2章 私は、ネオンの都市で、もはや人間ではない

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『臨終、格闘ゲームのこと詳しい?』

『おっす、おせっかい 格ゲーは人並みかな 苦手ではある』

『そうか 今度人に教えるんだけど、コツとか無い?』

『あんなの練習量じゃないの? RTAと一緒』

『笑う シューティングもRTAと一緒だよね』

『まあ、アクション要素のあるゲームは突き詰めれば、そうなるのかなあ RPGも、RTAなんかやると、似たようなゲーム性になるのはちょっと面白いけど』

『臨終って今何走ってるんだっけ』

『なんか、家にあったマイナーな海外ゲーム プレステ1』

『世界記録ってどれくらい? っていうか走者っているの?』

『グリッチレスのAny%でアメリカの人が一人だけ 一時間半ぐらい RPG要素はあるけどほとんどアクションだから、まあそんなものか』

『世界は広いな 一人はいるんだ』

『こんなマイナーなゲーム……まあ海外じゃ当時は売れたみたいだけど、現在に走者が一人いたらそれで多いほうじゃないの?』

『だろうね で、臨終は格闘ゲームどれくらいやった?』

『ゲーセンで動いてるとだいたい触ってみるけど、極めるほどはやらないかな おせっかいは?』

『スト2とKOF98ぐらい』

『お前何歳だよ』

『多分、あんたと同世代だよ』

『しょうがねえな、わかる範囲でコツとか教えるか でも急にどうした?』

『知り合いが格闘ゲームをやらないと死ぬんだって』

『意味がわからない』

『必要だってさ。臨終だって、RTA無くなったら死ぬでしょ?』

『まあ、そうだなあ、遊び方のバリエーションの一つだと思ってるけど、たぶん、現実逃避でやってる部分はある おせっかいだってそうじゃないの?』

『現実逃避なら普通にプレイするほうが良くない?』

『でも、まあ自分にとってこれが普通だし これが一番楽しいんだよ おせっかいは違うのか?』

『さあ、なんでだっけ 一度でいいから、世界記録を取ってみたかった気がする』



 昨日の話だ。この前の、古刀とのいざこざが解決した数日後のことだった。

 私は用事もないのに、それが当たり前であるかのように、レトロゲーム部の部室に向かった。別に来いと言われているわけではないが、なんとなくあれ以来、暇つぶしに采女とゲームをする為に行くことがあった。まだ部員にはなっていない。

 今日は誰もいないのかと中を覗く。采女の奴も、時々行方がわからなくなるような、ふんわりとした女だった。バイトにでも行っているのだろうか。それにしては、よくいなくなる印象があった。

 最新ゲーム機が置いてある机。そこにいたのは、洗平先輩。今日は律儀に格闘ゲームをやっているようだが、大会が近かったりするんだろうか。そう言う業界のことは私にはわからないのだけれど。

 声をかけようとした時だった。

 コントローラーから手を離して、洗平先輩は机を殴り始めた。

「畜生! ふざけんな! こんなゲーム、誰がやるか! 辞めてやる!」

 激怒。

 声を掛けづらい雰囲気だったが、面白そうだったので私は話しかける。

「あの、洗平、先輩……」

「げ」と、およそ、洗平から聞いたことのない声が漏れる。「……津倉さん、いたの?」

「いえ、帰ります」

「ねえお願い、部長には、内緒にして」



 縋り付いてきた洗平先輩の話を聞くと、どうも彼女は、格闘ゲームをやりたいという感情は、微塵も持ち合わせていないようだった。そんな人間が、どうして選手なんかになってるんだ、と訊くと、洗平は「成り行きで部長に無理矢理やらされてる」と親の仇みたいに部長の話をした。

「殴れたら殴ってるだけ。コマンド? とかもさ、よくわからないし」格闘ゲームのことを尋ねると、彼女はそう答える。「意味ないでしょ、あんなの。強いパンチと強い蹴りを当てるゲームじゃないの?」

 話を聞くに、要するにこの女は、戦略を立てるよりも、フィーリングと反射神経だけで格闘ゲームをやっている、言ってしまえばかなり適当なプレイヤーらしい。確かに、それだけでは強くなれないと言う話を、以前に私は人から聞いたことがあった。

「先輩の前の部活ってなんでしたっけ」

「卓球部だよ。だから、球を打ち返す要領を思い出して、攻撃をガードするのは出来るし、カウンター技があるなら、使えるタイミングはわかる。でも、それをどうやってやるのかが一切わからない。興味もないし」

「じゃあどうするんですか。勝てませんよ」

「……そこなんだよ」しおれる洗平。「そろそろ結果出さないとね……。新入部員だって、全くいないじゃない? だから、そろそろ大会で勝たないとやばいかも、って部長が言うんだよ。私にね、その責任を押し付けるの。自分は選手じゃないから、選手である私に押し付けて、自分は好きなゲームばっかりやってるんだ」

「部長のこと、嫌いなんですか?」

「うん、嫌い」はっきりとそう言って、洗平は笑う。「嫌いな理由は色々あるけど、やっぱり音楽の趣味が悪いってのが、一番許せないかな。ヴェイパーウェイブ? とかいう変な音楽聴いてるじゃんあの人。私ね、音ゲー結構やるから、音楽が好きなんだけど、あれは変だよ」

 どうせ音ゲーだって、曲も覚えないで反射神経だけで譜面を叩いてるんだろうな、と私は思う。

 はあ、と洗平はため息を吐いて、さっき叩いた机を見つめた。

「でもさ、部なんかは、どうなったって良いけど……それでこの部がおかしいって教師に疑われて、これだけ私物化してるのを問題視されたら、私の将来も危ないでしょ。采女ちゃんも巻き込むのも悪いし。最悪停学も食らうと思うし……。だから私だってね、格闘ゲームをちゃんとやって結果を出さないといけない、って思ってるのに、なかなかうまく行かないんだよ」

 そうして、洗平は改めて私を見た。何かに気づいたように。

「ねえ津倉さん、あなたゲームに詳しいよね?」

「格闘ゲームは、そんなに詳しくないですよ」

「でも私より詳しいじゃないの、ねえ、練習に付き合ってよ」

 渋々だったが、それでも私は、どこか優越さえ覚えながら、彼女を手伝うことに決めた。

 それからしばらくして、ようやく臨終にアドバイスを尋ねたのが、今朝の話。

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