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 次の日の部室だった。

 また私と采女はせこせこと、イデアの日の攻略を進めていた。慣れてしまえば案外進むもので、昨日に比べると、主人公の他に、仲間がいくらか増えているような状態だった。クリアが近い、という訳では無いが。

 部長と洗平先輩が現れたのは、十六時。部長は開口一番に「昨日は別に、ゲームセンターに行っていたわけじゃないのよ」とよくわからない言い訳をしていた。ゲームセンターで事足りるなら、こんな部活なんて作らなくても良いんじゃないか、と私は思ったくらいだった。

「じゃあ生徒会?」采女は尋ねた。例によって、今もレベル上げをやっていた。「部長、忙しいですよね」

「それもあるけど、秋光さんと古刀さんのことを調べてて」

「ああ、知ってる人に聞いたんでしたっけ、どうでした?」

 横目で私は、洗平先輩をちらりと見ると、今日は大人しく、新しいゲーム機で格闘ゲームをやり始めた。丁寧なことに、アーケード仕様のコントローラーまで備えてある。いままで、部長がシューティングゲームに使っているところしか見たことがないから、本当に格闘ゲーム大会のための備品なんだ、と私はようやく理解した。

「生徒会にね、卓球部だった子がいて、そこの、れんげ……ああ、えっと、フルネーム、洗平れんげっていうんだけどね、真希ちゃん。れんげは、ここに入る前は卓球部だったの。その時の後輩だった子なんだけど、秋光さんと古刀さんとは知り合いだっていうから、話を聞いてたのよ」

 洗平れんげは、格闘ゲームのレバーを握りながら、にこにこと頷いた。そういえば話しているところを見たことがないが、運動部に入っていたのは意外だった。どうしてこんな部活に引き込まれたのか、私はその過程を邪推してしまう。

「後輩の子が言うには」部長は座って、机に買ってきたペットボトルのコーヒーを置いて、開封する。「秋光さんと古刀さんは、たしかに知り合いだし、昔は仲が良かったらしいわ。でも現在は、そんな様子見る影もない。いつの間にか、あんな絶縁とも言える状態になってたんだって。その経緯は、その子も知らないみたいだけど、でも真希ちゃんの話を聞くに、借金だとか、そういうものの蓄積だと思うって、その後輩の子も言ってたわ」

「随分と評判が悪いんですね、古刀さんって」

「真希ちゃんの話じゃ、先生方にも目をつけられてるって話だもの」

 秋光は、イデアの日のデータを見た時、大嫌いな古刀の名前を見かけて不快になり、同時に、記憶から消す勢いで距離を取っていた古刀が、勝手に自分の名前をカセットに書いたと思い、気味の悪さも同時に感じたんだろう。

 古刀がこの名前を書いたとすれば、なんでそんなことをやったのか、見当はまるでつかないけれど。

「……なるほど」采女は頷いた。「他には?」

「えっとねえ」部長が思い出して話す。コーヒーを一口飲んだ。「去年の体育の時だって話なんだけど、古刀さんと秋光さん、クラスは別だけど体育って二クラス同時にやるでしょ? 体育の時は同じ授業を受けてたんだけど、古刀さんはずっと、もうずーーーっとよ、秋光さんを目で追ってたって」

「それはなんとも……」采女は唸った。「気味が悪いというか、痛々しいというか……」

 絶縁しているのにそんなに目で追うなんて、フラれたのにまだ好きだった時以外に何があるんだろう。いや、ほとんどそれで合っているのかもしれない。秋光という友人を失った古刀が、他に仲の良い人がいないとすれば……。

「部長」

 意外にもそこで口を挟んだのは、洗平れんげ先輩だった。

 彼女の声を、私はその時に初めて聞いた。案外、声が低くて居心地の悪さすら感じるような迫力があった。私は、彼女が運動部だったことを、ようやく納得した。

「秋光さんのことも言ってたよね、あの子。秋光さんは、はっきり古刀さんのことが嫌いだって言って回ってたって」

「ああ、そうだったわね。秋光さん、最近じゃあんまり誰ともつるんでないけど、去年一昨年ぐらいは、友人の間でそう言ってたらしいわよ。余程の嫌いようね。やっぱり借金だとか、このゲームを返さなかったこととか、そういうのが頭に来たのかしら」

 だったら、なんで返却を部長に頼んだのか。ゲームを返せと言われているなら、本人に直接渡せば良いのに。秋光も、嫌うところまで嫌っているなら、ゲームを受け取るくらいはするだろう。

 借金の返済を催促されるから、顔を合わせたく無かった? そんな一時凌ぎ、踏み倒そうというつもりで無い限り、なんの意味もない行動だ。学生という立場上、同じ校舎内にいるという事実からも逃れられないし、最悪の場合、教師にチクられて終わる。

 それに秋光だって、ゲームを返して欲しければ、私たちからこれを受け取っているはずだが、結果は今の通り。もう忘れたい過去の一部であるかのように、私たちに押し付けて、それで無かったことにしている。

「思ったより、面倒臭そうねえ」

 と部長が間延びした声で呟いた。私も同じようなことを感じた。

 秋光のイデアの日は、もうほとんど采女の遊び道具になっていた。

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