ち。私がやるべきは、卓球だってずっと思ってるよ」

 その言い方は、まるで格闘ゲームなんて、心底どうでも良いと考えているようにしか見えなかった。

 この女は、卓球への未練を、全く断ち切れていないんだって、私はそこで認識した。

 佐々岡が、部活があると言って去ったので、私は洗平に聞いた。

「先輩って、なんで卓球をやってたんですか」

 どうしてやめたんですか、とは聞けなかった。

「さあ……」

 その表情。

 悲しみすら感じる。

「生涯の熱量を、全部ぶつけるのに値する壁だったんだよ。私はそう思ってる」



 私がゲームを貸していた女は、只野ただのみのりと言った。確かに、中学の時にそんな名前の女にゲームを貸した気がした。名前はあんまり覚えてなかったが、そういう女に、何のゲームを貸したのだけは鮮明に覚えていた。ファミコンの、重力装甲メタルストームだった。

 只野は、洗平とは知り合いらしい。家が近いから、遊んだり話したりはしていた、と洗平は言った。この女は、案外顔が広いのかもしれない。部活ではああだが、普段は面倒見のいい頼れる先輩を演じているようだった。今日のことも、私がそういえば誰かにゲームを貸したままにしている、と洗平に言ったところ、じゃあ知り合いだったら取り次いであげる、と彼女が言ったことが発端だった。

 只野はこの日学校を休んでいた。それでも洗平がメールで尋ねると、家に来てもらっても良いと只野は答えた。風邪だったんじゃないの、と洗平が心配するが、「違います ちょっと、学校へ行くのがしんどくなると、たまに休ませてもらってるんです」と只野は返信した。精神的なものらしい。気持ちは、私にもわかった。

 只野の家へ向かうと、もう玄関口に、私服の只野が立って私たちを待っていた。若干可愛らしいと言うか、幼い容姿だと思った。もちろん同級生だが、学校でその姿を、見かけたような見かけていないような気がした。

 家は一軒家で、庭が広い。金持ちなのかもしれないが、こういう家というのは、住んだときに手入れが大変そうだ、という感想しか私は持てなかった。

「先輩、お疲れ様です」只野が挨拶をした。

 洗平は挨拶を返して私を紹介する。まあ同級生だからその必要もないのだが、只野とは当たり前のように絶縁状態だったので、それも不自然では無かった。

「津倉さん、なんだか、久しぶりね……」只野は笑いかけた。こんな暗い女にゲームなんか貸したのかどうか、自分を信じられなかった。「学校では、毎日見るけど……」

「同じクラスだっけ?」

「ううん、違うけど、でも、ゲーム借りたままだなって、ずっと気がかりだった」

「良い人ね。里内先輩なんか、ゲーム貸したことをずっと忘れてたんだから、あの人に憧れるのは今から禁止ね」

「津倉さん、なんか性格、変わったね」

「どうでも良くなったのよ、いろいろ」

 只野は部屋に私たちを招いた。二階にある。

 しかし、さっさとゲームを返すのなら、別に玄関でも良かったのに、どうしてそんな所にまで連れ込むんだろう。

 答えは、すぐに判明する。

 只野は、私たちにお菓子を大量に用意して、それから頭を下げて謝った。

「ごめん、津倉さん……借りたゲーム、今は手元にないの」

 衝撃は受けなかった。三年も前のことだ。各々が、好きに処分している可能性を考慮しないほど、私はお人好しではない。

「そう……いくらになった?」

「違うの。売ってはいないんだけど」

「変ね。売れないはずは無いわよ。メタルストームは高値がついてるもの」

「そうじゃなくて……実は……彼氏に貸してて」

「彼氏ぃ?」

 と声を上げたのは洗平の方だった。私も、顔だけは同じような驚きが浮かんでいたが。

「みのり、彼氏って……」洗平が床に転がりそうになりながら、尋ねる。「え? 彼氏? いたの? みのりに? 本当?」

「……洗ちゃん先輩」私は言う。「失礼ですよ。その顔じゃ、『こんな女に、贅沢にも彼氏がいるなんて、私は認めたくない』って受け取られかねませんよ」

「あの、違うんです……」何が違うんだ、と言いたくなったが、只野は申し訳無さそうに続けた。「好きで付き合ってるんじゃなくて……なんというか、成り行きっていうか……、彼氏ってことになってますけど、向こうが無理矢理に声をかけてきて……でも、怖いから断れなくて……」

「ろくでもない男だ」洗平が決めつけた。否定はしない。「それで、津倉ちゃんのゲームを持っていたのも、その男?」

「はい。古いゲームに興味があるみたいで、なんか、私があのゲームを持ってるって知ったら、貸してくれって言ってきて……人のものだからって断っても無駄でした。だから……ごめんね、津倉さん……」

「いいわよ、別に……」私はなだめる。「取り返せば、それで解決。取り返せなくても、ぶん殴る社会的な口実が出来るからお得よ」

「とにかく……」只野は、スマートフォンを取り出した。「直接その彼氏に聞いてみます。持ってたら、返すようにって。津倉さんに、これ以上変な心配をかけたくないし……」

 只野は電話を掛けた。男の番号を、登録すらしていないのか、紙に書かれた番号を、手で入力していた。

 程なくして会話が始まる。私と洗平はそれを、やることもないので見守るしか無かった。

「あの、貸したゲームを返して欲しいって、持ち主が来てるんだけど……え? 今やってる? 無理?」

 これは駄目そうか。私は部屋を見回しながら、何でその彼氏を殴りつけるかを考えていると、只野は通話口を手で塞いで、私たちに確認を取った。

「あの……彼氏が会いたいって、あなたたちに……」

「は?」洗平が顔を顰めた。「なんで?」

「ゲームに詳しい人を探してるんですって……」



 男の名は木徳と言った。

 私たちは、只野の家からさほど遠くない木徳の家に行った。ワンルームのアパートだった。家賃のほどは、私にはよくわからなかったが、狭い部屋だと思った。

 部屋の様子は、とにかくごちゃごちゃとゲームに関する物の有象無象が散乱していた。私が采女の部屋に求めたのは、こう言う様子だったのだけれど。

 木徳は、不機嫌そうな男だった。地味だが、やや怖い外見をしていた。私たちを警戒しているのか、部屋には入らないでそこの廊下に座ってくれと言った。お前が招いたんだからもてなせよ、と思ったけれど、座布団は人数分用意されていた。

 そして木徳が今もプレイしているゲームは、私の重力装甲メタルストームだった。

「悪いな」ゲームをしながら、木徳は私たちに言う。「頼みがあるんだ。お前たち、名前は?」

「知らない人に教えちゃダメって、先生が言ってるんだけど」私が言う。

「みのり、彼女たちの名前は?」

「こっちが洗平さんで……こっちが津倉さん」只野が木徳を恐れているのか、さっさと名前を漏らした。「ゲームには詳しいと思う。レトロゲーム部って所に所属してるし」

「今時はそんな部活があんのか」木徳はへえ、と声を出した。「なら、ちょっと頼まれてくれないか。本気で困っているんだ」

「寒いし、足が痛いわ」私はまた文句を言った。「集中してお願いなんて聞けないわね、これじゃ」

「なら後でコーヒーでも淹れてやる。そこの電気ストーブも使え」木徳はコントローラーを置いた。「頼みって言うのは簡単だ。ゲームを探して欲しい。みのりにも、前からやんわりと頼んでいるんだが、街の中古ショップとか、隣町や、都会のゲームショップも見て欲しい。あとは、お前たちの学校の奴にも、持っていたら譲ってもらってくれ。とにかく、全て回収してくれ。代金は払う」

「何を探してるんです?」洗平が正座をしたまま尋ねる。確かに私も、それだけ探しているんだったら、相当なレアなゲームなんだろうなと算段を立てた。

 しかし、木徳から返ってきた答えは、私の期待に反して拍子抜けするものだった。

「ファミコンのウィザードリィ1だ。良いか? 行ける範囲の店、交友関係の続く範囲の友人、知人、家族、その他全てのウィザードリィ1を回収してくれ」

 ウィザードリィ。今更語るまでもない世界的な超有名タイトルだった。あのドラゴンクエストにも影響を与えたというのだから、その偉大さは、私のような若輩といえども、十分に知るところだった。

 この海外産のコンピューターRPGが日本に入ってきたのは、遠い古の時代とも言える国産パソコンが主流の時だったらしいが、それがファミコンへと移植されたのが八七年のこと。

 このファミコン版は、数ある移植版の中でも最も評判がいいとは聞くが、さほど貴重なソフトというわけではない。木徳はなぜそんな物を欲しがるのだろう。ウィザードリィのマニアだろうか。

「……理由は?」洗平が訊く。

「言う必要がない。個人的な理由だ。とにかく欲しい」

「2とか3は?」私が口を挟んだ。「必要ないの?」

「1だけでいい。ファミコン版だぞ」

「そもそもそれ、従うメリットってあるわけ?」私は鼻で笑う。「あんた、こんな個室に女子高生三人も連れ込んで、私達が警察に駆け込んだらどうなると思うの? 警察は、どっちを信じると思う?」

「その場合は、問答無用でこのメタルストームを破壊する」木徳は平然と言った。私としても、それは痛いところではあった。「頼む。脅してるんじゃない。みのりにも、前から頼んでいたが、なかなか埒が明かないんだ。人助けだと思ってくれ。無事に集められたら、メタルストームは返す。これは約束しよう」

 もともと私のだっての、と私は呟く。

「……とにかく見境なく集めれば良いんですね」と洗平。

「ああ……可能な限り、全てだ」

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