13
「で? なんでてめえがこんなとこに来るんだよ」
彼女の名前は大貫チヒロ。同級生で、私のことを嫌っている急先鋒で、とにかく柄の悪い女だった。三年前から、変わらず私に対して嫌な態度を取るという点では、一貫性があって信用できたりする。というか、大昔には仲の良かった友達だったことを、この女は覚えているんだろうか。
大貫は、私が今来ているDTM部の部員だった。DTMとはデスクトップミュージック、つまりはまあ、パソコンで音楽を作っている部活だというが、私に詳しいことはわからない。
大貫はセミロングの髪を持った、粗雑な女だった。だらしなく制服を着崩している。暑いらしい。夏はまだだって言うのに、もう腕を捲って半袖にしていて、肌や胸元が露出していた。端的に言うと、性的だったが、性格が悪い。
采女も、ここに所属していると聞いたのは今朝だった。「今日は久しぶりにDTM部に行く 古刀のことを知ってる人が部員にいたから聞いてみる」とメールで連絡があった。それを聞いた部長は、私にDTM部まで采女の様子を見に行くように指示した。
采女は、こんな部でなにしてるんだろう。大貫なんてクソみたいな女がいるなんて、私は聞いてない。もしかしてこの女が、古刀を知る友人だと言うのか?
「采女は? 采女に会いに来たんだけど」私は首を回す。采女は見当たらない。「邪魔ねえ、目の前の人間。中の様子が見えないわ」
「お前、喧嘩売ってる?」大貫は舌打ちをする。「だからここは、てめえが来るところじゃねえって言ってるだろ?」
「誰か采女について教えてくれないかな。日本語が理解できる人、いないのかしら」
「…………」大貫は凄まじい歯軋りをしたあとに、部室の奥を指差す。「采女なら向こうだ。さっさと連れて帰れ。ついでに、変な音楽ばっか作るなら二度と来るなって言ってくれ」
私は大貫に礼を言って、奥へ向かう。パソコンが陳列された空間。昔のゲームセンターみたいな並べ方だと思う。その奥の部屋は、準備室と書いてある。
中へ入るなり、私は言う。
「あんたどんな音楽を作ってるの、采女」
采女は知らない部員と、椅子に座って話していた。棚があって、パソコン用のソフトや記録媒体がいくつか並べられている以外に、特徴の薄い部屋だった。
「大貫から聞いたんだ。仲良かったっけ?」
「最悪よ。大嫌い」
「チップチューンだよ。端的に言えばファミコン風の音楽。聴く?」
「大貫が言う通りなら、あんたに音楽センスは無いらしいわ」
「まあ私は探偵になるんだから、そんなセンスはいらないんだよね」
さて、と言って采女は一緒にいた部員を一瞥する。地味と言えばあれだが、特に彼女を形容する言葉が、私には思いつかないような女生徒だった。彼女がDTMをやるのかと思うと、それは意外性はあったけれど。
「面白いことを彼女が教えてくれたんだよ」
「面白い? 私がオブリビオンをやった時より笑える?」
「その話も気になるけど、そう言うのじゃ無いよ」采女は冗談を受け取らなかった。「古刀のことを、彼女が知ってて」
采女は、この女生徒から聞いた話を。私にする。
三年前、知人間で開かれた勉強会に古刀も参加していたという。「こずえ」という女の家だ。そのこずえが、どう言う人なのかは忘れてしまったが、古刀には勉強会に参加した過去があると言った。
「……は? なにその話」私は聞き終えてから、首を傾げる。「オチは?」
「いや、これだけだよ。ね?」
采女が言うと、女生徒も頷いた。
「そんな話を聞いてどうしろってのよ。真面目に考えてる?」
「それはこれから考える」采女は女生徒に向き直る。「その『こずえ』って人、のことはもうなにも覚えてないんだね?」
「ええ……」女生徒は頷く。「友達の友達の友達とかだったから、もう苗字も忘れちゃって。お金持ちだったとは思う。えっと、津倉さんが好きそうな古いゲーム機とかいくつかあって、他にも本とか、ブルーレイとか、いっぱいあったけど、家の人は誰もいなかった」
「勉強会ってのは、何回かあったの?」
「ええ。最初の時に古刀さんも来て……でも、それ以来、絶対に来なかった。誘ったんだけど、絶対行かないって断ってたみたい」
「……よし、わかった」采女は礼を言う。片手には、何故か酒瓶を持っていた。カミュ。彼女の憧れている神宮寺三郎の好きな銘柄だったが、なんでそんなものを持っているのか、聞いてはいけない気がした。「ありがとうね。津倉さん、行こう」
「部室? ええ」
去り際に、大貫が他の生徒と話している所を見ながら、私たちは去る。
部室に戻った采女は、儀式みたいに、タバコの形をしたお菓子を咥えた。
「行き詰まったら、タバコを吸うのが捜査の鉄則」だと彼女は教えてくれた。ゲームの悪影響だろうが、まあ好きにさせるのが良いか、と思って私はそのままにした。
采女は廊下に出て、ぼーっとお菓子を食べながら、窓の外を見ている。
部長も洗平もいなかった。静かだ。
放置された酒瓶、カミュを見る。コップに注いでみたが、中身はお茶だった。探偵のロールプレイにそこまでやるのか、と私は呆れた。
やがて、満足げな表情をしながら、戻ってきた采女は、言う。
「津倉さん、今夜、私の家に来て」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます