12
秋光つぐみと関係のないことになんて、興味がないという生き方にも、それなりに限界というものがあるんだと、古刀佳子は実生活の中で思うこともあった。
勉強を捨てれば教師に注意される。最低限はやっているはずなのに、それでも教師は納得しない。
部活をやっていたが、秋光に遅れを取ると思ってやめる。その理由を考えるのに苦労する。顧問からは、何かあったのかと訊かれるから。
習い事も辞めた。塾。習字。全部必要ないと思った。今まで、黙って通ってやっていたんだから、文句なんて言うなと思った。中学に上がって、真面目に将来を考えた結果だ。
そうして、全ての柵から解き放たれたような気分になった古刀は、イデアの日をいよいよ返却しようと思った。前に借りたノートと借金も一緒に返そうと考えていて、鞄にはそれらと、いつもの必要なものが入っていた。それで、鞄は一杯になっていた。
古刀の脳内では、嫌になるくらいにはっきり記憶されている。昼休みだ。鞄を見ると、イデアの日が無くなっていた。ノートも、お金もあった、自分の財布も教科書もあった。筆箱だって、自分が必要だと思っていたものは、全部あったのに、
なんで?
いや、それだけ押し込んだ結果だろう。イデアの日は、鞄の上の方にあって、ファスナーがうまく閉まらない状態になっていることは、朝に出掛ける時から、気にかけていたことだったが、古刀にとってゲーム自体への興味が薄かったのが問題だった。
どこかで落としたんだ。
馬鹿だ。
やっぱり自分は、秋光と比べると、可哀想なほど頭の悪い馬鹿だった。
どこかで買ってこようか。そう思ってスマートフォンで調べるが、あのソフトには高値がついていた。レアなソフトだということを、古刀は今になって知った。
こんなの、買えない。どうしよう。
死すら選択肢に入り始めたときに、秋光が来る。
――佳子。ゲームそろそろ返してくれるって言ったでしょ。
催促。
古刀は、ない頭で考えた結果、
さっさと正直に自白した。
――ごめん、つぐみ。あのゲーム、なくしちゃったみたい。
秋光は、それを聞いて怒った。馬鹿みたいに、怒り狂っていた。なにもゲームでそこまで怒らなくたって良いじゃないかと思って、古刀は泣いてしまったが、秋光には何も通じていなかった。
これがきっかけじゃないことは、彼女の怒りようからわかっていた。きっと、自分がだらしないから、馬鹿だから、どうしようもなく駄目な人間だから、いよいよそれが爆発したに違いない。思えば、最近の秋光の様子は、古刀を邪険に扱っていたことに、どうして気づかなかったんだろう。
本当に、馬鹿だと思った。反省もした。秋光のそばに居て、彼女に尽くすことが古刀の人生の目的だったのに、それがまるきり失われてしまって、彼女は教室の中でただ立ち尽くしていた。
それから数日後のある時、わずかばかりの友人から勉強会に誘われた。みんなで勉強をして親睦を深めようという下らない催しだった。「こずえ」という女の家だと言うが、そんな女が誰だったのか、古刀の記憶にはなかった。
勉強会に秋光は来ないと聞いたが、このときの古刀は狂っていた。秋光を失って、とにかく元気という元気を、トイレで吐きつくしてきたような精神状態だった。自暴自棄になって、彼女はその勉強会に行くと返事をした。
「こずえ」の家は大きめで、十人程度で押しかけたとしても、それほど狭さを感じなかった。
人の家になんて、相変わらず興味がない。勉強もどうだって良い。適当に隅の方で、時間を潰すだけに終止していた古刀だったが、トイレを借りに立ち上がって廊下に出たところで、珍しいものを目にする。
隣の部屋。畳の部屋。そこには古いゲーム機と、いくつかのソフトがあった。そこには、あの忌まわしいスーパーファミコンも、そこに鎮座していた。
さらに古刀を驚かせるものが一つ。
イデアの日のカセット。それが、大量にカセットに混じって、床に無防備に置かれていた。
焦がれたもの。喉から手が出るほどに、欲していたものがそこにあった。
古刀に、迷いはなかった。少しでも迷えば良かったのに、
古刀は素早くその部屋に入ると、イデアの日を掴んでポケットにしまった。
こういうときに、大胆に行動したほうがバレない。オドオドしているのが、一番駄目。
古刀に後悔すらも無かった。彼女が考えているのは、これで秋光との仲を復元できるかもしれないという浅い考えと、そのために早く帰ってセーブデータを作り変えないといけないということだった。
腹が痛いと言って、独りで勉強会から抜け出て、家に戻ってカセットを挿す。
データは一つ。名前なんて見てない。どうでもいい。
すぐに古刀は「ことう」というデータに作り変える。
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